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オペラ「魔笛」解説① 作曲、初演 - テノール歌手:髙梨英次郎のトークです | stand.fmモーツァルト作曲オペラ「魔笛」の解説です。 モーツァルト最後のオペラにして、ドイツオペラの金字塔! #モーツァルト #魔笛 #ドイツオペラ #クラシック音楽
こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラを解説して参ります。
オペラって面白いですよ!
今回はモーツァルト作曲、オペラ「Die Zauberflöte 魔笛」を取り上げます。
モーツァルト生前最後に完成し初演された大傑作にして、その後のドイツオペラへ多大な影響を与えた本作「魔笛」。
今でも世界中で上演され続けているこのオペラですが、その内容をめぐっては色々な謎とされている部分も多く、議論や研究がたくさん行われています。
むしろ謎が多いからこそ演出や表現に幅を持たせることが可能となるわけで、また何よりもその音楽が、本当に素晴らしいのです。
ドイツの音楽を、そしてモーツァルトの音楽を総結集させたといえるこのオペラ「魔笛」。
解説者泣かせの作品ではございますが、何とかわかりやすくご紹介できればと思います。
それでは作曲と初演の経緯について。
1791年3月ごろ、数々の名作を生み出していたモーツァルトに、以前からの知人で劇場支配人のシカネーダーという人物から大作オペラの作曲依頼が届きました。
このシカネーダー。モーツァルトより5歳ほど年上。
シカネーダーは、俳優、劇作家、劇団のリーダー及び支配人で、旅回りの劇団を経て、ついにはウィーンの劇場支配人ともなった人です。
ウィーンに今でも存在するアン・デア・ウィーン劇場を設立したことでも知られています。
ドイツ各国を回って、ゲーテやシェイクスピアの戯曲を上演してきました。
特にシカネーダーが演じる「ハムレット」題名役は評判を呼んだそうです。
シカネーダー劇団が取り上げた演目の中には「陽気な鳥刺し」と題されたバレエもあり、「魔笛」の登場人物パパゲーノの前身ではないかとも言われています。
シカネーダーは1780年、旅回りの一環でザルツブルクに立ち寄った際、20代だったモーツァルトと出会い家族ぐるみの知り合いとなります。
モーツァルト一家はシカネーダーの舞台に無料で招待されたり、モーツァルトがシカネーダーのためにアリアを作曲したりと、当時から友好的な関係が築かれていました。
その後、モーツァルトの「後宮からの誘拐」( ① https://tenore.onesize.jp/archives/131 ② https://tenore.onesize.jp/archives/132 ) をシカネーダーも自分の一座で上演したり、1789年にモーツァルトがシカネーダーの舞台を観に行ったことを手紙に書いていたりと、関係は継続。
そして1790年、「魔笛」の創作の1年前、別の作品でモーツァルトとシカネーダーの共同作業が始められることになりました。
タイトルは「賢者の石」。
シカネーダー一座によるジングシュピール (歌劇) です。
ただしモーツァルトが全曲作曲したというよりは、一部の作曲とオーケストレーションを担当したというのが実際のところのようです。
それでも、演じたメンバーは「魔笛」の初演メンバーとほぼ一緒で、作品の雰囲気や登場人物の関係性などがその後の「魔笛」とかなり似通っていることも注目に値し、「魔笛」との関連性が近年盛んに研究されています。
そこから冒頭で触れた、「魔笛」の創作が1791年3月に始められました。
題材は、その頃ウィーンで流行していた様々な文学作品や舞台作品から組み立てられていったもので、恐らくはシカネーダーとモーツァルトとで綿密な話し合いが成され、作曲が進んでいきました。
最近では、台本を書いたのもシカネーダー1人ではなく、他にいた座付きの作家やモーツァルト自身も含めた複数の人物によるものだという説が主流となっているようです。
またオペラに出てくるザラストロの教団による儀式や、台詞の端々に出てくる友愛的な思想、人物や音楽の形に観られる3という数字などに、フリーメイソンの影響が色濃く反映されている、とよく言われたり書かれたりしています。
この辺りの詳しいお話はストーリー編でまた致します。
夏ごろにチェコのプラハ政府から「皇帝ティトの慈悲」(https://tenore.onesize.jp/archives/1504 )の依頼が来て、「魔笛」の作曲は一時中断。
「ティト」が無事初演された後、作曲が再開されます。
そして完成したオペラ「魔笛」は、1791年9月30日、ウィーンのヴィーデン劇場で行われました。モーツァルト35歳。
初演では、シカネーダー自身がパパゲーノを演じ、テノール役タミーノは以前からモーツァルトと仲が良かったテノール歌手ベネディクト・シャック、夜の女王を歌ったのはモーツァルトの妻コンスタンツェの姉ヨゼファ・ホーファー、ヒロインのパミーナを歌ったのは「フィガロの結婚」でバルバリーナを初演したアンナ・ゴットリープという女性でした。
初演から上演回数はどんどん増えていき、「魔笛」は大人気作品となっていきました。
モーツァルトはその様子を妻のコンスタンツェへ向けて手紙で嬉しそうに報告しています。
お客さんの中には、映画「アマデウス」でモーツァルトのライバルとして描かれたことでお馴染みのサリエリもいて、サリエリもこのオペラ「魔笛」を絶賛しました。
モーツァルトは初演から2か月余りたった12月5日未明、35歳でこの世を去ってしまいます。
体調が悪くなってから2週間、寝込んだ末のことでした。
モーツァルトの死後も「魔笛」は人気を保ち続け、ベートーヴェンもこの作品を愛して、その音楽をモチーフにした変奏曲を書いています。
かの文豪ゲーテは「魔笛」を愛するがあまり、自ら「魔笛」の続編を執筆しようとしたのですが、途中で断念しました。
次回は「魔笛」のストーリーと内容に迫って参ります。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
<参考文献>(敬称略)
松田 聡「モーツァルトのオペラ 全21作品の解説」
西川尚生「モーツァルト (作曲家 人と作品シリーズ)」
原 研二「シカネーダー伝」
クルト・ホノルカ「『魔笛』とウィーン 興行師シカネーダーの時代」(西原 稔 : 訳)
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