オペラ全曲ざっくり解説の文字起こしです。
聴きながら読むと分かりやすい!音声はこちら↓

こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラをざっくり解説して参ります。
オペラって面白いですよ!
今回は、モーツァルト作曲オペラ「イドメネオ」の内容とストーリーをお話いたします。
ギリシア神話を基にした壮大なストーリー、ぜひお楽しみください。
それでは参ります。

「イドメネオ」
ときは紀元前1200年ごろ
場所はギリシア南のクレタ島
登場人物
イドメネオ:クレタにあった国の王
イダマンテ:イドメネオの息子
イリア:トロイア国の王女
エレットラ:アルゴス国王アガメムノンの娘
アルバーチェ:イドメネオの部下
大祭司:クレタ島における宗教の長
その他
モーツァルトのオペラでは全て、幕が開く前に序曲が演奏されます。
「イドメネオ」の序曲は重々しく扉が開いたような音楽の後、いかにもモーツァルトといった、ドラマの内容もふまえた軽やかで素晴らしい音楽が演奏される序曲です。
そこから流れるように第1幕が始まります。
<第1幕>
…に入る前の前提として
かの有名なトロイア戦争はギリシア軍の勝利に終わり、トロイア国は滅ぼされてしまいました。

王女イリアは捕らえられ、捕虜として先にクレタ島へ送られてきています。
クレタの王イドメネオはトロイアからの帰国途中です。
クレタ島ではイドメネオの息子で王子のイダマンテが、父親である王の帰還を待っています。
イダマンテがまだ幼い時に王イドメネオはトロイア戦争へと出発したので、イダマンテは父親の顔を知りません。
トロイア戦争はそれだけ長くかかったのですね。
戦いの期間だけで10年以上、そこから帰って来るのにも当時の船では一苦労で(そのぶん月日が流れて)、イダマンテはもうすっかりたくましい青年となっています。
またクレタ島には、エレットラという女性が滞在していました。
ギリシア神話ではエーレクトラという名で知られる人物です。(以下、エレットラ)
彼女はアルゴス国王のアガメムノンの娘なのですが、その家族関係はかなりゴタゴタしていました。
イドメネオと共にトロイア戦争を戦って、ギリシア連合の総大将でもあった王アガメムノンは、その妻(エレットラの母)とその愛人である男によって、帰国直後に殺害されてしまいます。
ですがエレットラは彼女の弟オレステスと共に復讐を果たそうと、弟を手引きして、母親とその愛人を殺させます。

このオペラ「イドメネオ」の物語でエレットラは、アルゴス国からここクレタ島にいわば亡命してきているという設定になっています。
おそらくは、父親アガメムノンを殺された直後のことでしょう。
この後、最後の場面で歌われるアリアで、母親とその愛人への復讐を決意して決行していくものと思われます。
・第1場
クレタの王宮の中の回廊
幕が開くとイリアが1人たたずんでいます。

先ほど述べたように、イリアは捕虜で、ここは彼女の故郷と家族を滅ぼした敵であるギリシア勢力の国。
なのに彼女は、ここクレタにいる王子イダマンテに恋をしていました。
まぁイダマンテはトロイア戦争には関わっていませんから、イダマンテにはイリアの家族を殺した直接の罪もないわけです。
とはいえやはり、イリアの心はまだ大きな悲しみの中。
イリアは揺れる心中を表現するアリアを歌います。
そこへ当の王子イダマンテが登場。
イダマンテは初演当時、カストラート歌手によって歌われました。
カストラート歌手の説明を詳しくすると長くなるので簡単に言うと、声変わりする前の少年を去勢して男性ホルモンが行き渡らないようにして、高い声を保ったまま大人になった状態の歌手のことです。
倫理的にかなり問題のあることですので19世紀には、カストラート歌手はほぼ姿を消していきました。
今では主にメゾソプラノが男装して、イダマンテ役を歌います。
またモーツァルトの生前から既に、普通の男声テノール歌手が音を1オクターブ下げて歌う場合もありました。

