オペラ解説:オッフェンバック「天国と地獄 (地獄のオルフェ)」解説

stand.fmによる音声配信の文字起こしです。

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オペレッタ「天国と地獄」解説 - テノール歌手:髙梨英次郎のトークです | stand.fm
オッフェンバック作曲オペレッタ「天国と地獄(地獄のオルフェ)」解説です♫ ギリシア神話のパロディに姿を借りた、政治風刺や皮肉な人間喜劇! 0.00〜 概要 1.15〜 作曲・初演の経緯 5.55〜 序曲、第1幕第1場 15.54〜 第1幕第...

こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラを成り立ちからあらすじまで、解説して参ります。
オペラって面白いですよ!

今回は、オッフェンバック作曲オペレッタ「天国と地獄(こちらは日本でだけの題名で、原題は『地獄のオルフェ』)Orphée aux enfers」を取り上げます。

運動会などで皆さん必ず聴いたことがあるであろう、フレンチカンカンの音楽。
前半部分は、カステラのCMにも使われていましたね。

オッフェンバックによるオペレッタ作品の代表作であるばかりでなく、現在演奏されているオペレッタというジャンルの中でも、J・シュトラウス作曲「こうもり」、レハール作曲「メリー・ウィドウ」と並んで3大オペレッタとの一つと言っても過言ではない作品です。

作曲家オッフェンバックについては、「5分で語るオッフェンバック」 (https://tenore.onesize.jp/archives/138 )をご参照ください。


<作曲の経緯>

自分の作品をパリの有名劇場で上演してもらう、という目標がなかなか実現しなかったオッフェンバックは、ついに自分の劇場ブッフ・パリジャン座を開いて、そこで自分の作品を上演していくことを始めます。

1855年から1858年にかけて、オッフェンバックは20数曲の一幕物のオペレッタを上演しました。

当時のフランスでは、劇場に関する法律が今よりも厳しく定められていました。
劇場で行われる演劇やオペラは、当時の民衆にとっては最大のエンタメでありましたので、そこには大勢の人が集まってきます。
そこで何でも上演していいよ、とすると、それが政府や政治の方針に反対するような作品や、民衆を扇動するような作品だった場合、その作品をきっかけに暴動が起きたり、治安が悪くなったりということが実際にあったので、政府としては作品を事前にチェックしたり、制限を設けたりする必要があったのです。

オッフェンバックには1つの作品に4人の歌手しか出演できない、という制約が課せられていて、このような少人数のキャストでは長編の作品を上演することは不可能でした。

1858年にようやく規制が緩和され、キャストの人数制限がなくなり、オッフェンバックは以前から考えていた作品を自由に進めることができるようになりました。
それが、ギリシア神話をもとにしてパロディにしたこの「地獄のオルフェ(以下、日本での解説としてわかりやすくするため、『天国と地獄』と呼びます)」でした。
台本を書いたのは、以前からの同僚であったクレミューとルドヴィク・アレヴィという人物です。
オッフェンバックにとっては、初めての2幕以上ある長編舞台作品となります。

初演は1858年10月21日にブッフ・パリジャン座で行われました。オッフェンバック39歳。
初演は成功し、以後もそれなりの興行成績を収めましたが、オッフェンバックが期待したような大成功ではありませんでした。
オッフェンバックは、自分のオペラを豪華に演出することにこだわるところがあり、この作品以前から経費が収入を上回りがちでした。
そうなると劇場としては儲けが少なく、経営状況は苦しいままです。

そんなところへ、とある批評家が、
「神聖で輝かしい古代の神話を冒涜する淫らな作品だ!」と激烈な怒りをあらわにした文章をマスコミに発表したのです。
この批評家は真面目な方だったのでしょう、作品のユーモアや皮肉に我慢がならなかったようです。
台本作家クレミューとオッフェンバックはその批判に対して反論する文章を別の媒体で発表し、それは大きな話題となりました。
パリの市民はこの作品に大きな関心を寄せ、話題になったこの「天国と地獄」を観てみたい、と殺到することになったのです。
意図していなかったかもしれませんが、まさに今で言う”炎上商法”となったわけですね。
当時は100回上演すれば成功とされていた中、この作品はなんと228回も上演されました。
228回で打ち切られた理由は、演者たちが疲れちゃったから、というようなものだったそうです。

