オペラ全曲ざっくり解説の文字起こしです。
聴きながら読むと分かりやすい!音声はこちら↓
こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラをざっくり解説して参ります。
オペラって面白いですよ!
今回は、モーツァルト作曲オペラ「Le Nozze di Figaro フィガロの結婚」の内容とストーリー(あらすじ)についてお話しいたします。
極上のモーツァルト・ミュージックが次から次に繰り広げられるこのオペラ。
ストーリーを全く知らない方におわかりいただけるよう、うろ覚えの方も思い出していただけるよう、できるだけわかりやすくご紹介したいと思います。
ストーリーにおける情報量も多く、多少長くなるかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。
しかしこの「フィガロの結婚」、前回述べたように、原作者ボーマルシェによる「セヴィリアの理髪師」の続編にあたるお話です。
「セヴィリアの理髪師」に関しては、モーツァルトの後の時代の作曲家ロッシーニによるオペラ作品が有名ですので、そちらを取り上げる際に詳しくお話しする予定ではございますが、「フィガロの結婚」に行く前に、ごく簡単に「セヴィリアの理髪師」で起きたことを、プロローグ的にお話し致します。
スペインの街セヴィリアにいた医者のドン・バルトロは、ロジーナという若い女性の後見人をしていました。
ところがバルトロはロジーナに首ったけになってしまい、彼女と結婚しようと画策しています。
しかしセヴィリアを治めていた、若くて利発なアルマヴィーヴァ伯爵がロジーナの心を射止めて、伯爵は”セヴィリアの理髪師”であるフィガロの協力を得て、ロジーナと結婚することに成功。
めでたしめでたし。
極々簡単にまとめると、こういうお話でした。
さてそこから約3年の月日が流れたのが、「フィガロの結婚」のお話となっていきます。
では参りましょう。
「フィガロの結婚」
時は18世紀後半
スペインのセヴィリア郊外にある伯爵の城内での物語
登場人物
アルマヴィーヴァ伯爵:セヴィリア近郊に城を持つ大貴族
伯爵夫人ロジーナ:伯爵の妻
フィガロ:前作で理髪師だったが、伯爵に取り立てられ従僕となっている
スザンナ:フィガロの婚約者、伯爵夫人の侍女
ケルビーノ:小姓として伯爵城内に住んでいる若い貴族
マルチェリーナ:女中頭
ドン・バルトロ:医者
ドン・バジリオ:音楽教師
ドン・クルツィオ:裁判官
アントニオ:庭師、スザンナの叔父
バルバリーナ:アントニオの娘
とても人数が多いですが、これでもボーマルシェの原作よりは減っています。
まずはこのオペラの序曲が演奏されます。
全てのオペラの序曲のうちでも、最も一般的に耳にされることも多い曲なのではないでしょうか。
モーツァルトが作曲したすべての音楽における代表曲ともいえます。
くすぐられるかのようなピアニッシモから、急速にジャーン!!と全ての照明が明るくなるような、フォルティッシモへ。
テンポは常に”速く”を意味するプレスト。
「後宮からの誘拐」( ① https://tenore.onesize.jp/archives/131 ② https://tenore.onesize.jp/archives/132 ) などの序曲では、間にゆったりテンポの音楽をはさむこともあったのですが、今回はずっとプレスト。
この序曲を聴くだけで、モーツァルトがどんな人だったのかが見えてくる気がいたします。
<第1幕>
伯爵の城内。
楽譜では、家具が置かれていない部屋とされています。
大きめの椅子とそこにはシーツのような布が掛かっています。
フィガロが何やら寸法を測っています。
アルマヴィーヴァ伯爵はフィガロと、その婚約者スザンナにこの部屋を与えたのでした。
この部屋は、伯爵の寝室と伯爵夫人の寝室のちょうど間にあります。
フィガロはここに運び込まれるであろうベッドの寸法を測っているのです。
今日はフィガロとスザンナの婚礼が予定されています。
スザンナは、婚礼で被るつもりの帽子を試していて、フィガロに話しかけます。
この時点では2人ともウキウキしています。
ヨーロッパのお城や邸宅などに行かれたことのある方はご想像いただきたいのですが、部屋と部屋の間にある廊下のような部屋が第1幕の舞台となっています。
なので部屋とはいっても、人の出入りがしょっちゅうあるようで、個人的にはここで一息つくというのはなかなか難しいような気がいたします。
しかしフィガロは、いち民衆がこうして貴族の邸内、それも伯爵の寝室と隣り合っているこの部屋をあてがわれたことを誇りにさえ思っています。
ドラマ「ダウントン・アビー」でも描かれるように、貴族の部屋があるフロアやエリアと、使用人たちのエリアは厳密に分けられていることが普通でした。
それが貴族と同じエリアに住まうことが出来る、ということでフィガロは喜んでいるのです。
しかし、スザンナは伯爵の本当の目論見に気づいていました。
フィガロが得意げに、
「伯爵夫人が部屋からディンディンと鈴を鳴らせば、君はすぐに飛んでいける。
伯爵がドンドンとドアをたたけば、僕はすぐに仕事に行けるじゃないか。」
と言えばスザンナは、
「そしたら伯爵がディンディンと鳴らしてあなたを遠くにやってしまえば、
伯爵がドンドンとドアをたたいて、私の所にやって来るかもね」
「え、スザンナ、ちょっと待ってどういうこと…!?」
前作「セヴィリアの理髪師」であれだけ熱烈にロジーナへ愛を告げて結婚したアルマヴィーヴァ伯爵。
ですが、3年後にはもう伯爵夫人となったロジーナを以前のように愛することが出来なくなっていました。
