ヴェルディ「レクイエム」解説

オペラ全曲ざっくり解説の文字起こしです。

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ヴェルディ「レクイエム」解説 - テノール歌手:髙梨英次郎のトークです | stand.fm
ヴェルディ作曲「レクイエム」の成り立ちと楽曲の解説です。ヴェルディが実際に会ったら緊張でうまく話せなくなってしまう、激推しの人物とは? 0.00〜導入、作曲の経緯、初演 4.38〜 内容 文字起こしはこちら↓ 参考文献(敬称略) 小畑恒夫 ...

こんにちは、テノール歌手の髙梨英次郎です。
ヴェルディのオペラを作曲された順にご紹介して参りましたが、今回は番外編です。
本日は、ヴェルディ作曲「レクイエム」を取り上げます。
それまでのキリスト教音楽とは一線を画した、オペラ作曲家ヴェルディによる、オペラティックなレクイエム。
ヴェルディの死生観も反映された一大傑作です。


まずは作曲の経緯について。


憧れの芸能人や芸術家、アイドル、今で言う推しのような存在に、実際に対面できるとなったら、皆さん冷静にお話したりできますでしょうか?
イタリアオペラ界屈指の巨匠ヴェルディにも、そんな存在がいたのです。
それは、アレッサンドロ・マンゾーニ。

Alessandro Manzoni

イタリアでは大変名のある詩人、作家で、お札の顔にもなっていた、日本で言うところの夏目漱石のような方でしょうか。
代表作「いいなづけ」はイタリア文学最初の歴史小説と言われ、現代イタリア語の基礎を築いた大変重要な作品です。
ヴェルディと同時代を生きたこのマンゾーニを、ヴェルディは大変尊敬し、作品ももちろん熟読していました。


そんなマンゾーニとヴェルディが一度だけ面会したことがあります。
1868年6月、「ドン・カルロス」(① https://tenore.onesize.jp/archives/121 ② https://tenore.onesize.jp/archives/137 ) 初演後、ミラノのマンゾーニ宅をヴェルディは訪ねました。
知人を介して設定されたこの会見ですが、ヴェルディの妻ジュゼッピーナから最初に、
「マンゾーニさんがあなたとお会いしたいとおっしゃてるわよ」
と聞かされたとき、ヴェルディは途端に落ち着きを失い、そわそわして、涙ぐんでしまったそうです。
憧れの作家さんに会えるかも、と考えただけでこのような反応になってしまうのですね。
今の日本で言えば、村上春樹さんに、すごくファンの方が実際に会えるかもとなったらこうなってしまうでしょうか。
会見時、ヴェルディは54歳、マンゾーニ83歳。
詳しい模様を書き残したものはありませんが、会見後のヴェルディは大層感激した旨を友人に書き送っています。


それから5年後。
マンゾーニがミラノで帰らぬ人となりました。享年88。
ヴェルディの悲嘆は大変なものでした。
マンゾーニのお墓を訪れたヴェルディは、マンゾーニに捧げるレクイエムを作曲することを思い立ちます。
前回「アイーダ」(① https://tenore.onesize.jp/archives/122 ② https://tenore.onesize.jp/archives/123 ) の作曲前に、ロッシーニが亡くなった際、イタリア人作曲家何人かの共同でレクイエムを作曲するという計画が持ち上がったお話をしましたが、こちらは色々なゴタゴタがあってうまくいきませんでした。
今回ヴェルディは、1人でしっかり作ろうという決意をしました。
ロッシーニのために用意した「リベラ・メ」という曲も転用して、作曲を進めていきます。
マンゾーニはミラノ出身の高名な人物でしたので、上演にかかる費用の金銭的支援をミラノ市から受けることが出来ました。
こうしてできたレクイエムは、マンゾーニ没後1年の1874年5月22日、ミラノのサン・マルコ教会で初演されました。ヴェルディ60歳。


ヴェルディ自身が指揮台に立ち、ソプラノとアルトのソロは、「アイーダ」スカラ座初演を成功させたストルツとヴァルトマン。
初演は大反響を呼び、スカラ座を始めとする各地の劇場で演奏されるようになっていきました。


それでは簡単にではありますが、レクイエム全曲を楽曲順にご紹介して参ります。

レクイエムのテキストは、キリスト教カトリック教会における”死者のためのミサ”として定められています。
言語はラテン語です。
その構成は、毎週日曜日に教会で行われる通常のミサがベースになっていますが、レクイエムにおける文章の内容は通常のミサとは異なっています。
キリスト教において、生命を終えた後も魂は不滅であるという考え方のもと、その魂の安息を(天国で安らかでありますようにと)願う言葉が歌われていきます。
聖書の言葉などがもとになり、カトリック教会によってまとめられました。


Ⅰ.<Requiem et Kyrie レクイエムとキリエ>
チェロが静かに演奏を始めて、すぐに合唱が”ソット・ヴォ―チェ(小さな声)”で、
「安息を、永遠に、彼らへお与えください、神様」と歌い出します。
やがてテノールのソロを先頭に、バス、ソプラノ、メゾソプラノの順に加わって、
「キリエ エレイソン 主よ、憐れみたまえ」と歌っていきます。
やがて天に登ってゆく魂を見届けるかのようにこの曲が終わります。