時が経って1874年に、オッフェンバックはこの作品の改訂版を上演します。
初演版からさらに場面や踊りが追加されたりした超豪華版とも呼べるものですが、現在上演されるのは初演版に少し改訂版がプラスされたものであることがほとんどです。

とにもかくにも、オッフェンバックの名を世界中に知らしめることになった「天国と地獄」
ここからその内容に移って参りたいと思います。


『天国と地獄』

まずは序曲♪が演奏される…のですが
多くの公演で演奏される序曲。
フレンチカンカンの音楽も含んだ楽しいものですが、こちら実はオッフェンバックが作曲したものではありません。
オッフェンバックのオリジナル版では短い前奏曲、序奏といったような音楽が演奏されるだけです。
長い序曲は、ウィーンでの初演のために別の作曲家がアレンジして作ったものです。


<第1幕第1場>

序曲もしくは前奏曲が終わると、あるキャラクターが登場します。
その名は”世論”。
メゾソプラノによって演じられるこの役は、その名の通り、世に溢れる大衆の声を具現化したキャラクターです。
彼女が1人で、聴衆に語り掛けて物語が始まります。
これは、古代ギリシア劇において、最初にコロスと呼ばれる合唱隊が物語の説明をしたり進行をしたりするのですが、ここでは世論にその役割をさせようというわけです。
世論は観客へ、このオペレッタがある夫婦の話であることを紹介します。

物語全体のベースとなっているのは、ギリシア神話の中の”オルペウスとエウリュディケ―”のお話です。
ギリシア神話での登場人物(神々)の名前が、その後派生したローマ神話とごっちゃになって呼び名が変わったりしているのが、我々日本人がギリシア神話に入り込みづらい原因のひとつとなっていますよね。
オルペウスとエウリュディケ―はギリシア神話での呼び名です。
『天国と地獄』では、フランスでの呼び名、オルフェとユリディスとなっています。

このオルペウス神話とは、どんなお話か。

オルペウスの妻エウリュディケ―が毒蛇にかまれて命を落としてしまい、死後の世界である冥界へと連れて行かれます。
オルペウスは妻を取り戻しに冥界へ赴きます。
彼は竪琴の名手であり、その音色には地獄の番犬ケルベロスも大人しくなったそうで、ついには冥界の王ハデスも妻を地上に返すことを承知します。
ただしそれには1つ条件がありました。
”オルペウスが前、エウリュディケ―が後ろ、となって歩いていきなさい。
 妻を伴って戻る道すがら、オルペウスは決して後ろにいる妻の方を振り返ってはならない
 振り返ったが最後、妻エウリュディケ―は冥界へと逆戻り”
というものです。
あと少しで地上というところで、オルペウスは本当に後ろに妻がいるのか不安に駆られてしまい、つい後ろを振り返ってしまいます。
一説には、掟を知らないエウリュディケ―がオルペウスに「なぜこちらを見てくださらないの?」と訴えかけたと書かれているものもあります。
掟を破ってしまったので、哀れエウリュディケ―は冥界へと引っ張っていかれてしまいました…。

(配信未収録)
[ 実はこのお話、日本の神話にも、ほとんど同じようなシチュエーションのものがあります。
日本列島を形作ったとされる神、イザナギはイザナミと結婚したのですが、イザナミが火の神を産んだ際の火傷がもとで命を落としてしまいます。
イザナギは黄泉の国(つまり冥界)へイザナミを連れ戻すべくやってきます。
イザナミは夫の前へは姿を現さないのですが、夫のもとへ戻ることを黄泉の国の神々に相談するから、その間、話している部屋を覗かないようにとイザナギに告げます。
しかし待ちきれなくなったイザナギが部屋を覗くと、中には蛆虫がたかり、体中に八柱の雷神がまとわりついた姿のイザナミがいて、イザナギはびっくり仰天。
イザナギはそこから逃げ出した。
ところどころ大幅に違いますが、お話の大枠としては似ていますよね。]