そして城内にいる若い女性にさんざん目移りした挙句、魅力的なスザンナに目をつけて、あわよくば彼女をものにしようと伯爵は企んでいるようです。
この時スザンナが口にする、伯爵が廃止していた”例のあの特権”。
歴史的には”初夜権”という何ともいかがわしい名前のこの権利。
この「フィガロの結婚」が問題作である理由の一つが、この権利を話題にしていることです。
要するに、結婚する予定でいる民衆のカップルがいたとして、その土地の領主が新郎より先に、その花嫁との初夜を共にする権利がある、というとんでもないものです。
歴史的には伝承や伝説に留まっている事柄で、本当にそんなことがあったのかを疑問視する声もあるのですが、実際にこうやって作品にテーマとして扱われ、それが当時の民衆に大受けしたのですから、あながち無い話というわけでもなさそうです。
アルマヴィーヴァ伯爵は、この頃起こった啓蒙思想の影響でこの特権を廃止していたのですが、スザンナを手に入れたいあまりにこの初夜権を復活させようとしているとスザンナは言います。
当然怒りに震えるフィガロ。
夫人に呼ばれてスザンナが去ると、フィガロは沸々と湧いてくる怒りを歌います。
こうして、かつて仲間同士だったフィガロと伯爵は、もはや敵同士となってしまうのでした。
フィガロもいなくなったこの部屋に、いくぶん年配の男女が入ってきます。
医者のドン・バルトロと、女中頭のマルチェリーナです。
2人はフィガロの結婚を阻止するということで思惑が一致しています。
バルトロは前作「セヴィリアの理髪師」で、ロジーナとの結婚をフィガロと伯爵に邪魔されて彼女が伯爵と結婚したことで、フィガロを恨んでいます。
マルチェリーナ(以前バルトロの家で女中をしていたのですが、現在は伯爵邸で女中頭をしています)は、以前フィガロにお金を貸していて、
”もし返せなかったらフィガロはマルチェリーナと結婚しなくてはいけない”
と書かれた証文を持っています。
いまだお金は返されていないので、この証文を振りかざして、愛するフィガロをスザンナから奪おうというわけです。
バルトロが復讐を決意するアリアを歌い、退場します。
そこへスザンナが戻ってくるので、マルチェリーナはスザンナに嫌味なちょっかいを出します。
スザンナとマルチェリーナによる、嫌味の応酬が繰り広げられる二重唱です。
最後にはスザンナがマルチェリーナの年齢をからかうことで、マルチェリーナはそれ以上言い返せなくなり、ここはひとまずスザンナの勝利となります。
マルチェリーナが去ると、部屋には小姓のケルビーノがやって来ます。
このケルビーノは声変わり前の少年、ということで女性によって演じられる男性役です。
思春期真っただ中という年齢のケルビーノは、もう女性という女性が気になってしょうがないという状態でいます。
スザンナのもとにやって来たケルビーノは、
「お願い、奥様に取りなして!」
と頼みます。
伯爵に仕える庭師の娘バルバリーナの部屋にケルビーノがいたことで伯爵の怒りを買い、小姓をクビになってしまったというのです。
まだ12,3歳のバルバリーナにケルビーノがちょっかいを出すなんてけしからん!ということでしょうが、実は伯爵もバルバリーナにある程度手を出しています。
ケルビーノはまるで伯爵をそのまま若くしたかのよう。
伯爵は自分の姿を見せつけられているかのような、ある種の同族嫌悪といった感情をケルビーノに抱いているのかもしれません。
ケルビーノはスザンナが持っていた伯爵夫人の髪につけるリボンを見てそれを奪い取り、見て匂いをかいで大興奮。
下はバルバリーナ、上はマルチェリーナにまで異性の魅力を感じています。
そして思春期における男性の衝動を完璧に音楽化したようなアリアを歌います。
ケルビーノが去ろうとすると、こちらになんと伯爵がやって来るのが見えるのでケルビーノは慌てて引き返し、スザンナによって椅子の後ろ側に隠されて布をかぶります。
やってきた伯爵は、スザンナを口説き始めます。
椅子の後ろに隠れているケルビーノはその様子を聞いてしまっています。
しかしほどなく、誰かの声がするので伯爵も椅子の後ろへ隠れようとします。しかしそこにはケルビーノが!
しかしケルビーノはすんでのところで椅子の前面、座るところへ身を小さくして隠れたので、伯爵とはなんとか遭遇せずに済みます。
つまりこの椅子には、ケルビーノと伯爵2人の人物が同時に隠れているという、なんともおかしな状況となっています。
そこへ現れたのは、音楽教師のドン・バジリオ。
彼も前作「セヴィリアの理髪師」からの登場です。
今はスザンナに声楽を教えたりしているのですが、裏では情報屋のようにして伯爵の城内を嗅ぎまわっています。
そうして手に入れた情報を、時には伯爵に流したりすることで、彼は狡猾に世の中を生き延びてきたのです。
ここではスザンナに、
「伯爵があなたのことを愛していらっしゃるようですよ」
といったことや、
「ケルビーノ君は伯爵夫人のことを熱烈に見ていますね。あれはひょっとして…」
なんていうことを話すので、スザンナは必死にバジリオが話すのをやめさせようとします。
何しろ後ろには、伯爵もケルビーノも隠れているのですから…。
しかしケルビーノが伯爵夫人を好きかも、というくだりでとうとう我慢できなくなった伯爵は、
「どういうことだ!!」
と椅子から姿を現します。
驚くバジリオ。
そこから三重唱が始まります。
「あの女たらしケルビーノを早く追い出せ!」
「いやぁ、タイミング悪い時に来てしまいましたねー…。」
そんな男2人に挟まれたスザンナは気を失いかけますが、ケルビーノが隠れている椅子に座らされそうになるので、慌てて気を取り戻します。
伯爵はケルビーノをバルバリーナの部屋で見つけた時の話をし始めます。
そして話の流れで、椅子に掛けられていた布をめくると、そこにはまたもやケルビーノが!