ここでイダマンテはイリアへの愛を切実に訴えるアリアを歌います。
そこに、戦争に敗れて囚われたトロイアの人々が運ばれてきます。
イダマンテはトロイアの王女であったイリアのことを思い、囚人であるトロイア人たちの足かせを外すよう部下に指示します。
自由を得た捕虜たちは喜びの合唱を歌います。
この「イドメネオ」、モーツァルトのオペラ作品の中でも合唱の出番が最も多いものでもあります。
その様子を見ていたアルゴス国の王女エレットラが、イダマンテに
「敵であるトロイアをかばうのですか?」
と非難します。
実はエレットラ、ここクレタに亡命してからというもの、彼女も王子イダマンテに恋をしてしまったのでした。
しかしどうも、王子の心はよりによって敵国トロイアの姫イリアに向いている…。
イリアへの嫉妬もあって王子を非難しているのです。
そこへ、王イドメネオの腹心の部下アルバーチェがやってきて、残酷な知らせを告げます。
それは、海の向こうに見えていたイドメネオを乗せた船が、途中で嵐にあい、姿を消してしまったとのこと…。
一同は王イドメネオの死を確信し、悲嘆にくれます。
エレットラは、
「王イドメネオの後ろ盾があれば、王子イダマンテを敵国トロイアの女などと一緒にはさせず、私と一緒にさせてくれるだろう」
と思っていたので、
「これで王子はイリアと一緒になるってこと?…許せない!!」
と、怒りのアリアを歌います。

やはり神話でのエピソードを踏まえた、激しい女性エレットラを表現した嵐のような音楽となっています。
そしてそのアリアの音楽は途切れることなく、シーンが移り変わると同時に、本物の嵐を表現することになります。
・第2場
クレタ島の海辺
嵐に恐れおののく合唱が歌われた後、波が引くように音楽も穏やかになり、王イドメネオの姿が現れます。

「ようやく救われた…」
イドメネオは波にさらわれつつも一命をとりとめて、岸辺にたどり着いたのでした。
嵐に見舞われた際、イドメネオは海の神ネプチューンにある誓いを立てて、ネプチューンがその誓いを受け入れたので、イドメネオの命は救われたのでした。
これは当時のヨーロッパの観客たちにとっては神話の有名なエピソードでしたので、誓いの内容は詳しくここでは語られません。
その誓いとは、
”自分の命を助けてもらう代わりに、岸辺で最初に出会った人間を生け贄として神に捧げる”
という残酷なものでした。
イドメネオは、
「その生け贄とした者の亡霊に恨まれるだろう」と恐れを抱くアリアを歌います。
「誰かが近づいてくる!
可哀そうに!この者を生け贄として犠牲にしなくてはならない!」
その若者が誰か、我々観客は知っています。
なんとそれはイドメネオの息子、王子イダマンテでした…。
イドメネオが戦争に出かけてから10数年たっていますので、お互いが誰かまだわかりません。
ところが会話を進めていくうちに、とうとうイドメネオは自分の前に現れた生け贄が我が息子だと悟り、これ以上ない苦悩に陥ります。
一方イダマンテは、死んだと思った我が父イドメネオが目の前にいるとわかって心から喜ぶのですが、イドメネオは苦悩のあまり
「私に近づくな!!」
と息子を邪険に扱って、その場を去ってしまいます。
心優しきイダマンテは父親が自分に腹を立てていると思い込み、悲しみのアリアを歌い、第1幕が終了します。
<幕間>
幕と幕の間として、バレエが踊られたり、クレタの民衆が合唱を歌ったりします。
王イドメネオが無事に帰還したことを祝っています。
ここはカットされることもあります。
<第2幕>
・第1場
宮殿の1室
イドメネオは、腹心の部下アルバーチェにだけ、本音と真相を話します。
船が嵐に見舞われた際、海の神ネプチューンに誓ったこと、”自分の命を救ってくれたら、海岸で最初に出会った人間の命を代わりに捧げる”
「その生け贄は誰なのです?」
「…私の息子だ」
「イダマンテ様…!」
「アルバーチェ、どうしたらいいと思う?」
アルバーチェは、ネプチューンの怒りが収まるまで、イダマンテをどこか遠くの国に送ることを提案します。
イドメネオはその案を採用し、イダマンテを、クレタに来ているエレットラとくっつけて、彼女の故郷アルゴスに送ることを考えます。
アルバーチェは友人でもある王の苦しみを想い、アリアを歌います。
(後にモーツァルト自身による改訂版では、ここにアルバーチェのアリアは無く、代わりに王子イダマンテがイリアに向けてアリアを歌います。)
さてイリアは王イドメネオのもとへ赴き、イドメネオが生還したことを喜び、
「あなた様こそ、今では私の父親なのです。
クレタは私の愛しい滞在地です」
とアリアを歌って去ります。
イドメネオは敵国トロイアの姫であったイリアを、捕虜とはいえ丁重に扱っていました。
「にしても、あの態度はどういうことだ?
自分は、イリアの故郷と家族を滅ぼした張本人であるにも関わらず、イリアのあの感じ。
まさか、、イリアは王子イダマンテを愛しているのか!なんということだ…!」
イダマンテの安全を守るにはイリアとの間を引き裂いて、エレットラの故郷に送らなくてはいけません。