このオルペウス神話は多くの舞台作品として作られていきました。
オペラというジャンルで現代でも上演される最も古い作品の一つとして名高いのが、1607年に上演された作曲家モンテヴェルディによる「オルフェオ」です。
ちなみにイタリア語では、オルフェオとエウリディーチェという名前になります。
そして、オッフェンバックの時代までのヨーロッパで、オルペウスもので最も有名だった作品が、1762年に初演されたグルック作曲「オルフェオとエウリディーチェ」です。
こちらも現在、世界中で上演され続けている名作オペラです。
当然これらの作品は神話に忠実な台本のもと、聴衆の涙を誘うような物悲しい音楽がつけられています。
中でもグルック作品においては、オルフェオが歌う”エウリディーチェを失って”と歌われるアリアが大変有名で、多くの歌手によって歌われています。

ところが、
このオルペウス神話がオッフェンバックや台本作家たちの手にかかると、大変ユーモラスなシチュエーションに生まれ変わることとなります。
観客の涙を誘うのではなく、観客を涙が出るほど笑わせるのがオッフェンバックたちの流儀です。
先ほどのグルックによるオルフェオのアリアも思いっきり皮肉めいたシーンで使われることになります。

オペレッタのストーリーに戻ります。

オルフェとユリディスは結婚しているにもかかわらず、その仲はとっくに冷え切っており、お互いに不倫相手がいるダブル不倫状態となっています。

ユリディスが花々を摘みながら楽しそうに歌っています♪。
彼女は羊飼いのアリステと不倫関係にあるようです。

そこへ夫のオルフェが帰ってきます。
神話では竪琴の名手ですが、ここでのオルフェはヴァイオリンを専門とする音楽教師という設定です。
彼の方でも、妻とは別の女性に入れあげている様子。
オルフェとユリディスはお互いの存在に我慢がならない、倦怠期マックス状態となっています。
言い合いになった2人の二重唱となります♪
後に神々も聴き惚れるオルフェのヴァイオリンも、ユリディスにとってはストレスが湧いてくる騒音でしかありません。
曲中でオルフェが華麗に奏でるヴァイオリンにユリディスは悲鳴を上げて苦しみます。
もちろんオルフェはユリディスがその音で苦しむのを知っているので、まぁ、嫌がらせですねw

オルフェは、ユリディスとアリステがいつも麦畑で逢瀬を重ねていることを知っていました。

オルフェはその麦畑に何か罠を仕掛けたというようなことを匂わせて去っていきます。

ユリディスがいったん去ったところへ、羊飼いのアリステが現れ、牧歌的なようでどこか妖しい雰囲気を持ったソロを歌います♪。
この羊飼いアリステ、その正体は地獄の王プルート(ギリシア神話名ハデス)。
プルートが羊飼いアリステに姿を変えて、ユリディスとチョメチョメしていたというわけです。

そこへユリディスが戻ってきて、
「夫が麦畑に何か罠を仕掛けたみたいだから、気を付けて!!」
と注意するのですが、アリステ及びプルートは気にしません。
仮に何か死に直面するような罠があっても、何せ冥界(死後の世界)の王プルートにとっては痛くも痒くもないのです。
そんなアリステを見て、もうどうなってもいい!と思ったユリディスも麦畑に足を踏み入れます。
すると、そこにいた毒蛇にかまれて、ユリディスは地上での意識を失っていきます。
でもちっとも苦しくない。
プルートは自分の正体をユリディスに明かし、彼女を冥界に連れて行くことを告げます。
ユリディスは魂がふわふわと漂うようなソロを歌います♪。

ユリディスはプルートに言われるがまま、夫へ
「私、家を出ます、死んだので。アリステはプルートだったのよ」
というような書置きを残し、冥界へと旅立っていきました。

そこにオルフェが戻ってきます。
妻の書置きを見て、悲嘆にくれる…はずもなく、躍り上がって喜ぶオルフェw。
さっそく愛人の元へ走り去ろうとしたその時、
「無慈悲なやつ!!」
とどこからか大勢が歌う声が聞こえてきます♪
(ここからのフィナーレの音楽は、1874年版で追加や変更がなされました)
そして、そこに現れたのは、冒頭で登場した”世論”。
オルフェは怯えます。
世論は、
「麦畑にあなたが毒蛇をしかけたんでしょ。
 何てことしたの!
 世間体ってものもあるのだから、今すぐ妻を追いかけていきなさい!!」
とオルフェに半ば命令します。
オルフェとて、社会の中で生きるいち人間。
世論の指示には逆らえません。
オルフェはしぶしぶ、世論と共にまずは天上の世界へと旅立つことにするのでした。