ここでもケルビーノを発見した伯爵は思わず二度見して驚きます。
「これはなんとしたことかね、お嬢さん」
伯爵はスザンナとケルビーノがここで逢引していたと疑います。
バジリオもそう思ったのでしょう、
「女性はみなこんなことするのですな Cosi fan tutte !」
と歌うのですが、このセリフは、モーツァルトによる次の次のオペラ作品のタイトル「コジ・ファン・トゥッテ」(① https://tenore.onesize.jp/archives/876 ② https://tenore.onesize.jp/archives/930) となります。
しかし、スザンナはケルビーノがここにいる真相を伯爵に洗いざらい話して誤解を解こうとします。
そうなると伯爵としては、スザンナを口説いていたことがケルビーノに聞かれていた、ということで気まずい思いを抱くのですが、そこへ民衆たちが大勢こちらへやって来ます。
彼らを連れてきたのはフィガロ。
民衆たちは伯爵が”あの権利”(初夜権)を廃止したことを称えて歌います。
そしてそのドサクサで、フィガロはスザンナとの結婚を公衆の面前でとっとと伯爵に認めさせようとしているのです。
しかし伯爵はのらりくらりと即答することを避けます。
「式を挙げることを約束するよ。ただ、もうちょっと待ってもらえるかな。
まあほら、できるだけ盛大にやらんといかんだろ
(マルチェリーナはどこだ!?)」
伯爵もマルチェリーナがフィガロに金を貸して、返せなければマルチェリーナと結婚という契約を知っているので、なんとか時間を稼ぎます。
なんとなくその場が白けたところで民衆は退場。
伯爵はそこにいるケルビーノに
「お前は軍隊行きだ。今すぐ出発しなさい!」
と言い渡します。
ケルビーノは落胆します。
フィガロはその瞬間、ケルビーノを使ったある計略を思いつき、ケルビーノに耳打ちします。
「(後で話がある)
いやあケルビーノ君、なんとも運命が変わってしまいましたね!」
フィガロはここで”もう飛ぶまいぞ、この蝶々”という題名で有名なアリアを歌います。
フィガロはその場にいる伯爵を意識しつつ、ケルビーノの軍隊行きをからかっています。
このアリアはその親しみやすいメロディもあり、初演当初から大ヒットしました。
ここで第1幕が終了します。
<第2幕>
第1幕では登場しなかったもう1人のヒロイン、伯爵夫人ロジーナの寝室が舞台です。
夫人が1人、ため息をついています。
愛の神様に向けて、
「夫を返して、さもなくば死なせて」
と歌う美しいアリアです。
そこへスザンナが、次いでフィガロがやって来ます。
フィガロは夫人も巻き込んで、伯爵にドッキリを仕掛けて懲らしめようとしています。
プランは以下の通り。
バジリオを通じて、狩りに出かけた伯爵にある手紙を渡してもらいます(バジリオは伯爵、フィガロどちらの味方というわけでもなく、事態が面白くなりそうならどちらの味方にもなるというなんとも食えない人物です)。
その手紙には、”夫人が今夜、他の男と不倫するかも?”という内容が書かれています。
伯爵は嫉妬に狂って混乱するだろう、そうこうしているうちにフィガロとスザンナの婚礼の時間が来てタイムアウト、というものです。
そしてプランはもう一つ。
スザンナから伯爵に、
「今宵、庭で密かにお会いしましょう」
と約束させて、実際にはそこに女装させたケルビーノを派遣して、まんまと逢引の場にやって来た伯爵をドッキリにはめてやろうというわけです。
女性2人も同意して、フィガロはケルビーノを呼んだり、その他の準備をしたりしに、その場を去ります。
するとすぐにケルビーノが部屋へやって来ます。
以前から、女性の中で一番憧れをいだいている伯爵夫人のもとへやってきたケルビーノは緊張しつつ、軍隊行きを命じられたので夫人と会えなくなることを悲しんでいます。
夫人も夫人で、ケルビーノに慕われていることを内心では喜んでいます。
夫にかえりみられなくなった寂しさを、自分を慕ってくれる可愛い少年ケルビーノによって埋めているようなところがあるのでしょう。
ケルビーノは前々から用意してあった歌を、夫人の前で歌います。
第1幕のアリアよりも音楽的に整った”恋とはどんなものかしら”のタイトルで有名なこのアリア。
日本では音大受験でよく取り上げられる曲でもあります。
ケルビーノは軍隊に派遣されることが書かれた辞令の紙を持っていました。
急いで作られた書類のようで、そこには昔のロウで押す判子が押されていませんでした。
この書類は後で重要なアイテムとなります。
さてスザンナがケルビーノに女装を施すべく準備します。
準備をしながら、アリアというには特殊なソロをスザンナが歌います。
すぐに伯爵夫人の方を向いてしまう落ち着きのないケルビーノをスザンナがたしなめる、喜劇のいち場面となっています。
そして、女性が演じる男性ケルビーノが女装をする、それを大人の女性2人が
「あら可愛いわね♡」
とからかう、という何とも倒錯した状態が繰り広げられるわけですが、日本人にとっては元祖宝塚とも言えるような馴染み深い文化ともいえる面白いシーンでもあります。
スザンナが衣装や道具を取りに部屋を出ると、夫人とケルビーノは何だかいい感じになっていきます。
そんないい雰囲気の中、突然、ドアをけたたましく叩く音、そして伯爵の声がします!
皆の予想よりもだいぶ早く、伯爵が狩りから戻ってきてしまいました。
バジリオからの手紙を見て、即、城へ引き返してきたようです。
「大変!夫が帰って来たわ!!」
「なぜ鍵をかけている!?誰と話しているんだ!?」どんどんどん!
