オペラ全曲ざっくり解説の文字起こしです。
聴きながら読むと分かりやすい!音声はこちら↓

こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラをざっくり解説して参ります。
オペラって面白いですよ!
今回は、モーツァルト作曲オペラ「Die Entführung aus dem Serail 後宮からの誘拐(逃走)」の内容とストーリーをお話しいたします。

「後宮からの誘拐」
ときは17世紀もしくは18世紀。
場所はトルコ。
登場人物
ゼリム:トルコの太守
ベルモンテ:スペインの貴族
コンスタンツェ:ベルモンテの婚約者
ペドリッロ:ベルモンテの従者
ブロンデ:コンスタンツェの召使い
オスミン:ゼリムに仕える番人
まずは♪序曲が演奏されます。
モーツァルトが
「徹夜明けの人でもこれを聴いたら眠れないと思います」
と告げた、ワクワクするような音楽です。
中間部では、第1幕冒頭ベルモンテのアリアがアレンジされた音楽となり、飽きがこない構成となっています。
<第1幕>
トルコの海辺にある宮殿の門の前

スペインの貴族ベルモンテが1人、宮殿の門前にやって来ます。
ベルモンテの婚約者コンスタンツェとその召使いブロンデ、ベルモンテの従者ペドリッロの3人は、船旅の途中で海賊につかまってしまいました。
彼らは、トルコの太守ゼリムに売られて、この宮殿の中に居るようです。
従者ペドリッロからの手紙でそれを知ったベルモンテは、彼らを救出しようとこのトルコの宮殿に乗り込もうというわけです。
ベルモンテがコンスタンツェへの想いを歌う♪アリアとなります。
ベルモンテがどうやって宮殿に侵入しようか考えていると、中からトルコ人の番人オスミンが姿を現します。

オスミンは何やら♪歌っています。
歌の内容は、”かわいい女の子が外からやって来た若造にさらわれないよう、気をつけなきゃいけない”といったもので、実はこの後のストーリーを予告する伏線のようになっています。
ベルモンテはオスミンに、
「ここは太守ゼリムの宮殿か?」
と問いかけますが、オスミンは歌ってばかりで一向に答えようとしません。
業を煮やしたベルモンテは怒りをあらわにしますが、オスミンもよそ者に対する警戒心を解かず、言い争いのような♪二重唱となります。
ベルモンテはここがゼリムの宮殿であることは何とかわかったものの、オスミンにまくし立てられその場を追いやられてしまいます。
ベルモンテがいったんいなくなったところに、ベルモンテの従者ペドリッロが宮殿の中から現れます。

ペドリッロは捕らわれて、この宮殿に奴隷のようにして売られてきたのですが、持ち前の容量の良さで、太守ゼリムに気に入られ、宮殿の庭師のような仕事を任されています。
同じくさらわれた、ベルモンテの婚約者コンスタンツェとその召使いブロンデを、太守の後宮(ハーレム、日本文化で言うところの大奥)から救出しようと、ペドリッロは策を練っています。
実は召使いブロンデは、ペドリッロと恋仲にあります。
ところがそのブロンデのことを、番人オスミンも好きになってしまっています。
ですのでオスミンは、後宮の辺りをうろついているペドリッロのことが憎くてしょうがない、という状態です。
現れたペドリッロにオスミンは悪態をつき、
「お前なんてギッタンギッタンにしてやるからな」
といった♪アリアを歌って、オスミンは去っていきます。
そこに、ベルモンテが戻ってきて、ペドリッロと再会を果たし、2人は喜びます。
ペドリッロによると、コンスタンツェは太守ゼリムに気に入られて言い寄られているものの、コンスタンツェは毅然と拒否して、酷いことはされずに済んでいるとのこと。
ペドリッロはゼリムのことを”背教者”と呼びます。
背教者とは、ある宗教を捨てて背いた人、主にキリスト教を捨てた人のことを指します。
つまりゼリムは、もとはキリスト教徒であったが、なんらかの理由で宗教を変えて、ここではイスラム教に入信してトルコの太守となった人物である、と設定されています。
なので、人間性としては(当時のヨーロッパ人から見たトルコ人のような)野蛮な性格ではなく、むしろヨーロッパにおける紳士のような性格を持った人物のようです。
ペドリッロはベルモンテを建築士として、太守ゼリムに紹介することを思いつきます。
ゼリムは建築や庭の造営が趣味のようです。
なので、ペドリッロが既に庭師として入っているので、ベルモンテを建築士として紹介すればゼリムに気に入られるだろうということです。
ペドリッロは手はずを整えにその場を去り、残ったベルモンテは再び、コンスタンツェへの想いを込めた♪アリアを歌います。
冒頭のアリアよりも起伏に富んだ、期待と不安を表現した音楽となっています。
太守がやってくるので、ペドリッロはベルモンテにいったん隠れるよう指示します。
太守ゼリムはコンスタンツェを連れて舟遊びをして戻ってきたところです。
太守を迎える民衆たちによる、トルコっぽい派手な♪合唱が歌われます。
太守ゼリムがコンスタンツェに語り掛けます。