<第1幕第2場>

天上の世界、オリュンポスの山にて、明け方です。

ここから物語はギリシア神話の神々が次々に登場します。

眠っている神々のもとに、3名の神々が夜を過ごしたところから帰ってきてそれぞれソロを歌います♪。
登場順は演出によって変わりますが、ここではオリジナルの台本通りの順にご紹介します。
まずは美の女神であるヴィーナス(ギリシア神話ではアフロディーテ)。

続いて、その矢で打ち抜かれたら恋に落ちてしまうでお馴染み、キューピッド(別名アモール)。


最後に戦の神マルス(英語ではマーズ、ギリシア神話ではアレス)

この3名が朝帰りをしてきたわけです。

そこへ高らかなファンファーレが鳴り響きます。
なんだなんだと起きる神々。
その中心には全知全能の神、天と地を司るジュピター(ギリシア神話におけるゼウス)がいます。


先ほどの3人の神々の他に、知恵の女神ミネルヴァ(ギリシアではアテナ)、眠りの神モルフェウスもいます。

そこに駆け込んできたのは、ダイアナ(ディアナとも、ギリシアではアルテミス)。
彼女は狩りの女神にして、誰とも結婚しないことを信条とする処女神。
神話のオリジナルには、アクテオン(ギリシア語ではアクタイオン)という猟師の青年が一休みしようと立ち寄った洞窟の泉で、たまたま入浴していたダイアナを発見してしまい、裸を見られたダイアナが怒りと恥ずかしさから、アクテオンを鹿の姿に変えてしまった。
というお話があるのですが、オッフェンバックのこの作品では、ダイアナがアクテオンに恋をしていることに変更されています。
ダイアナがアクテオンを待っていたのに来なかった!と嘆くアリアを歌います♪

アクテオンは、この物語では、ジュピターによって鹿の姿に変えられてしまったとのことです。
ジュピターは、ダイアナは処女神として知られているのだから、世間の目を考えてそんな恋はやめなさい、と言います。

ですが、ジュピターと言えば、結婚の女神ジュノー(ギリシアではヘラ)という女神を妻に持ちながら、色々なところで、時には動物、時には光の雨などに姿を変えて方々で自分の子供を作っているとんでもない浮気亭主です。
どの口が言うんだ!と、ジュピターの子供であるキューピッドたち神々が文句を言ってその場から去っていきます。

引き続きジュノーに詰め寄られるジュピター。
なんでも、地上からユリディスを連れ去って来たのではないか、と疑われていますが、ジュピターは「それは知らないよ!」と否定します。

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そこへ、ジュピターが偵察に行かせていた、俊足の神マーキュリー(ギリシアではヘルメス)が軽快に登場してソロを歌います♪。(1874年版で追加)


マーキュリーによると、地獄を留守にしていたプルートが戻ってきた。
帰って来た時には1人の女性を伴っていた、それはオルフェの妻、ユリディス!
ジュノーの疑いが晴れたジュピターはホッとしますが、そこへ、当の地獄の王プルートが天国を訪れてきます。

ジュピターたちが自分を非難するような目つきで見てくるので、プルートは天国を褒めたたえるアリア (1874年版で追加) を歌って♪、ジュピターたちをヨイショしようとします。
アリアの中に一瞬、最後に演奏されるあのフレンチカンカンのメロディーが流れます。
しかしジュピターはその手には乗らず、地上から女性を1人連れ去ったことをプルートに問い詰めます。
ですがそこへ、何やら騒がしい声が聞こえます。

なだれ込んできたのは先ほどの神々たち。
ネクターだのアンプロシアだの、神々が食べるものにはもう飽きた!
もっと味の濃いものを食わせろ!と、ジュピターに反旗を翻す合唱を歌います♪。
この様子は、もう誰がどう見てもフランス革命の様子そのものです。
初演をさかのぼること10年前の1848年、フランス(2月革命)だけでなくヨーロッパ各地で革命暴動が起き、いわゆるウィーン体制が崩壊したこの時代。
まさに時事ネタとして観客たちはこのシーンに接したことでしょう。