Ⅱ.<セクエンツィア 続唱:ディエス・イレ 怒りの日>
多くの「レクイエム」ではこの「ディエス・イレ」が大きなひとまとまりとして作曲されており、前半のハイライトとなっています。
始めに、このレクイエムで最も有名な音楽が演奏されます。
オーケストラ全楽器が叩きつけるように和音を鳴らすと、合唱が阿鼻叫喚ともいえるような叫びを歌います。
大太鼓がとどろく稲妻のように響き、地面が割れていくかのような凄まじい音楽表現となっていきます。
ここで歌われているのは、キリスト教における”最後の審判”の様子です。
ローマ、バチカン市国のシスティーナ礼拝堂には、ミケランジェロが描いた”最後の審判”の壁画がありますが、まさにその場面を音楽で描いたものとなっています。


映像作品にも使われることが多い曲ですが、僕が初めてこの曲を意識したのは、深作欣二監督の映画「バトル・ロワイヤル」でのことでした。
聴く者に強烈なインパクトを与えるこの音楽は、この後も、「思い出せ!!」と言わんばかりに何度か出てきます。


いったん静まったところに、トランペットが音を重ねていきます。
最後の審判の時には天上からラッパが鳴り響くそうですが、まさにそういった状況を表現しています。
そのファンファーレに合唱やオーケストラが続いて嵐のようになった後、突然の静寂が訪れます。


そして短くバスのソロが歌われます。


続いて、メゾソプラノの独唱です。
合間に合唱が挟まれ、最後には再び”ディエス・イレ 怒りの日”が演奏されます。


ソプラノ、メゾソプラノ、テノールの三重唱が歌われます。
やがて荘厳かつダークな響きと共に「恐れるべき王よ」と歌われ、神に救いを求める歌が独唱合唱全員で壮大に歌われていきます。


続いて、ソプラノとメゾソプラノの美しい二重唱となります。


そして、コンサートでもアリアとして単独で歌えそうな、テノールのソロが歌われます。


盛り上がったオーケストラを引き継ぐように、バスがソロを歌います。

こちらも非常にオペラティックな1曲です。
そして三たび、”ディエス・イレ 怒りの日”が激しく演奏されます。


その嵐が過ぎ去ると、”Lacrimosa 涙にくれる日”が歌われていきます。
悲しみを抱いて歩んでいくイメージで、最後は祈りとなって、このパートが終わります。


Ⅲ.<Offertorium 奉納唱>
主イエス・キリストへの祈りが、ソリストたちの四重唱で歌われます。
地獄の罰からの救いを求める内容です。


Ⅳ.<Sanctus 感謝の賛歌>
「聖なるかな」と合唱によって歌われるこの箇所は、通常のミサにもあり、内容は神への感謝と賛美です。
レクイエムの中では明るく輝かしい音楽となります。


Ⅴ.<Agnus Dei 平和の賛歌>
神の子羊という意味の”Agnus Dei”が、ソプラノとメゾソプラノの二重唱と、それに導かれた合唱によって歌われます。
音楽的にはシンプルですが、であるからこそ敬虔な祈りの要素が込められています。


Ⅵ.<Communio 聖体拝領唱 :Lux aeterna 永遠の光>
メゾソプラノ、テノール、バスの三重唱です。
生命を終えた魂に光がもたらされますように、という祈りが歌われます。


Ⅶ.<Responsorium 応唱:Libera me 私を解き放ってください>
最後はソプラノ独唱と合唱による”Libera me”です。
途中で4度目となる、”Dies irae 怒りの日”が演奏されますが、その後は大いなるクライマックスとなる、ソプラノと合唱のフーガとなっていきます。
フーガとは、バッハなどにもみられるキリスト教音楽に多い形式の一つで、メロディとメロディが追いかけっこをしていくかのようにパートごとにどんどん加わっていき、複雑な編み物のように壮大な音楽となっていきます。
ヴェルディはこのフーガ形式を、最後のオペラ作品「ファルスタッフ」(① https://tenore.onesize.jp/archives/127 ② https://tenore.onesize.jp/archives/128 ) ラストを飾るフィナーレとして再び用いることになります。
そして静かに厳かに、レクイエム全体が終曲を迎えます。


オペラ作曲家ヴェルディにしか生み出すことのできない、大変ドラマティックな「レクイエム」。
キリスト教の宗教的要素はありますが、そこにあるのは亡くなった人への想い、悲しみや祈りの感情、自分自身の死との向き合い方など、全ての人間が共通してもつ心の動きが見事に表現されています。
ぜひ多くの皆様にお聴きいただきたい作品です。


ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
 

<参考文献(敬称略)>

小畑恒夫 「ヴェルディ 人と作品シリーズ」

ジュゼッペ・タロッツィ 「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳

井形ちづる・𠮷村 恒=訳 𠮷村 恒=編 「宗教音楽対訳集成」

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