この太守ゼリムはオペラのストーリー上極めて重要な役柄にも関わらず、セリフを”歌わずに”喋るだけの役です。
その理由は、台本のもとになった原作がそのような配役だったからとされています。
有名な舞台俳優によって演じられることもあります。
コンスタンツェはゼリムの紳士的な振る舞いに感謝はするものの、
「その求愛には答えられません、私には愛する人がいるのです」
と♪アリアを歌います。

コンスタンツェがその場を去って、ゼリムは苦悩しています。
そこへペドリッロがベルモンテを連れて、彼を建築士としてゼリムに紹介します。
ゼリムはベルモンテを気に入り、宮殿に滞在することを許可します。
ところが門から宮殿に入ろうとすると、番人のオスミンが邪魔をしてきます。
ベルモンテとペドリッロ、オスミンの♪三重唱です。
オスミンを何とか振り切って、ベルモンテとペドリッロは宮殿の中へと入っていき、第1幕が終了します。
<第2幕>
宮殿内の庭園。近くにはオスミンが住まう小屋があります。
第1幕には登場しなかったもう1人のヒロインが登場します。
コンスタンツェの召使いブロンデです。

彼女は番人のオスミンに荒っぽく言い寄られていますが、
「そんな口説き方はウンザリ!
私はそんなのに大人しく従うトルコ人女じゃないのよ、
ヨーロッパ人にはもっと親切に、紳士的に接しないとだめなのよ!」
と、ブロンデの個性が現れた♪アリアを歌います。
オスミンは脅したりしてブロンデを言い負かそうとしますが、かえってブロンデにやりこめられてオスミンは返り討ちにあってしまう、といった♪二重唱となります。
オスミンが去るとそこにコンスタンツェがやってきて、ひとり悲しみを歌う♪アリアが演奏されます。
思わず心をギュッと締め付けられるような音楽です。
そこへ太守ゼリムがやってきて、再びコンスタンツェに求愛します。
コンスタンツェは当然拒否して、
「いっそ死んでしまいたいのです」
とゼリムに訴えます。
「死ぬことはならぬ、お前を拷問にかけてでも…」
とゼリムが口走るとコンスタンツェは、
「その覚悟はできています。
苦しみも痛みも恐れません!
恐れるのは、あの方を裏切ることだけ。」
と、ドラマティックで技巧的な♪アリアを歌います。
コンスタンツェはここでアリアを2つ歌うのでとても大変な役です。
後のイタリアオペラにおける、カヴァティーナ・カバレッタ形式(ゆっくり目の曲から、ドラマティックで歌手の技を見せつけるような曲を歌う形式)を先取りしているかのようです。
音楽的にも非常に充実した、オペラ全体の山となる場面となっています。
コンスタンツェとゼリムが去ったところにブロンデが戻ってきます。
そこへ、従者ペドリッロがやって来ます。
番人オスミンの目を盗んでブロンデに会いに来たペドリッロ。
ペドリッロはブロンデに、宮殿にベルモンテがやって来ていること、ここから隙を見て脱走する計画でいることを話します。
ブロンデはここから出られるであろうことにウキウキして、喜びの♪アリアを歌って去ります。
続いてペドリッロが、勇ましくも軽快な♪アリアを歌います。
ペドリッロのもとにオスミンが現れるので、ペドリッロは
「ワインを一緒に飲まないか?」
と誘います。
このワインの中には、眠り薬が仕込まれています。

イスラム教においては、原則として飲酒は禁止されているのですが、オスミンは最初だけ疑うものの、次第に誘惑に負けてペドリッロと一緒にワインを飲んでしまいます。
ブロンデをめぐる恋のライバル二人がワインで仲良くなってしまう楽しい♪二重唱です。
オスミンはワインの酔いと眠り薬が効いて、まんまと眠りに落ちてしまいました。
そのすきに、そこへやってきたベルモンテとコンスタンツェが久しぶりの再会を果たします。
ここでベルモンテによる優美な喜びの♪アリアが歌われますが、ドラマ的には間延びしてしまうからとカットされて、場合によっては次の第3幕冒頭のアリアとして演奏されることもあります。
そして第2幕のフィナーレに位置づけられる、コンスタンツェとベルモンテ、ブロンデとペドリッロのソプラノとテノールのカップル2組による♪四重唱が歌われます。
再会を喜び合う貴族カップルと、脱出の手はずを確認し合う従者カップル。
オスミンが寝ているのだから今のうちに脱出すればいいのに、と思いますが、広い宮殿を脱出するにはそう簡単にはいかないのでしょう。
夜12時になったら暗がりをみんなで逃げて行こう、ということのようです。

