オペラ全曲ざっくり解説の文字起こしです。
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こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラをざっくり解説して参ります。
オペラって面白いですよ!
今回は、ヴェルディ25作目のオペラ「ドン・カルロ」を取り上げます。
パリで初演されたときのタイトルは、「ドン・カルロス」です。
ヴェルディのキャリアが後期に差し掛かった中での、大傑作。
情熱的なドラマと、歴史的スペクタクルも織り交ぜながら、どこか人生の虚しさ、寂寥感のようなものも滲んている、大人になればなるほど染み入ってくるような、そんな作品です。
実在したスペイン王フィリップ2世や王子カルロスが登場しますが、歴史をもとにしつつの完全なるフィクションとなっています。
いつものようにまずは、作曲と初演までの経緯について。
これまで数々の作品を作り上げてきたヴェルディは、50歳を過ぎていました。
ですが、なかなか次なる新作を上演する機会は訪れませんでした。
今や押しも押されぬイタリアオペラの巨匠となっていたヴェルディ。
農場経営で収入には何の心配もないヴェルディにとって、オペラの作曲は最早、生活のための手段ではなかったのです。
ですがヴェルディはまだ自分が成し遂げていないこと、芸術の都パリで自分が納得のいく作品を上演したいという望みを、ずっと心に抱いていました。
それまでパリで上演した作品は、「第1回十字軍のロンバルディア人」( https://tenore.onesize.jp/archives/87 ) を改訂した「イェルサレム」(https://tenore.onesize.jp/archives/95)、「シチリアの晩鐘」( https://tenore.onesize.jp/archives/109 ) の2作でしたが、その上演は大成功とはいえないものでした。
1865年4月ヴェルディ51歳の時には、10作目のオペラ「マクベス」(https://tenore.onesize.jp/archives/93 ) を改訂して上演しましたが、これも完全なる成功とは言えませんでした。
今では「マクベス」を上演する際はこのパリ版を使用することがほとんどですが、当時の聴衆にとっては斬新すぎる音楽表現だったようです。
そして再びパリのオペラ座から、今度は完全なる新作の依頼が来ました。
1867年の万国博覧会に合わせた上演とのことで、題材もシラー原作の「ドン・カルロス」でどうかと打診を受けて、ヴェルディはその物語に興味が湧いて、この契約を承諾します。
ベートーヴェン「第九」の詩でお馴染みのシラー、彼の作品でヴェルディがオペラ化したのは、7作目「ジョヴァンナ・ダルコ」( https://tenore.onesize.jp/archives/90 ) 、11作目「群盗」(https://tenore.onesize.jp/archives/94 ) 、15作目「ルイザ・ミラー」(https://tenore.onesize.jp/archives/98 ) となり、今回で4作目となります。
ヴェルディがオペラ化した原作者としては、意外にもシェイクスピアを抜いて、シラーが最多となりました。
台本を書いたのは、フランス人のメリとデュ・ロークル。
シラーの原作にはない場面も多くある、エンターテインメント性も追求された、フランス・グランドオペラ形式に則った台本となりました。
台本をもとに作曲を進めるヴェルディでしたが、1866年にはイタリアとオーストリアの間で戦争が起きて、イタリアが負けて、オーストリアに味方したフランスにイタリアの領土の一部を取られることになり、そのことに大層ヴェルディはショックを受けて、作曲の筆が止まってしまいました。
「なんでイタリアの敵になったフランスのためにオペラを書かなきゃいかんのだ…。」
と、ヴェルディは契約を破棄しようとするのですが、パリ・オペラ座側はそんなことを承諾するはずもなく、仕方なくヴェルディは契約通り作曲を再開したのでした。
ようやく12月ごろに全曲完成したのですが、戦争の影響でパリでのリハーサルはなかなか進まず、初演が延期されたまま1867年の年が明けました。
すると1月には、ヴェルディの父親カルロが82歳でこの世を去りました。
パリにいたヴェルディは多忙のため、父親の葬儀の手配はしたものの、自身はイタリアには帰ることはありませんでした。
完成した「ドン・カルロス」は1867年3月11日パリのオペラ座で初演されました。ヴェルディ53歳。

Giuseppe Verdi
ナポレオン3世も出席した初演は華やかに行われたようですが、ヴェルディ本人は出来に満足しませんでした。
その後公演は43回も行われたので成功と言えると思うのですが、その後この作品は何度も改訂されることになります。
何度目かの改定では、本来の全5幕グランドオペラ・スタイルから完全に姿を変えた全4幕版となりました。
イタリアでの上演では、5幕版だと長すぎるという事情があったので、5幕版の第1幕が丸々カットされて、5幕版の第2幕~5幕が第1幕~4幕にずれ込むこととなりました。
このカットされた第1幕はシラーの原作にありませんので、ヴェルディとしても、まあなくてもいいかな、という判断だったのでしょう。
最近では5幕版の上演もなされるようです。
同じ5幕版でも、初演されたころの5幕版と、4幕版になってからまた5幕版に戻ったものとでは、場面も音楽も違ったりして、解説者泣かせではあるのですが、機会があればぜひ聴き比べていただきたいところです。
内容とストーリーは長くなってしまいますので、また次回お送りいたします。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
参考文献(敬称略)
小畑恒夫「ヴェルディ 人と作品シリーズ」「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」
ジュゼッペ・タロッツィ「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳
永竹由幸「ヴェルディのオペラ」
髙崎保男「ヴェルディ 全オペラ解説」
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