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オペラ「皇帝ティトの慈悲」解説 - テノール歌手:髙梨英次郎のトークです | stand.fmモーツァルトのオペラ「皇帝ティトの慈悲」を解説! 晩年の隠れた傑作オペラ、ぜひ触れてみてください♫ 0.00〜 導入、作曲の経緯 7.17〜 物語の前提、舞台、登場人物 9.23〜 第1幕 20.44〜 第2幕 #モーツァルト #オペラ #...
こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラを解説して参ります。
オペラって面白いですよ!
今回はモーツァルト作曲、オペラ「La Clemenza di Tito 皇帝ティトの慈悲」を取り上げます。
35歳という若さでこの世を去ったモーツァルトは、亡くなる最後の年1791年にもたくさんの名曲を世に生み出しました。
オペラも世に名高い「魔笛」と、この「皇帝ティトの慈悲」が作曲されました。
「魔笛」や、これまで取り上げてきたモーツァルトのオペラ作品に比べると、「皇帝ティトの慈悲」は上演機会も少ない作品ですが、その音楽はモーツァルトの魅力に溢れたものとなっており、ぜひ触れていただきたいオペラとなっています。
作曲され始めた時期は「魔笛」が先ですが、こちらでは初演された日付が先の「皇帝ティトの慈悲」からご紹介したいと思います。
まずは作曲と初演の経緯について。
1790年1月に前作「コジ・ファン・トゥッテ」( ① https://tenore.onesize.jp/archives/876 ② https://tenore.onesize.jp/archives/930 ) を初演して以来、オペラの新作はおろか、目ぼしい作品がこの年には生まれませんでした。
モーツァルトの創作意欲がこの時期は減退していたのでしょうか。
夏には、以前から親交があった俳優であり作家、劇場支配人でもあったシカネーダーの劇団のために曲を作ったりして、翌年の「魔笛」につながっていきますが、こちらは「魔笛」の回でまた詳しく。
1791年になると、モーツァルトの創作意欲は回復したようで、最後のピアノ協奏曲や、有名な合唱曲「アヴェ・ヴェルム・コルプス」など数々の名作が生まれます。
そして夏ごろに作曲の依頼が来たのがこの「皇帝ティトの慈悲」でした。
その依頼主は、ボヘミア王国政府。ボヘミア王国は、現在のチェコの前身だった国です。
「コジ・ファン・トゥッテ」が初演されたすぐ後に、神聖ローマ皇帝であったヨーゼフ2世が崩御し、帝位を継いだのはその弟であるレオポルト2世でした。
そのレオポルト2世がプラハ(今のチェコの首都)で行われる、ボヘミア王としての戴冠式のために、新たにオペラを作曲して上演する、というのが依頼内容です。
初めは、モーツァルトのライバル、後に暗殺者として噂された作曲家サリエリに依頼されました。
サリエリは当時の宮廷楽長でしたので最初に依頼が来たのは当然なのですが、大変忙しかったためサリエリはこの依頼を断ります。
そこで、モーツァルトに話が回って来たようです。
よくモーツァルトの伝記などを読むと、晩年のモーツァルトは借金がかさんでとても可哀そうな状況だった。との記述を見かけます。
実際に借金がたくさんあったのは事実のようですが、作曲家としての名声がなかったというと、決してそんなことはありませんでした。
このような祝典オペラは、国の行事としてとっても大事なもの。
その依頼が2番目に来るぐらい、モーツァルトは当時から作曲家として名を馳せていたことがうかがえます。
しかし、モーツァルトのもとに正式な依頼が来たのが1791年7月中旬。
式典は9月6日ということで、6週間ほどしか残り時間がありません。
モーツァルトはその時作曲していた「魔笛」を中断して、急ピッチでこの仕事に取り組むことになりました。
あまりにも時間がなかったので、題材、及び台本は既にたくさん作曲が成されていたものから取られることになりました。