苦悩するイドメネオは、海の神ネプチューンへ訴えかけるような、輝かしいアリアを歌います。
そこへエレットラが嬉しそうな様子でやって来ます。
どうやら、イダマンテと一緒にエレットラの故郷アルゴス国へ赴くことが耳に入ったようです。
エレットラはひとり、イダマンテを愛する心を歌います。
第1幕とは打って変わって、エレットラも恋する一人の女性であることを表現した、穏やかな曲です。
そのまま曲は行進曲となり、場面が変わると同時に、アルゴス国へと旅立つイダマンテを送り出す祝典となります。
・第2場
クレタ島シドン(クレタ島の中の都市国家)の港

「海は穏やかだ」
と合唱が歌い、イダマンテとの旅立ちに喜び、合唱と一緒に歌うエレットラ。
一方、目に見えてへこんでいるイダマンテ。
彼にしてみたら訳も分からぬままエレットラとくっつけられ、国外へ旅立たなくてはならない、愛するイリアとも離れ離れ。
エレットラに失礼なほど沈んでいるイダマンテを、イドメネオは早く旅立たせたくて仕方がありません。
それもこれも息子の命を守るため。
イドメネオとイダマンテ、エレットラは、出発に際してしばしの別れを告げて、それぞれの気持ちを歌う三重唱となります。
イダマンテとエレットラが船に乗りこもうというその時!
突如として海が荒れて、巨大な怪物が現れます。
海の神ネプチューンは、生け贄となるべきイダマンテを国外に逃がそうとするイドメネオたちの誤魔化しを許すことはなかったのです。

恐怖に惑う人々。
イドメネオはネプチューンに向かって叫びます。
「罪は私にある!私だけ罰してくれ!!」
なおも混乱は続きますが、音楽はフェイドアウトして静かに第2幕が終わります。
<第3幕>
・第1場
王宮の庭園
イリアが1人物思いにふけっています。
そして風の神に向かって語り掛けるように、王子イダマンテへの愛を歌うアリアが演奏されます。
第1幕冒頭のイリアのアリアよりもストレートな恋心を表した音楽です。
そこにイダマンテがやって来ます。
「父上イドメネオは理由も言わず、私に冷たい態度を取ったまま。
クレタの街では海から来た怪物が人々に災いをもたらしている。
私はその怪物と戦います、そしてそのまま死ぬかもしれません。」
「そんな!…私は、あなたを、愛しています!」
お互いを想い合いつつも、今までは確かめ合うことはなかったのでしょう。
ここで初めて想いを伝えあった二人は幸せな愛の二重唱を歌います。
そこへ、王イドメネオとエレットラが登場。
イダマンテは父親に、
「なぜ私をそのように避けるのですか?」
と問いかけますが、イドメネオはそれには答えず、
「この地から離れろ、できるだけ遠くへ行くのだ!」
と息子に命じます。
イリアとイダマンテは別れを悲しみ合います。
それを見ているエレットラは悔しいやら悲しいやら…。
イドメネオは自分が誓ってしまったことに苦悩しています。
それぞれの感情が歌われた素晴らしい四重唱です。
イダマンテが去ると入れ替わりに、王の部下アルバーチェが駆け込んできます。
「民衆たちが王への面会を求めています!
その先頭にいるのは、大祭司です。」
大祭司を始めとする民衆たちは、早くネプチューンへの生け贄を捧げてくれ!と訴えているわけです。
とにかく、話しに行こうとその場を去るイドメネオたち。
一人残ったアルバーチェは、都市国家シドンやクレタ島全体の現状を憂いて、王や王子を救ってくれるよう神に訴えかけるアリアを歌います。