ところが途中で音楽の雲行きが怪しくなります。
男性二人が、女性たちが本当に自分たちを裏切っていないかどうか疑いの念を持ってしまうのです。
そんな疑いを持たれたことに、コンスタンツェはショックで涙を流し、ブロンデは怒ってペドリッロに平手打ちをくらわせます。
心から後悔した男性陣は二人にそれぞれ謝罪してなんとか許してもらい、そこから再び音楽が盛り上がって、第2幕が終了します。
<第3幕>
宮殿前の広場、真夜中です。

いよいよ脱出の実行段階です。
ペドリッロが脱出用の舟や梯子を用意して、そこにベルモンテもやって来ます。
一旦1人になったベルモンテは希望を持ちつつ、愛の力を称える前向きな♪アリアを歌います。
前述したとおり、第2幕の四重唱前のアリアに差し替えられることもあります。
ペドリッロが戻ってきて、ベルモンテに見張りを頼みます。
そしてペドリッロは、宮殿の窓の下でマンドリンを手にして特徴的な♪セレナーデを歌います。
この歌が、窓の向こうにいる女性たちへの合図となっているのです。
梯子を伝ってコンスタンツェが窓から降りてきます。
ベルモンテとコンスタンツェは先に海辺へと走っていきます。
そしてペドリッロはブロンデを迎えに行き、いったん彼女の部屋へ入っていくのですが、そこへ眠りから覚めた番人オスミンがやって来てしまいます。
そしてオスミンは梯子に気づき、大声で衛兵を呼び寄せます。
ついに捕まってしまったペドリッロとブロンデ、コンスタンツェとベルモンテも衛兵たちに連れてこられてしまいます。
ペドリッロは何とか誤魔化そうとしたり、ベルモンテはオスミンに金を握らせて黙らせようとしますが、オスミンには通じません。
オスミンは勝ち誇ったような♪アリアを高らかに歌います。
楽譜で言うととても低いレの音を伸ばす箇所があり、バス歌手の聴かせどころなっています。
場面は太守の部屋へと変わります。
眠りから覚めた太守ゼリムのもとに、オスミンが逃げようとしたコンスタンツェとベルモンテを連れてきます。
コンスタンツェは
「彼が私の愛する人です」
とベルモンテを指して太守に告げます。
太守ゼリムは驚きますが、ベルモンテが自分の素性を告げるともっと驚きます。
ゼリムは言います。
「貴様の父親は昔私を、住んでいた国から追い出し、財産を奪い、愛する人も奪っていったのだ!」
ゼリムはベルモンテの父親に多大なる恨みを抱いているのです。
であるなら、ベルモンテとコンスタンツェが許されるはずもなく、二人が歌う絶望と悲しみ、しかしやがて”2人で死ねるなら幸せだ”といった♪二重唱となります。
そこへペドリッロとブロンデも連れてこられ、太守ゼリムが4人への報復を告げます。
それは
「私は貴様の父親を憎んでいる。
であるがゆえに、あやつと同じような人間でいたくはない。
悪行に悪行で報いるのではなく、悪には善き行いで報いてやる。
お前たちは自由だ。そなたの父親に私がしたことを伝えるがよい。」
「太守様…」
「父親よりも人間的でいろよ。」
なんと太守ゼリムは4人を許し、自由にしてやることを告げるのです。
ストーリー的に最も大事なこの場面が、セリフだけでやり取りされるのも、このオペラの特徴ですね。
4人は心底喜びますが、当然オスミンは怒り心頭です。
しかしゼリムは言います。
「静まれ。善き行いによってもその者の心を得られぬなら、追い出してしまう他ないではないか」
喜ばしい♪フィナーレとなって4人は旅立ち、トルコの民衆が太守を賑やかに称えて、オペラ全体の幕が下ります。
いかがでしたでしょうか。
実はオペラのもとになった原作では、ベルモンテは太守の実の息子であったことが判明して、そのためにベルモンテたちは許される、という筋書きになっているそうです。
しかしこの台本ではそうはなっていません。
悪行に善い行いで報いるという寛大さを偉い人が示す、ということによって、当時の皇帝ヨーゼフ2世をヨイショする目的があったと思われます。
ただし、息子ではない、とも言いきれないかもしれません。
というのも、ゼリムから愛する人を奪ったベルモンテの父親ですが、その愛する人というのがベルモンテの母親だと仮定すると、ベルモンテが実はゼリムの息子であった、と言えなくもないのです。
オペラの台本ではそういったことには言及されません。
されませんが、こと最近の演出ではそういった入り組んだ人間関係をドラマティックに表現したものが好まれることもあり、もしかしたらそういった演出にも出会えるかもしれません。
モーツァルトのオペラでは、このようにただの喜劇では終わらない、人間の深みにまで物語の考察を深めていける度量の広さがあるように思われます。
でもまず何より最初は、モーツァルトによる歌唱芸術、オペラミュージックを心行くまでご堪能いただければと思います。
オペラ「後宮からの誘拐」もしくは「後宮からの逃走」多くの皆様に触れていただけることを願っております。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
<参考文献>(敬称略)
松田 聡「モーツァルトのオペラ 全21作品の解説」
名作オペラブックス「後宮からの誘拐」
コメント