それが、メタスタージオという人物が書いた「皇帝ティトの慈悲」です。
メタスタージオは、18世紀1700年代に生きた最大の詩人・台本作家で、オペラ・セリア(シリアスなオペラ、真面目なオペラ)の形式を確立した人です。
メタスタージオの台本や詩には多くの作曲家が曲をつけており、「皇帝ティトの慈悲」だけでもモーツァルト以外のたくさんの作曲家の作品があります。
ただ、モーツァルトが仕事をするこの時には、メタスタージオの作品は幾分時代遅れの産物となっていました。
「ティト」が最初に作曲されたのは1734年。1791年から57年前のこと。
ちなみに最初に作曲したのは、声楽勉強者にはお馴染みの歌曲”Sebben crudele”で知られるカルダーラです。
2024年現在から57年前というと、1967年。その年に作られた映画などの台本を、現代のNETFRIX用に書き直すようなイメージでしょうか。
やはりこの時も、メタスタージオの台本を1791年の時代に合うように、マッツォーラという宮廷詩人がアレンジをすることになりました。
マッツォーラがアレンジした台本をもとにモーツァルトはごく短期間で作曲を完成させたのですが、そのうちレチタティーヴォ・セッコ(音が付いた会話の部分)は弟子のジュスマイヤーが書いたと言われています。
こうして無事に9月6日のボヘミア王祝典の夜、プラハのエステート劇場でオペラ「皇帝ティトの慈悲」は初演されました。
モーツァルト35歳。
劇場が無料開放されたということもあって観衆はたくさんいたようです。
会場にいた貴族たちの反応は微妙なものだったようですが、オペラは9月末まで再演され、ある程度の喝采を浴びたとされています。
モーツァルトの死後も各地で上演されていきました。
では、この作品がどんなものなのか、内容を見て参りましょう。
とその前に、日本語タイトルからもわかる通り、ティトは実在したローマ帝国の皇帝として名高い人物で、世界史的にはラテン語名のティトゥスで知られています。
皇帝在位中にヴェスヴィオ火山が噴火して、後に遺跡として発掘されることになる大都市ポンペイが壊滅してしまいました。
ローマも3日間燃え続ける火事が起き、皇帝ティトゥスは災害復興に尽力しましたが、そのさなか病気で亡くなってしまいます。享年41歳。
在位はわずか2年でしたが、皇帝としては名君だったとされています。
ただし、在位前にエルサレムを攻め滅ぼしたとして、ユダヤの人々からは憎まれているようです。
そんなティトゥス、及びティトとその周りの人物たちが題材となったオペラ「皇帝ティトの慈悲」。
舞台は古代ローマ、西暦79年。
登場人物
ティト:ローマ皇帝
ヴィテッリア:前に皇帝だったヴィテッリオの娘
セスト:若い貴族で、ティトの友人
アンニオ:セストの友人
セルヴィリア:セストの妹で、アンニオの恋人
プブリオ:近衛隊長
序曲が演奏されます。
祝典オペラの幕開けにふさわしい、壮大さと華やかさがあり、一点の曇りもないモーツァルトといった感じで、聴くのに全くストレスがかからない音楽となっています。
第1幕
イタリアにあるテヴェレ川を見渡せる宮殿内ヴィテッリアの部屋。
まずはヴィテッリアという女性が登場します。
彼女の父親は、以前ローマ皇帝だったヴィテッリオ(ラテン語名ウィテッリウス)。
ヴィテッリオは、オペラが始まった時点での皇帝ティトの父親で、先代皇帝のウェスパシアヌスに殺されました。
なので娘のヴィテッリアは、父の仇であるウェスパシアヌスの息子ティトのことも憎んでいます。
現在の皇帝ティトは間もなくユダヤの王女を妃に迎えようとしていますが、ヴィテッリアはそのことにイラついています。
ティトを憎んではいるのですが、ヴィテッリアには皇帝の妃になりたいという野心もあるので、ティトがローマ人である自分を差し置いて、外国人と結婚しようとしていることに憤慨しているのです。
ヴィテッリアは部屋に、セストという男性を呼んでいました。