ジュピターは自らの武器である雷を鳴らしていったんは神々を黙らせますが、続いて神々が口々に、ジュピターのこれまでの所業をからかう歌を歌ってジュピターを笑い飛ばします♪

そこにマーキュリーが駆け込んできて、2人の客人が来たことを告げます。
それはオルフェと、世論!
世論の登場に神々は慌てます。
「やばい、ちゃんとしないと!」
オペレッタ「天国と地獄」が初演されたこの時代、新聞によってマスコミ及び大衆の意見というものが相当力を持っていたのですね。
神々ですら世論を恐れています。
その(世論の)力は、インターネットが発達した現代において、ますます強まっているのではないでしょうか。

第1幕のフィナーレの音楽が始まります♪

オルフェは嫌々ながら、グルックの有名なアリアに乗せて、

「妻が奪われたのです」と歌い、続いてヴァイオリンを奏でます。
感動する神々。
犯人はあいつだ!プルート!
ジュピターはプルートに神々の長として、妻(ユリディス)を夫オルフェに返すよう命じます。
そこでちゃんと妻を返すかどうか見届けようと、ジュピターは地獄に行くことを宣言します。
…恐らく、ユリディスがどんな女性か気になっているものと思われます。
神々は先ほどジュピターに反旗を翻したことはすっかり棚に置いて、ジュピターに私たちも連れて行って!とお願いします。
「よーし、ではみんなで地獄に行くぞ!!」
と最初はまるで宗教曲のような音楽から、すぐに大変陽気で賑やかな音楽となり、第1幕が終了します。


<第2幕第1場>

舞台は地獄へと移ります。
地獄の雰囲気を表現した短い前奏曲が演奏されます♪

幕が開くとそこはプルートの寝室。
ユリディスが1人、退屈そうにしています。
地獄に連れてこられてからというもの、プルートはいったん天国に行っていたのでユリディスはほったらかしにされていたのでした。
あまりにも退屈で寂しいので、夫の元から離れたことを後悔さえし始める、そんなクプレ(小唄を意味するソロ)を歌います♪(1874年版で追加)

そこに1人のキャラクターがやって来ます。
その名はジョン・スティクス。
彼は生きていたころ、ベオティア(ギリシアのいち地方、ギリシア語の発音ではボイオティア、ギリシアの詩人には田舎とされていた)の王様だったのですが、地上での生を終えて冥界に来た後、その冥界の王プルートに仕えていて、主な仕事は地獄の門番、この時はユリディスを見張るよう言われています。
地上から連れてこられた美しいユリディスのことが、ジョン・スティクスは気になってしょうがない様子。

ジョンの名前が謎に英語圏なのは、初演当時パリのブルジョワの間で英国人の執事を雇うことが流行っていてそれを揶揄したものだからだそうです。
そしてジョン・スティクスは、昔自分が王様だった時のことを懐かしみ、今の状況を嘆くクプレを歌い出します♪。
この役は初演時、大変特徴的な歌役者のためにオッフェンバック達によって後から加えられました。
彼の存在と歌は当時の観客たちのノスタルジーを呼び起こし、人気となったと言われています。
恐らくは、この時代の人々の記憶にまだ残る、絶対王政時代のことが、具体的にはルイ16世や15世あたりの王とその時代が、当時見ている観客たちには懐かしく思い出された、ということが想像できます。

さて地獄に到着したジュピターたち。
どこかにユリディスがいるはずだが、見つかりません。
キューピッドが”キスのクプレ”と呼ばれる小唄 (1874年版で追加) を歌い♪、チュッチュッと音を鳴らしてユリディスを探します。
するとある壁の奥からチュッチュッと音が返ってきました。
あそこだ!
この部分、日本人には少しわかりづらいかもしれませんが、ヨーロッパの挨拶でビズという習慣があります。
お互いの頬を近づけ合っておこなう挨拶ですが、実際にヨーロッパの特に友好的な女性とこのビズで挨拶すると、かなり大きな音でチュッチュッと音を鳴らします。
もはやヨーロッパの女性たちにとっては、このように音を鳴らすのは癖のようになっているのかもしれません。