ケルビーノは慌てて、出入り口とは別のドア、衣装部屋の中に入ります。
夫人が出入り口のカギを開けると、ドタドタと入ってくる伯爵。
「ここで何があった!?」
「いえ、あの、着替えようかと思って、、」
すると、ケルビーノが入った衣裳部屋から「どんがらがっしゃーん!!」と物音が。
ケルビーノが何かに蹴つまづいてしまったのでしょう。
「何だ今の音は!?」
「何か音がしました?」
「しただろう!!誰が中に居るんだ!?」
「…誰がいたらいいと思います?」
「君に聞いているんだ!!」
「ああ、そう、スザンナが、中に入っているのです」
それならと、伯爵は鍵がかかった衣裳部屋のドアを激しくたたいて、三重唱が始まります。
伯爵と、夫人と、2人に気づかれぬまま部屋に戻ってきたスザンナの3人です。
スザンナは、実はこのオペラの真の主役なのではないかと思えるほど出番が多い役です。
この場面も含めて、なんと全ての重唱やアンサンブルに参加をしており、その言葉数も、古今東西すべてのオペラの役の中で1,2を争う役だと言われています。
フィガロは「セヴィリアの理髪師」の頃から、機知に富んだ賢いキャラクターとして描かれていますが、スザンナはこの「フィガロの結婚」で初登場となるにも関わらず、フィガロ以上の賢さと俊敏さを発揮していきます。
さてここでも、怒り狂う伯爵と困り果てる伯爵夫人を物陰から眺めながら、スザンナは成り行きを見守っています。
「スザンナ出てこい!!」
「スザンナは着替えているのです!」
「嘘つけ!!」
「うわー大変、どうしましょう!」
そして伯爵が衣裳部屋を開けるための道具を取りに、夫人を連れて出て行くと、スザンナは急いで衣裳部屋の中に居るケルビーノを呼び出します。
出てきたケルビーノとスザンナのごく短い二重唱です。
「どうしようどうしよう!!」
「見つかったら殺されちゃうわ!」
「扉から部屋を出て行くわけにはいかない、とすれば方法は1つ!!」
ケルビーノは窓から下へ飛び下りる決意をします。
「飛び降りるには高すぎるわ!」
とスザンナが言うので、マンションの2階より少し高いぐらいでしょうか。
意を決して飛び降りたケルビーノでしたが、けがをすることなく、一目散に庭を通って逃げていくのでした。
そして衣裳部屋にはスザンナが入っていきます。
そこへ戻ってくる伯爵と夫人。
伯爵は金づちやらの道具を持って、衣裳部屋のカギを壊そうとしています。
たまらず夫人が、
「中に居るのは…、スザンナではなく…、いや、そんな大げさなことじゃないんですよ、ちょっとしたいたずらで…」
「誰なんだ!?殺してやる!!」
「いや、ほんの男の子ですから・・・ケルビーノです。。」
「まー--たあいつか!!!軍隊に行けと言ったのに出発していないのか!」
さあここから、壮絶な完成度を誇る第2幕フィナーレの音楽が始まります。
ケルビーノとわかったところで怒りが収まらない伯爵と、必死になだめる伯爵夫人。
その音楽が頂点に達して、今にも伯爵がドアを壊そうかというその時、中から出てきたのはスザンナ。
驚く伯爵、と伯爵夫人。
「伯爵様、何を驚かれているのですか?
さあ不埒な小姓を殺してくださいませ。」
言葉もない伯爵。
「夫人の言う通り、スザンナが中に居ただけだったのか…。」
伯爵は衣裳部屋の中にケルビーノがいないかどうか確認しに行きます。
その隙に、わけがわからず腰が抜けている夫人へ、スザンナが耳打ちします。
「ケルビーノは無事に逃げました。ご安心ください。」
戻ってきた伯爵は夫人に謝罪する羽目になります。
安心した夫人は、スザンナと共に伯爵へ嫌味を言って、形勢が逆転します。
「何でケルビーノがいるなんて言ったんだ?」
「あなたをからかうためです」
「じゃあこの酷い手紙は何なんだ!」
「それはフィガロがしたことです。」
フィガロが仕組んだ当初のプランとはだいぶ変わったものの、ここはいったん仲直りということで落ち着きかけます。
ところがそこへ当のフィガロがやって来るので、ここから事態はさらにややこしくなっていきます。
フィガロはここまでの成り行きを詳しくは知らないので、伯爵との会話が嚙み合わなくなります。
フィガロも、当初の計画が狂ってきていることを悟りますが、
「ともかく急いで挙式をしましょう!」
とフィガロやスザンナ、夫人までもが伯爵を急かします。
そこに、城に仕える庭師のアントニオがやってきます。
「閣下!聞いてくだされ!窓から男が飛び降りてきて、この植木鉢を壊していったんです!!」
アントニオは普段から酒を飲み過ぎがちな人物ですので、多少足元もおぼつかない状態なのですが、彼が言うことに伯爵は食いつきます。
「窓からだと?」
それはもちろんケルビーノのことですが、ここでフィガロは強引なごまかしを試みます。
「あっはっは!!飛び降りたのは、、、俺だ!!」
先ほどスザンナが隠れていたのでしたー!ということにしたのも束の間、隠れていたのはフィガロでしたーと、なんとも危うい誤魔化しを始めるフィガロ。
「もっと小さい奴だっただよ」
アントニオは割と事実を述べているのですが、いかんせん酔っ払っているのであまり信ぴょう性がないと受け取られてしまいます。
それでも伯爵はフィガロを問い詰めます。
「ならなぜ逃げた?」
「伯爵がすっごく怒っていらしたから怖くて怖くて、だもんですから、足を…、挫いてしまって」
と、さっきまで普通に歩いていたのに、急に足を引きずりだすフィガロw
「じゃあこの紙はあんたが落としただね」
とアントニオが1枚の書類を伯爵に差し出します。
それはケルビーノが持っていた、軍隊入隊の辞令書でした!