セストはティトの親友なのですが、彼はヴィテッリアを愛しているので彼女の言うことには逆らえないでいます。
セストは初演当時カストラート歌手(声変わり前に去勢を施された男性歌手)によって演じられました。
今はメゾソプラノの女性歌手、もしくは男性のカウンターテノールによって歌われます。
ヴィテッリアはセストに皇帝ティトを殺害するようけしかけます。
親友である皇帝であるティトを殺すという、事の重大さにセストは苦悩します。
「あなた、私をモノにしたくはないの?あ、そう、じゃあさよなら!」
「待ってください!あなたの命じるとおりにいたします!」
ヴィテッリアは、神話などにありがちのかなり激しい性格の女性のようです。
そんなヴィテッリアとセストの二重唱となります (N.1)。
そんなところに、セストの友人アンニオがやって来て、
「皇帝陛下がユダヤの王女を国に帰して、結婚を取りやめるとのことです!」
との知らせを持ってきたので、ヴィテッリアは喜びます。
そこでヴィテッリアは、いったん皇帝の暗殺計画はストップするようセストに告げます。
そして彼女はセストに対して、「愛する私のことを疑わないで」といったような内容のアリアを歌います (N.2)。
さてアンニオは、友人セストの妹セルヴィリアと両想いの関係にありました。
アンニオもカストラートのための役で、今はメゾソプラノの女性歌手、もしくは男性のカウンターテノールが歌います。
アンニオはセストに、「皇帝の親友である君に頼みたい。僕たちの結婚を皇帝に取りなしてくれ」
と頼みます。
セストもヴィテッリアのことでそれどころではない気もしますが、友人アンニオの頼みを引き受けます。
2人が友情を歌う、小さな二重唱となります。(N.3)
場面変わって、現在遺跡として大変有名なフォロ・ロマーノの一角。
荘厳な行進曲と共に皇帝ティトが現れます。(N.4)
そして、ローマの民衆たちが皇帝を称えて合唱曲を歌います。(N.5)
ティトは皆にさがるよう命じて、セストとアンニオを残します。
アンニオがセストに「セルヴィリアとのこと、頼むね!」と耳打ちしたのも束の間、ティトの口から出たのは意外過ぎる言葉でした。
「私はローマの国民が望む通り、ローマ人と結婚しようと思う。
それはセスト、君の妹セルヴィリアだ。」
「!!!」
なんと皇帝ティトはアンニオが愛するところのセストの妹セルヴィリアと結婚しようというのです。
ティトはアンニオとセルヴィリアが愛し合っていることは知りませんでした。
皇帝の意に逆らうことは出来ず、アンニオはその場で「なんと皇帝が妃とするににふさわしい女性でしょう。」と告げてしまいます。
セストも内心物凄く戸惑っています。
皇帝ティトとしては、友人セストの妹を妃にすることでセストの地位も上がるので、
「友達に良いことをしてあげた」と思っています。
ティトが、皇帝として友人や民衆に良いことをして喜ばせるのが理想の道なのだ、とアリアを歌います。(N.6)
ティトとセストが退場して、アンニオがひとり苦悩しているところへ、当のセルヴィリアがやって来ます。
アンニオは彼女に告げます。
「あなたは皇帝の妃に選ばれました」
「なんですって!!」
二人でその運命を嘆きつつもお互いの愛情を確認し合う、シンプルながらとても美しい二重唱を歌います。(N.7)
場面変わってティトの別邸。
ティトと近衛隊長のプブリオが話しています。
どうやら皇帝ティトに対して反乱を起こそうとする勢力がいるようです。
そこへ、アンニオの恋人セルヴィリアが駆け込んできます。
「どうしたのだ?」
「お許しください!私は既に、アンニオと愛し合っているのです…。」
「そうだったのか!神々に感謝しよう。真実を告げる勇気を君が持ってくれたことに。」
ティトは寛大にも、セルヴィリアとの結婚は取りやめてくれるようです。
そしてティトが、誠実な心を称えるアリアを歌います。(N.8)
アリアが終わると、ティトはその場を去ります。
そこへヴィテッリアがやって来ます。
ヴィテッリアは、ティトが外国人との結婚をやめたことで喜んだと思いきや、自分でなくセルヴィリアを選んだということで、怒っています。