さてジュピターはいつも地上の女性を口説く時は何かに変身するのが常でした。
部屋に侵入するためにジュピターは、、ハエに変装するのでした。

ここからジュピターとユリディスによる面白いハエの二重唱♪となります。
ユリディス、あまりにも暇だったからか、部屋にやって来たハエに興味津々。
もちろん神々(と観客)以外には、このハエがジュピターだとはわかりません。
わざと捕まったジュピターでしたが、やがて自分の正体、神々の王ジュピターであることをユリディスに明かします。
ユリディスは最初驚くものの、こんな退屈なところから抜け出したいと、ジュピターについていくことにします。

いま地獄ではプルート主催のパーティーが始まろうとしています。
ジュピターはそこにユリディスを変装させて紛れ込み、混乱に乗じて天上のオリュンポスに連れて行こうと企んでいます。

しかし、2人がいなくなったところにプルートが戻ってきて、ユリディスがいなくなったことに気が付きます。
ジュピターの仕業に違いない!そうはさせないぞ!というところで場面が変わります。


<第2幕第2場>

地獄の大宴会が始まり合唱が歌われます♪。
そこには天上の神々も全て参加しています。

酒の神バッカス(ギリシアではデュオニュソス)もいます。
そこへバッカスの巫女に変装したユリディスがジュピターに伴われてやって来て、バッカスを賛美する歌を歌います♪。

続いて、ジュピターたちが踊りを踊ります。
そこで演奏されるのはメヌエット。
貴族たちによって踊られていたダンス音楽が少し皮肉めいた色合いで演奏されます。
そして音楽はノンストップでいよいよ最も有名なフレンチカンカン、ギャロップの音楽へとなだれ込んでいきます。

盛り上がっている隙にジュピターとユリディスは天国へ逃げ出そうとしますが、プルートに見つかってしまいます。
ところが、そこへ再びあのグルックの音楽が!
世論がオルフェと共に地獄へとたどり着きました。
第1幕の終わりで一緒に出発したはずなのですが、神々ではない彼らは移動のスピードが遅かったのかもしれません。

世論に促され、妻を返してくださいと、しぶしぶ言わされるオルフェ。
ジュピターも約束は約束、とユリディスをオルフェに返すことを認めますが条件を付けます。
神話での設定同様、オルフェが前を歩いてユリディスが後ろ、オルフェは決して後ろを振り返ってはならぬ、というものです。

オルフェは世論に見張られているので、振り返りたくても振り返れません。
もうすぐ地上についてしまう…、というところでジュピターが奥の手を使うぞ!と、その場に雷を落とします!

ジュピターとしても、オルフェに振り返ってもらいたかったのですねw
驚いたオルフェは後ろを振り返ってしまいました!!

プルートはこれでユリディスは俺のものだ!と喜びますが、ジュピターが
「それはならぬ!」
と許しません。
ジュピターが下した決定は、
「ユリディスは酒の神バッカスの巫女とする!」

つまりユリディスは、(名義上バッカスの妻?)誰のものでもなく、酒の巫女として、自由に楽しくやっちゃって!!
といったところでしょうか。
ユリディスが先導して再びカンカン・ギャロップの音楽となり、オペレッタ全体の幕が下ります。


いかがでしたでしょうか。

世論のことは気にしつつも、最後は権力者であるジュピターが、強引に話を丸め込んで、うやむやにして終わらせた感があります。
これは、初演当時の権力者つまりナポレオン3世への皮肉とも受け取られたのですが、当のナポレオン3世がこのオペレッタを気に入っていたというのですから、なかなかユーモアのわかる人だったのかもしれませんね。
いつの時代も、世論は結局、最大権力の決定に流されてしまう、というメッセージも込められているのでしょうか。

それにしても、物語に出てくる地獄での宴会はなんと楽しそうなことでしょう。
本当の地獄は、もしかしたら地上にこそあって、あちらの世界はとっても楽しいもの、なのかもしれません。

オッフェンバック最大のヒット作にして傑作のオペレッタ「天国と地獄(地獄のオルフェ)」。
公演がある際はぜひ足をお運びください。
バカバカしくも楽しいこの作品で、この世で起きるイヤなことをいっとき忘れられること請け合いです。

ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。


参考文献(敬称略)

アラン・ドゥコー 「パリのオッフェンバック」(梁木靖弘・訳)

ジークフリート・クラカウアー「天国と地獄」(平井 正・訳)

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