フィガロはその紙が何なのかわかりません。
アントニオは事件の重要な証言者ではあるのですが、的外れな発言も続くので、皆に追い出されてしまいます。
さて改めて伯爵はフィガロに問います。
「この紙は何かな?」
「ええっっっと…」
フィガロに助け舟を出すべく、伯爵に気づかれないように、夫人からスザンナへ、スザンナからフィガロへ、まるでつぶやき女将のように質問の答えが告げられます。
「辞令よ」「辞令よ」「それは辞令です、ケルビーノから私が預かりました」
「何のために?」
「…足りないのです」「何が?」
再び夫人とスザンナの呟き女将。
「判子よ」「判子よ!」「…本来あるはずの、判子がないのです!!」
伯爵が書類を見ると確かに判が押されていません。
「おーーのーーれ!!」
伯爵が地団太を踏んだところへ、大問題となる人物たちが部屋へ乱入してきます。
マルチェリーナ、バルトロ、そしてバジリオの3名です。
解決されていない大問題、フィガロがマルチェリーナに金を返せなければ、彼女と結婚しなくてはいけない問題です!
伯爵は大喜び!これでフィガロの結婚を阻止できる!!スザンナは私のものだ!!
証文を手に契約の履行を訴えるマルチェリーナ、医者のくせに彼女の弁護を買って出ているバルトロ、面白そうだから事態をかき回すためだけに来たバジリオ。
この3名+伯爵と、フィガロ、スザンナ、夫人の4対3のようにして音楽も最高潮に盛り上がり、さあ物語はどうなる!?
というところで、第2幕が終了します。
<第3幕>
城の大広間。
伯爵が1人、第2幕での出来事を振り返って考え込んでいます。
「どー-も釈然としない。」
そこへスザンナがやって来ますが部屋に入る前に、夫人に耳打ちされます。
どうやら、フィガロの計略が失敗した以上、今度は伯爵夫人自らが計画を練り出したようです。
スザンナに伯爵との庭での逢引を約束させて(ここまでは一緒ですが)、その場へはスザンナに変装した夫人自らが行っちゃおう、ということのようです。
さあスザンナが伯爵に近づきます。
「何か用かね」
「奥様が気付け薬をご所望です」
「持っていきなさい」
このようなやり取りのうちにスザンナはとうとう、伯爵と夜中に会うことを匂わせるので、伯爵は嬉しい驚きに飛び上がります。
「ひどいやつだ!なんでそんなに焦らしていたのだ!?」
というセリフから始まる二重唱となります。
熱い情熱をスザンナにほとばしらせる伯爵、スザンナはそれに応えるフリをしている、という状況のおかしさと見事な音楽の融合となっています。
約束を取り付けたスザンナは、部屋を出て、部屋の外に通りがかったフィガロに話しかけます。
「あなたはもう訴訟に勝ったも同然よ!」
ところがその声は、伯爵の耳に届いていました。
「訴訟に勝ったも同然だと!?」
このセリフから「フィガロの結婚」におけるアルマヴィーヴァ伯爵、唯一のアリアが始まります。
「私がため息をついている時に、家来が幸福になるなど、許せん!!」
このアリアは喜劇のアリアの枠をはみ出した、真面目なオペラ”オペラ・セリア”に出てきそうな、非常にカッコ良い音楽となっており、伯爵が誇り高く近寄りがたい貴族であることを再認識させるかのようです。
個人的に自分がバリトンだったら歌ってみたいアリアの1つです。
さてここからの場面ですが、
①マルチェリーナの契約に関するフィガロの裁判決着からの六重唱シーン
と
②伯爵夫人のアリアが歌われるシーン
の順番が入れ替わることがあります。
今回は、出版社ベーレンライターの楽譜に沿って、裁判決着の場面からご紹介して参ります。
裁判官のドン・クルツィオが、いくぶん声を詰まらせながら、裁判結果を言い渡します。
「彼女に支払うか、さもなくば彼女と結婚するかです!」
フィガロは判決を不服として、伯爵たちに訴えかけます。
「私は実は貴族なんです!
貴族が結婚するには両親の承諾が必要です!」
またいつものフィガロのほら話、強引なごまかしが始まった、と一同は本気にしません。
「どこにいるんだその両親は?」
「これから探します。
私は、実は小さい頃お城から盗賊にさらわれたのです!
その証拠として、私の身体にはアザがあって…」
マルチェリーナがふと、フィガロを遮ります。
「それは、、右腕にあるこてのような跡…?」
「…なぜあなたがそれを知っているのですか?」
「何てこと!あの子だわ…!ラファエッロ!」
ん?どなたのことでしょう?
ですがその瞬間、もう一人動揺を見せる人物がいます。それはバルトロ。
「盗賊にさらわれたと言ったな…。
…、彼女(マルチェリーナ)がお前の母親だ」
ええええええ!!
そしてマルチェリーナは、バルトロを指して言います。
「そして彼があなたの父親よ!!」
えええええええええええええええ!!!!
と、ここへ来てなんというどんでん返しでしょう。
フィガロの結婚の障害になっていた存在のマルチェリーナとバルトロが、まさかのフィガロの両親だったというオチ!
モーツァルト本人もお気に入りだったというこのシーン。
マルチェリーナは以前バルトロの家で女中をしていたのですが、その時にいろいろあったのですねww
そしてラファエッロと名付けられた2人の子供は盗賊にさらわれて行方不明に。
恐らくそれが原因でバルトロとマルチェリーナの男女関係も冷え込んだのでしょう。
その子供がフィガロだったなんて!