当然、今しがたティトがセルヴィリアとの結婚をやめたことは露知らず。
「あら、お妃さま。あなたが皇帝の心を奪ったんですって?」
と、ヴィテッリアはセルヴィリアに皮肉を言います。
気分がルンルンのセルヴィリアは、ヴィテッリアの内心を知らず、また空気も幾分読めないのか、
「怒らないでヴィテッリア!お妃にはきっと、あなたが選ばれるわよ♫」
とヴィテッリアに告げて去っていきます。
ヴィテッリアはセルヴィリアの言葉が、皮肉にしか聞こえません。
「あんの女、あたしを嘲るのね!!ティトはやっぱり許せない!〇す!!」
復讐の心がまた戻ってきてしまいました。
折悪しくセストが戻ってきます。
「あんた、ティトを仕留めたの?」
「いや、それはいったんストップっておっしゃったじゃないですか…。」
「あんた、あたしが新たな侮辱を受けたことを知らないのね!?ほんとサイテーな男ね!!」
ヴィテッリアは凄まじい勢いでセストをなじります。
「わかった、わかりました!あなたの言うとおりにいたします!」
セストもティトがセルヴィリアとの結婚をやめたことを知らないので、ヴィテッリアの皇帝暗殺命令を改めて引き受けてしまい、決意を込めてアリアを歌います。(N.9)
このアリアがオペラの中で最も有名な1曲で、歌に寄り添うようなクラリネットの音色が印象的です。
セストがティトを暗殺しに出て行ったその直後、驚きの知らせがもたらされます。
やってきた隊長プブリオとアンニオ。
「ヴィテッリア様、皇帝が貴方を妃に選ばれました!!」
「なんですって!!(セストが、ああ、もうティトを殺しに行ってしまったの?!どうすればいいの!!??)」
…この人たちは何をやっているのだと思われるかもしれませんが、オペラにおいて最も大事なのは、音楽の流れです。
ドラマとして見た時にちょっと荒唐無稽ではないかと思われても、2時間から3時間のオペラ作品の中で観客を飽きさせないためには、時の流れを急激にスイッチングすることが重要となってきます。
ここで動揺した内面を歌うヴィテッリアと、彼女の動揺には気づかず、「嬉しくてびっくりしてるんですね。」と歌うプブリオ、アンニオの三重唱となります(N.10)
さて場面は変わって、セストが1人、葛藤しています。
親友である皇帝ティトを裏切ることに思い悩んでいる、オーケストラ伴奏のレチタティーヴォ(語り)の場面です。(N.11)
やがて丘の上、ティトの住まいから火の手が上がります。恐らくセストの部下が先に火をつけてティトを攻めに行っています。
「後悔しても、もう遅い!行かねば!」
そのまま音楽がつながって、第1幕のフィナーレとなります。(N.12)
セストは火の手が上がった宮殿の方へ去りますが、途中アンニオとすれ違い、アンニオはセストの様子に疑問を持ちます。
やがて燃え盛る丘から人々が逃げてきて、広場は騒ぎとなっていきます。
そこにはプブリオ、セルヴィリア、などティト以外の人物が集まってきました。
「誰がこんなことを!?」
ヴィテッリアも後悔してセストを探していますが、時すでに遅し。
現れたセストは皆に、皇帝が殺された!と告げ、皆は悲嘆にくれます。
セストはもう少しで、その下手人は自分だ!と言いそうになるのですが、ヴィテッリアが必死に止めて、合唱も加わった全員による嘆きのアンサンブルとなり、第1幕が終了します。
<第2幕>
ローマの王宮の庭。
セストとアンニオが会話をしているところから始まります。
アンニオが言います。
「皇帝陛下は生きておられる」
「何だって!短剣に刺されて亡くなったところを見たぞ!」
「それは陛下の衣装を着た別人だったようだ」
「何だと!…」
セストは皇帝ティトが生きていたことに安堵しながら、後悔に苛まれています。
「反乱を起こしたのは、、私なのだ…。」
「セスト、君が!!」
アンニオは自首しようとするセストを押しとどめます。
「大丈夫、火事が起きたのは事故だとみんな思ってるよ!」