・第2場
宮殿前の大広場
広場に到着したイドメネオに、大祭司が語り掛けます。

「街の惨状をご覧ください。怪物はいまだ暴れまわり犠牲者が増えるばかりです。
一刻も早く生け贄を差し出してください、生け贄は誰なのですか!?」
イドメネオはやむを得ず答えます。
「生け贄は…イダマンテだ!
父親である私が自分の息子を手にかけなくてはいけないのだ!!」
王が抱えてきた秘密が皆に明かされました。
あまりにも悲惨な運命に嘆く大祭司や民衆たち。
やがて場面は生け贄の儀式へと移り変わっていきます。
穏やかな行進曲が演奏されますが、そこに合わせて粛々と儀式の準備が進められていく状況と相まって、奥深くに悲しみが感じられるような場面となっています。
イドメネオが入場し、合唱を伴ったソロを歌います。
すると、なぜか喜ばしいファンファーレが鳴り響き、民衆たちが喜ぶ声が聴こえてきます。
アルバーチェによると、なんとイダマンテが見事に海の怪物を打倒したとのこと。
「しかしそれではまた海の神ネプチューンの怒りを買ってしまう…!」
そんなことを思ったイドメネオのもとに、イダマンテが現れます。
イダマンテは生け贄がまとう白装束に身を包み、ゆっくりと歩みを進めてきます。
「父上、父さん、、もうすべてわかっております。
私を避けていたのは、私への怒りなどではなく、私を生け贄にしないようにと守るためだったのですね。
なんと幸せなことでしょう。
私は、私に命を与えてくれた父上に、その命をお返しすることで、街の平和と永遠の愛を得られるのです」
「息子よ!許してくれ!!」
イダマンテはイドメネオの刃を受けようとその身を捧げ、イドメネオは息子の意をくみ、剣を振り上げます。
その時!!
イリアがその身を投げ出して、イドメネオを止めます。
「おやめください!!私が、この私が生け贄になります!!
私はトロイア王の娘でギリシアの敵なのです。
私を殺してください!!」
そこへ天から、神のものであろう声が聴こえてきます!
「神はイドメネオの罪を許す。
ただし、王の位はおりて、イダマンテに譲るのだ。
その妃は、イリアとする」
出ました!ギリシア神話の劇などではお馴染み、”デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)”と呼ばれる手法です。
困ったときは神様、もしくは大いなる自然の力が物語を、登場人物たちの危機をまるっと解決!
ここではイリアとイダマンテの愛の勝利!となりました。
喜び、神へと感謝する一同、、エレットラ以外は。
そうエレットラは立場がありません。
恋敵のイリアにも、イダマンテが生け贄になるのを止められなかった自分にも怒りが湧いてきます。
ノーカット完全版では、ここでエレットラの激しいアリアが歌われます。
恐らく弟オレステースと合流して、父を殺した母と愛人への復讐に身を捧げるのでしょう。
エレットラはその場を去っていきます。
イドメネオは民衆たちに、神の言葉に従うことを宣言して、イダマンテが王座を継ぐ戴冠式が行われます。
華やかな合唱と踊りでオペラ「イドメネオ」全体の幕が下ります。
いかがでしたでしょうか。
場合によっては一番最後に、長いバレエ音楽が演奏されることもあります。
”イドメネオのためのバレエ音楽”と題されているのですが、オペラ初演の際にこの音楽がどこでどのように用いられたのかはわかっていないそうです。
さてこの「イドメネオ」、7大オペラ作品の中では、同じく”オペラ・セリア”の「皇帝ティトの慈悲」と並んで、少々取っつきにくい作品かもしれません。
ですが、ストーリーを何となくでもわかっていただければ、あとはモーツァルトの美しくもドラマティックな音楽に身を任せていただければ、素晴らしい音楽体験になること間違いありません。
オペラ「イドメネオ」多くの皆様に触れていただけることを願っております。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
<参考文献>(敬称略)
松田 聡「モーツァルトのオペラ 全21作品の解説」
名作オペラブックス「イドメネオ」
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