マルチェリーナがフィガロに感じていた愛情は、恋愛感情かと思いきや、無意識のうちに感じていたのは母親としての愛情だったのかもしれません。
途端にマルチェリーナはフィガロへの強引な訴えを取り下げて優しくなるので、観ている方はコロッと変わるじゃないか、と可笑しく思うかもしれませんが、でもよくよく考えてみたらこの変節は当然ではないでしょうか。
お腹を痛めて産んだ子供が幼い時に攫われてしまって、フィガロの年齢からするとおよそ20年~30年間、そのことをマルチェリーナは思い悩み続けてきたはずです。
あの子はどうしているだろうか、、無事に生きているのだろうか…
そのことは彼女を、どこか他人に厳しく当たるヒステリックな性格にしてしまっていたかもしれません。
だからこそ、第1幕でスザンナと口喧嘩の二重唱となったのでした。
それが目の前にいてしかも自分が結婚したいと思っていた若い男が、あのさらわれた子供だった、元気で生きてくれていた!とわかった瞬間、今までの心の氷が全て溶けて、一気に優しい母親へとマルチェリーナを変貌させるに至ったのです。
そういったことを踏まえてこのシーンに接すると、笑いを飛び越えて感動すら覚えます。
マルチェリーナは優しくフィガロに歌いかけ、それに応えるフィガロ、やがてそこに加わるバルトロ。
一方、親子に婚姻関係を認めるわけにはいかず、判決を覆さざるを得ないクルツィオと、歯噛みして悔しがる伯爵。
そこへ、スザンナが駆け込んできます。
フィガロがマルチェリーナに借りていた額のお金を持ってきた、とのこと。
恐らく夫人がスザンナに出してくれたものと思われます。
しかしスザンナがフィガロの方に目を向けると、なんとマルチェリーナと抱き合っているではありませんか!
事情を知らぬスザンナは、裏切られたと思い込みます。
「いやいや、聞いてよスザンナ、聞いて」
「うるさい!!」
とスザンナはフィガロに平手打ちをくらわせます。
そんなスザンナにマルチェリーナが優しく語りかけます。
「え、この人がフィガロのお母さん??」
「そうだよ」「そうだよ」「そうだよ」
そしてバルトロも。
「この人がフィガロのお父さん??」
「そうだよ」「そうだよ」「そうだよ」
すぐにスザンナの誤解は解け、家族一同は幸福に、伯爵とクルツィオは苦虫を噛み潰して歌う面白い六重唱の場面でした。
そしてマルチェリーナとバルトロは”焼けぼっくいに火”の状態で、フィガロとスザンナに加えて、自分たちも結婚しよう、今日2組の夫婦が誕生だ!
となって皆がその場を去ります。
さて伯爵夫人が1人、スザンナを待っています。
ここから夫人によるソプラノの素晴らしいアリアが歌われます。
夫の愛を失い、女中に助けを求めなければいけない状況に情けなさを覚えつつ、幸せだった頃を懐かしんでいます。
しかしやがて、伯爵の愛を取り戻そう!と、前向きな気持ちが音楽と共に盛り上がり、夫人はこのドッキリを成功させることを決意します。
やってきたスザンナに伯爵の様子を聞く夫人。
伯爵を庭におびき寄せるべく、夫人はスザンナに手紙を書かせることにします。
夫人が言うようにスザンナが手紙を書いていくこの”手紙の二重唱”。
映画「ショーシャンクの空に」において、非常に印象深いシーンでこの二重唱が流れます。
その手紙に封をするのに、夫人が髪の毛につけていたピンを刺しておくことにします。
そして”このピンは返してくださいね”と書き加えました。
手紙を書き終えた夫人とスザンナの元へ、農民の娘たちが挨拶にやって来ます。
彼女たちは花束を夫人に届けに来たのですが、そこには庭師の娘バルバリーナと、彼女たちの服を着せられたケルビーノの姿があります。
ケルビーノはバルバリーナに引っ張られて、女装をほどこされたのでした。
夫人やスザンナたちにからかわれて、ケルビーノは顔を赤らめています。
そんなところへ、バルバリーナの父、酔いどれ庭師アントニオが伯爵を連れて、ケルビーノがここに居ることを伯爵にチクります。
軍隊に加われという命令に従わないケルビーノを、伯爵はさらに罰しようとします。
その時、バルバリーナが割り込んで伯爵に告げます。
「伯爵様、私にキスしながら言ってくださいましたよねー。
”君が私を愛してくれるなら、何でも好きなものをあげよう”って♡」
「んー?…そんなこと言ったかなー?」
そこには夫人もいるので、伯爵としてはひじょーに気まずいですね。
「そしたらー、ケルビーノを私のお婿さんにください♡」
伯爵はすっかり勢いを削がれてしまいました。
そこへフィガロが現れて、そこにいた娘たちもろとも、全員を婚礼のダンスにうながします。
伯爵やアントニオに、
「ここにケルビーノがいるじゃないか、フィガロお前が飛び降りて足が痛いなんてのも全部嘘なんだろ」
などと問い詰められますが、フィガロは悪びれもせず、
「足は良くなりました。ああケルビーノが飛び降りたって?彼も私も飛び降りたってことでいいじゃないですか、ほらほら、婚礼のダンスをみんなで踊りましょう!」
と、強引にその場を収めてしまいます。
そのまま、この時代の少しスローテンポな踊りの音楽が演奏されて、第3幕のフィナーレとなっていきます。
民衆の娘が”花娘”として2人歌ったり、合唱が少し歌われたりしますが、その間にもドラマは進行していきます。
先ほど夫人とスザンナで書いていた手紙を、スザンナがそっと伯爵に手渡します。
渡したところをフィガロは見ていませんでした。
伯爵が、手紙に刺さっていたピンが指に刺さって痛そうにしているのをフィガロは見て、
「どこかの女が伯爵にラブレターを渡したらしいな。ピンが刺さってやんのww」
と思うのですが、それがまさかスザンナが渡したものだとは気づいていません。
とうとう物語の計画は、主人公たるフィガロのあずかり知らぬ方向へと動き出します。
伯爵が、今夜盛大に祝宴をしよう、みんな準備してくれ!とこの場を解散させて、第3幕が終わります。
<第4幕>
夜、城内の庭園で。
幕が開くと、このオペラ唯一短調で演奏される(悲し気な曲調)ナンバーが演奏されます。