そしてアンニオはセストに、ティトのもとへ戻って忠誠を誓うよう説得するアリアを歌います。(N.13)
アンニオは退場し、入れ替わりにヴィテッリアがやって来ます。
「セスト、ここから逃げるのよ!」
セストが誰にそそのかされたかを白状してしまえば、ヴィテッリアも破滅してしまいます。
「秘密は誰にも明かしません」と応えるセスト。
そこへ、隊長プブリオがやって来ます。
「セスト、お前の目の前で陛下の衣装を着て倒れた男は生きていた。お前が犯人だと告げている。一緒に来てもらおう」
そのまま、セスト、ヴィテッリア、プブリオがそれぞれの心情を歌う三重唱となります(N.14)
場面は変わって、宮殿の大広間。
貴族や近衛兵、市民たちが集まっています。
そこに、ティトとプブリオが入ってきて、間にティトのソロをはさむ合唱曲となります。(N.15)
みな、皇帝の命を神々が救ったことに感謝し、ティトもそれを聞いて喜んでいる様子。
そんなティトは、まだセストが自分を裏切ったとは信じられません。
元老院(現代の日本でいう国会)では、セストのことが話し合われていて、ティトはプブリオに元老院の様子を探ってくるよう命じます。
プブリオは、「人を信じすぎては、裏切りに気づくのが遅くなってしまうのです」
と、皇帝を諭すアリアを歌い、去っていきます。(N.16)
1人になったティト。
親友セストの裏切りを信じたくない気持ちでいっぱいです。
そこにアンニオもやって来るのですが、ほどなく元老院からプブリオも戻ってきます。
「残念ながら、首謀者はセストです。やつが自ら供述しました。」
「そんな…!みな、今は私を一人にしてくれ!」
アンニオは、「どうか寛大なお心をお示しください…。」
と訴えかけるアリアを歌って(N.17)、プブリオと共に去っていきます。
そこからはオーケストラ伴奏つきレチタティーヴォとなって、ティトの独白シーンとなります。
事実を知ってさらに苦悩が増しているティト。
セストを処刑する書類に皇帝の署名を書くのを、ティトはためらいます。
そこで、セストの弁明を聞くため、部下に命じてセストを呼び出すことにします。
なかなか来ないのでイラつくティト。
やってきたプブリオに「セストはまだ来ぬのか!」と問いただします。
やがて兵たちに連行されてセストがやって来ました。
ティトとセスト、プブリオの三重唱となります。(N.18)
ティトとセストは、親友がこれまで見たこともない表情でいるのを、お互い心の内で驚いています。
ティトは「二人だけにしてくれ」
と、プブリオたちを退場させ、セストの本心を聞き出そうとします。
「セスト、なぜこんなことをした?私の何が君を怒らせた?」
「陛下、もういいのです。罪はすべて私にあります。一刻も早く私を刑に処してください。」
いくら問いただしても「自分が悪い」としか言わないセスト。
あくまでヴィテッリアにそそのかされた、ということは言わないで、セストはヴィテッリアへの愛を貫こうとしています。
しかし親友ティトを裏切った後悔でセストの心は張り裂けんばかり。
そんなセストの乱れた心が歌われるロンドという形式のアリアが歌われます。(N.19)
セストは衛兵たちに連れていかれ、再びティト一人になります。
「皇帝は法を守る者でなければならぬ…。法を破ったセストは、、やはり死ななくてはならない…。」
ティトはついにセストを処刑する書類にサインをします。
ところが、ティトは
「慈悲深い皇帝でいることが私の道だ!」
と思い直して、一度サインした書類を破り捨てます。
そして、
「厳しくなければいけないのなら、皇帝でいられなくともよい!」
と決意を歌うアリアが演奏され、ティトは民衆たちが待つ広場へ向かいます(N.20)。
一方、ヴィテッリアはプブリオからまもなくセストが処刑されると聞き、大変動揺しています。
そこへセルヴィリアとアンニオのカップルがやって来ます。
裏では、皇帝ティトとヴィテッリアの結婚の準備も進められているとのこと。
ということは、セストはヴィテッリアからそそのかされたことを皇帝に黙っていた!