バルバリーナが困り果てた様子で探しているのは、ピンです。
スザンナが手紙に刺していた、夫人の髪についていたあのピンです。
伯爵がスザンナに渡しておくように、とバルバリーナに預けたのですが、この辺りで落としてしまったのでしょう。
そこへフィガロとマルチェリーナがやって来ます。
「何をしているんだいバルバリーナ?」
「伯爵さまがスザンナに届けなさいって渡されたピンを探しているの」
「何だって!?」
ここでフィガロは、先ほどの手紙がスザンナからのものであったことを知って驚愕します。
バルバリーナは、探しているピンがスザンナの浮気を示す証拠だとは知らないので、無邪気に話しています。
フィガロはマルチェリーナからそっとピンを借りてバルバリーナに渡し、彼女を去らせます。
そして母となったマルチェリーナに、フィガロはスザンナへの怒りをぶつけます。
マルチェリーナは
「冷静に冷静に!」
とフィガロをなだめるのですが、フィガロは逢引の現場を取り押さえようと、考えを巡らせながらその場を去ります。
1人残ったマルチェリーナは、スザンナを信じています。
マルチェリーナは第1幕であれほど争ったスザンナに対して、そして不誠実な男性から虐げられる全女性に対してエールを送りたい気持ちでいるようです。
「山羊を始めとする動物のオスメスは、生きていくのに喧嘩なんてしない。
なのに、ほんと(人間の)女って、男から不当に扱われるのよね!」
というアリアを歌います。
が、しばしばカットされてしまいます。
マルチェリーナが去ると、そこにバルバリーナが再び現れます。
どうやらケルビーノとここで会う約束をしているようです。
ところが誰かやってくる気配がするので、バルバリーナは庭にある小屋に隠れます。
やって来たのはフィガロ、そして今やフィガロの父バルトロと、バジリオ。
フィガロはスザンナが浮気しているらしいことを2人に告げて、またどこかへ去っていきます。
バジリオは”伯爵とスザンナの不倫”のニュースを面白がりつつ、バルトロに向けて、いかにしてバジリオが世の中を生き抜いてきたかを語るアリアを歌います。
曰く、
「醜く臭いロバの皮を身にまとうことで、嵐が来ても濡れずに済み、獣が来ても食欲が失せて食べられずに済む。
そうすれば恥辱や死ぬことから身を守ることが出来るのです!」
つまり、自分がこのように性格がひん曲がってしまったのは、そのようにすることで結局は生き残ることが出来るから。
という、ある種の真理をついているかのような主張をしているのです。
このアリアもカットされることが多いです。
「フィガロの結婚」が初演されたとき、このオペラの作曲に際しては、出演者1人につき1つは見せ場としてアリアを歌わせる、という契約になっていたのでしょう。
ちなみにドン・バジリオとドン・クルツィオ、ドン・バルトロと庭師アントニオは、初演時にはそれぞれ1人2役で演じられました。
今では物語の流れ上、そこまで重要でないからとカットされることが多い、マルチェリーナとバジリオのアリアですが、どちらのアリアも脂が乗った時期のモーツァルトの筆によるもの。
素晴らしい音楽となっていますので、実際の舞台上演で接することは稀ですが、ぜひ検索などして聴いてみてください。
さてバジリオとバルトロが去ったところへフィガロが現れます。
すっかりスザンナに裏切られたと思っているフィガロ。
世の中の全男性を代表して、女性の不誠実さをなじるアリアを歌います。
先ほど女性を代表して立場を訴えたマルチェリーナのアリアと対極をなしています(だからこそ、マルチェリーナのアリアも本当は演奏されるべきなのです!)。
アリアの最後にホルンがけたたましく鳴り響きます。
これは、妻を寝取られた夫には角が生える、というヨーロッパでの言い伝えがもとになっていて、スザンナを寝取られると思っているフィガロの心の内でホルン(角笛)が鳴っているというわけです。
歌い終わったフィガロは物陰に隠れます。
そこにやってきたのは伯爵夫人、マルチェリーナ、そしてスザンナ。
夫人はスザンナの服を、スザンナは伯爵夫人の衣装を着ています(後で着替える演出もあります)。
マルチェリーナは先ほどバルバリーナが入っていった庭の小屋に入っていきます。
スザンナは、フィガロが今どこかに隠れていることも、スザンナが裏切っていると思っていることも知っています。
しかし辺りは夜の闇に覆われていて、今フィガロが隠れている場所からは、スザンナの声しか聞こえません。
そこでスザンナは、自分を疑った罰にと、あたかも自分が伯爵との逢引を楽しみにしているかのようなアリアを歌います。
しかしシンプルで美しいその音楽は、次第に真実味を増していきます。
この音楽の美しさの理由は、隠れて聴いているフィガロへの、スザンナの愛を現した音楽と解釈するのが一般的です。
さて歌い終わったスザンナはそこから離れて、この場所にはスザンナの衣装を着た伯爵夫人がやって来ます。
そこへやってきたのは…、伯爵ではなく、物語をかき回す存在であるケルビーノです。
夫人にとっては、ここでケルビーノが来るのは想定外。
ここに伯爵が来てしまっては、ドッキリのシナリオが狂ってしまいます。
繰り返しますが、この時代の夜の闇では人の顔は見えず、来ている服の感じで誰だか判別するしかありません。
ここにいるのがスザンナだと思っているケルビーノは、スザンナ(の服を着た伯爵夫人)にちょっかいを出し始めます。
ここから、音楽が一気に続いていく、第4幕のフィナーレとなっていきます。
そんな二人のもとへ、とうとう伯爵が現れて近づいていきます。
その様子をそれぞれ別の場所から見ているスザンナとフィガロ。
伯爵は、ケルビーノがスザンナ(に扮した夫人)にちょっかいを出していることに怒り、ケルビーノがスザンナ(夫人)にキスしようとしたところへ伯爵が割って入るので、代わりに伯爵がケルビーノにキスされてしまいます。
ケルビーノは気づきます。
「ヤバい、伯爵だ!!」
さらに怒った伯爵がケルビーノにビンタしようと手を振り回すと、ケルビーノはそれを避けて、様子を見ようと近づきすぎたフィガロが代わりにビンタを食らってしまう、という錯綜した状況となります。
再度繰り返しますが、これは夜の闇で起きていることですので、みな周りが良く見えていません。
ケルビーノはバルバリーナのいる小屋に逃げ込みます。
さて邪魔者がいなくなったと、伯爵はスザンナ(夫人)を熱烈に口説きます。
その様子を見て、スザンナの浮気場面を見ていると思っているフィガロは怒りに震えます。
耐え切れなくなったフィガロはつい
「ここに人がいますよ!」
と叫んでしまうので、伯爵とスザンナ(夫人)はいったんそれぞれ別の方向へ姿を消していきます。
立ちすくむフィガロのもとに、夫人の衣装を着たスザンナが近づきます。
衣装を見て、最初は夫人だと思うフィガロ。
「これは奥様。ちょうど良いところにいらっしゃいました。
伯爵と、私の花嫁が…、あなたも一緒にご覧ください!」
「小声でお話しなさい、それは復讐しなくてはいけないわね」
とスザンナは夫人の真似をして話すのですが、フィガロはすぐに気づきます。
「(この声は…、スザンナ!!)」
フィガロは愛する人の声を聞いて、すぐに判別することが出来ました。
フィガロはしばらくスザンナを泳がせて、彼女の芝居を楽しむことにします。
そしてついに悪ノリを始めます。
「おお、奥様、私の心も燃え上がっております。
さあ、お手を、彼らに復讐するには我等もここでチョメチョメを…」
フィガロが夫人と浮気するつもりだと思ったスザンナは、このオペラで2度目の平手打ちを、2度目どころか3度目4度目と食らわせていきます。
フィガロは殴られながらも、スザンナが自分のことを愛しているからこそこんなに嫉妬して怒ってくれている、と喜んでいます。
音楽が落ち着いたところでフィガロがスザンナに言います。
「仲直りしようスザンナ、すぐに声でわかったよ。
いつも心に焼き付いている声なんだもの」
「声で…?もう」
真に愛し合う二人は、すぐに仲直りすることが出来ました。
そこへ、伯爵が戻ってきます。
スザンナから、さっきスザンナの服を着ていたのが夫人だと聞いたフィガロ。
2人は伯爵から見えるところで、芝居を始めます。
「奥様、私の恋人!!」
「あれは、、私の妻!!」
「あなたの好きなようにしますわ、フィガロ!」
「おのれ…、許さん!!!」
伯爵はフィガロの腕を取って叫びます。
「皆の者、集まれ!!助太刀してくれ!!」
夫人の衣装を着たスザンナは小屋に逃げ込みます。
なんだなんだ、と集まってきたバジリオ、アントニオ、(1人2役でない場合は)バルトロ、クルツィオ。
伯爵が小屋の中にいる者の腕を引っ張ると、中から出てきたのは、ケルビーノ、バルバリーナ、マルチェリーナ、そして夫人!(の衣装を着たスザンナ)
「これで不倫が発覚した!言い逃れはできないぞ!」
伯爵以外の全員がその場に膝をついて、口々に言います。
「お許しを!」
「だめだ!」
「お許しを!!」
「ダメだダメだ!!!」
その時!!後ろからもう1つの声がします!
「せめて私は、お許しを得られるでしょう」
伯爵が振り返るとそこには、もはやくっきりと顔を表した伯爵夫人がいます!
膝をついたところから立ち上がる一同。
愕然とする伯爵。
さあ、伯爵はどうするのか…。
なんと、伯爵はその場に1人、膝をついて、夫人に許しを請います。
「夫人よ、許してくれ、どうか許しておくれ…。」
これも繰り返しとなりますが、初演された時代はフランス革命の数年前。
貴族が民衆の面前で、膝をついて妻に謝るところなど、絶対に見せてはいけない時代です。
貴族は民衆に弱みを見せてはいけない。
それなのに今、平民が立っている中、伯爵1人がひざまずいている。
この状況は当時、非常に革命的な情景として観客の目にうつったことでしょう。
夫人は答えます。
「私の方があなたよりも素直ですから、
はい、と申しましょう。 →お許しします」
この場面の音楽の、何と美しいこと!
個人的に何度聴いても、鳥肌が立ってしまう場面です。
全員が喜びをじんわりと感じて、そして、音楽は序曲と同じような速いテンポで一気に終息へ向かいます。
「苦しみとバカ騒ぎに満ちたこの1日は、愛だけが満足のうちに終えられるのだ。
みんな、花火に火をつけよう!
楽しいマーチの音楽に乗って、
パーティーへと走っていこう!!」
こうしてオペラ全体の幕が下ります。
いかがでしたでしょうか。
伯爵と伯爵夫人は本当に和解できたのか。
それぞれの人物の行く末はどうなっていくのか。
実は、オペラが初演されたのちの1792年、原作者のボーマルシェによって、「フィガロの結婚」の続編となる「罪ある母」が発表されます。
ここでは「フィガロの結婚」から20年後のことが描かれます。
あれから夫人はケルビン(オペラのケルビーノ)と一夜を過ごし、結果、子供を身ごもってしまいます。
その子供が成人してからのお話しが描かれます。
とはいえこちらは、オペラ「フィガロの結婚」初演後にできたお話ですので、このオペラとは関係がありません。
実は「罪ある母」もオペラ化されているようですが、現在までのところ世界的なレパートリーにはなっていません。
ご興味のある方は触れていただければと思います。
とにかくこの「フィガロの結婚」。
長々と説明して参りましたが、これは1つのガイドとしてあくまで「ふーん」程度に参考にしていただき、まずは上演や映像、音源などに触れてみてください。
いきいきと躍動する登場人物たちの歌と音楽に、魅了されること請け合いです。
オペラ「フィガロの結婚」多くの皆様に触れていただけることを願っております。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
<参考文献>(敬称略)
松田 聡「モーツァルトのオペラ 全21作品の解説」
名作オペラブックス「フィガロの結婚」
スタンダード・オペラ鑑賞ブック [3]「ドイツ・オペラ 上」
ヨアヒム・カイザー「モーツァルトオペラ人物事典」
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