ヴィテッリアは驚き、後悔に襲われます。
セルヴィリアは
「新しい妃となるヴィテッリア、あなたの頼みなら皇帝陛下も聞いてくださるはず。」
と、ヴィテッリアに皇帝へセストの助命を嘆願するよう説得するアリアを歌います。(N.21)
ひとりになったヴィテッリア。
ここから彼女の伴奏つきレチタティーヴォ(N.22)、そしてロンド形式のアリアが歌われます(N.23)。
自分への愛を貫いてセストが命を落とそうとしている…。
ヴィテッリアはついに決心します。
「私の罪をティトに話して、セストを許してもらおう!」
これまで自分の欲求だけに従ってきたヴィテッリアが、自分が死ぬであろうこともわかりながら、高らかに決意し改心した彼女の心情が歌われます。
場面は民衆や議員たちが待つローマの闘技場前にある広場へ。
前のヴィテッリアのアリアから音楽が途切れずに、合唱曲へとつながります。(N.24)
皇帝ティトが入場し、アンニオとセルヴィリアも広場に来ています。
セストが連れてこられ、ティトがセストの処遇を宣言しようとしたその時!
ヴィテッリアが駆け込んできます。
「その首謀者をそそのかしたのは、私です!!」
「何だって!!」
ヴィテッリアはついに反乱をそそのかした経緯を話します。
それを聞いたティトが伴奏つきレチタティーヴォ(N.25)で演説します。
「何ということだ!…罪人を一人許そうとしたところに、もう一人の罪人が見つかるとは。
”裏切り”と”寛容”、どちらが確固たるものか見てみようではないか。
セストを解放せよ!
私は全てを知り、そのうえで全て許し、全て忘れる!!」
セスト、ヴィテッリア、及び共犯者たちは全員が罪を許されました。
みなが皇帝を称えるフィナーレとなり(N.26)、オペラ全体の幕が下ります。
いかがでしたでしょうか。
これから王様となる人のための祝典オペラですから、皇帝万歳!となるこの台本が選ばれたのは当然のことでした。
とはいえ、57年前に書かれた台本は、当時とは全く趣の違う作品に生まれ変わったといえます。
晩年のモーツァルトの音楽は、派手な装飾や大げさな表現がそぎ落とされた、澄んだ川のように瑞々しいものがほとんどです。
同じころに書かれたオペラ「魔笛」でもその音楽の傾向は明らかとなります。
こういった形式のオペラセリアはモーツァルトが若い頃にも書かれていますが、大変に難しい歌唱技術を要する曲ばかりで、それと比べればこの「ティト」の音楽は大変シンプルに聴こえます。
そのぶん、裏切りや苦悩に直面した人間たちの感情が美しい音楽に乗せて率直に表れた、素晴らしいオペラとなっています。
モーツァルトの「皇帝ティトの慈悲」、どうぞ多くの皆様に届きますように。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
<参考文献>(敬称略)
Stivender, D. ed. and trans., La clemenza di Tito (libretto), in The Metropolitan Opera Book of Mozart Operas
松田 聡「モーツァルトのオペラ 全21作品の解説」
西川尚生「モーツァルト (作曲家 人と作品シリーズ)」
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