オペラ解説配信の文字起こしです。
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こんにちは!テノール歌手、髙梨英次郎です。
本日もオペラ全曲をざっくり解説していきます。
オペラって面白いですよ!
今回はヴェルディ7作目のオペラ「ジョヴァンナ・ダルコ」です。
ジョヴァンナ・ダルコとは、ジャンヌ・ダルクのイタリア語での呼び方です。
ジャンヌ・ダルクは、15世紀のイギリスとフランスのいわゆる百年戦争で、神の啓示を受けて、フランス軍陣営に武装して駆けつけ、フランスを勝利に導いた、あまりにも有名な少女です。

ということで、彼女の時代の史実が踏まえられているオペラなのですが、だいぶ史実とかけ離れた設定、物語の展開がなされます。何しろ、史実では火あぶりの刑で亡くなってしまうジャンヌが、「ジョヴァンナ・ダルコ」では勇ましく戦って、戦死するというフィナーレになっています。
ですので、歴史学術的考察は、この作品ではあまりしない方がいいかもしれません(笑)。歴史をもとにしたフィクションとして捉えてください。
それでは、作曲の経緯についてお話します。
前作「二人のフォスカリ」( https://tenore.onesize.jp/archives/89 ) を上演したローマから、ヴェルディはミラノに戻ってきました。
その当時ヴェルディは、体調を崩していたようです。
その後もヴェルディは、万全な体調になかなかならないまま、忙しい時期を過ごしていくことになります。後にヴェルディ自身が振り返る、「苦役の年月」そのものですね。
ミラノでヴェルディは、2年ぶりにスカラ座で仕事をすることになるのですが、この「ジョヴァンナ・ダルコ」を最後に、1887年の「オテッロ」( ① https://tenore.onesize.jp/archives/125 ② https://tenore.onesize.jp/archives/126 ) まで、実に42年間、ヴェルディはスカラ座で新作を発表することは無くなります。
旧作の改定版を上演することなどはあったのですが、なぜそんなことになったのか?
ヴェルディのデビューから、家族を失って絶望の淵に居た時も見捨てずに、ヴェルディにチャンスを与えてきたスカラ座支配人メレッリと、何かよほどのことがあったのでしょう。
原作というか元になったお話を書いたのは、フリードリヒ・フォン・シラーです。ベートーヴェンの第九で歌われる詩を書いた人として有名ですね。

オペラの台本を書いたのは、ソレーラでした。

スカラ座の仕事ではお馴染み、「ナブッコ」( https://tenore.onesize.jp/archives/86 ) や「ロンバルディ」( https://tenore.onesize.jp/archives/87 ) を一緒にやった人ですが、この「ジョヴァンナ・ダルコ」に関してソレーラは、
「シラーに影響など受けていません。この作品は完全に私のオリジナルです!」
とスカラ座支配人メレッリに主張していました。
確かに、シラーの原作とは異なるところが多いのですが、おおもとは完全にシラーの作品からとったことは明らかなようです。
ともかく、「ジョヴァンナ・ダルコ」は1845年2月15日、ミラノスカラ座で初演されました。ヴェルディ31歳。

前作の「二人のフォスカリ」から、3ヶ月ちょっとしか経っていませんでした。
当時の新聞などが、公演の成功を伝えています。その後も何度も上演されています。
史実と違うところがあろうと、最後に味方が大変な状況を脱して、戦いに勝利するというお話ですので、「ナブッコ」以来貫かれてきた、民衆の愛国心をくすぐる戦略も大成功でした。
しかし、その後に生まれたヴェルディの大名作の数々に埋もれてしまい、あまり上演されなくなってしまいます。
それでも、後の作品につながる音楽的要素がたくさんある、興味深いオペラです。
それでは、オペラの内容へ移っていきたいと思います。

「ジョヴァンナ・ダルコ」
プロローグと全3幕
時は、台本に書かれてはいませんが、ジャンヌ・ダルクの頃であれば、1429年
主な登場人物は3名
ジョヴァンナ・ダルコ:主人公
ジャコモ:ジョヴァンナの父親 羊飼い
カルロ七世:実在したフランス国王シャルル七世のイタリア語読み
オペラは「ナブッコ」以来となる、長めの序曲で幕を開けます。
自然の中で暮らしていたジョヴァンナが、神の啓示で戦いの場に赴くドラマが見事に表現されています。
<プロローグ>
フランス北東部の町ドン・レミ―で夜中、人々が迫りくる敵におびえています。フランス方は、かなりの劣勢に立たされていました。

戦に来ていた王カルロが登場し、激へこみしています。
「もうイギリスに降伏して、国王の座も下りようかなぁ…。」
なんて言うので、周りに
「そんなこと言わないでくださいよ」
と止められます。

そんなカルロでしたが、夢でお告げを受けていました。
「森の奥に聖マリア像があるから、それを拝んで、そこに剣と兜を置きなさい」
といった内容で、人々も、
「確かにここの森の奥にマリア像がありますよ。でも魔女が出る恐ろしい森ですよ」
と言うので、カルロはそれを聞いて奮起し、周りが止めようとも恐れず、森へと向かいます。
ここの、恐ろしい森を表現する音楽が、後の「マクベス」( https://tenore.onesize.jp/archives/93 ) につながる非常に興味深いものです。
場面変わって森の中。嵐の夜です。
羊飼いのジャコモは、娘ジョヴァンナが、夜ごと、森の聖母マリアの祠へ熱心に通っているのを、何かに取り憑かれたんじゃないかと心配して様子を見に来ていました。
やがてジョヴァンナが1人、神への祈りを歌います。
「フランスを救うため、私に剣と兜を与えてください」

しかしジョヴァンナ、あまり寝ていなかったのでしょうか。祈りながらも眠りに落ちてしまいます。
そこへ王カルロが1人で現れます。ジョヴァンナの姿は夜の闇で見えていないようです。
お告げの通り、マリア像の近くに剣と兜を置いて祈ります。
祈っている間の王カルロからは、ちょっと離れたところでジョヴァンナは寝ていたのでしょうね。
やがてジョヴァンナは夢うつつの状態で、闇の中に邪悪な声を聞きます。
「お前は美しいね、悪魔と一緒に踊ろうよ」
ここがやけに陽気な曲で、覚えやすかったのか、初演当時、ミラノの街中で口ずさまれたらしいです。
続いて、雲が晴れて、天使たちの声が聞こえてきます。
「起きて!あなたの望みを叶えましょう。神の使いとしてフランスを救いなさい」
そしてジョヴァンナが身を起こしてマリア像に駆け寄ると、どうでしょう。望んでいた剣と兜が置いてあるではありませんか!これは、王カルロが置いた剣と兜ですね。
それを見てジョヴァンナは、
「準備が整いました!」
と叫びます。
驚いて王カルロが近寄ってきます。
ジョヴァンナは王にひざまずき、祖国フランスを救うために私、戦います!と宣言して王を励まします。
王も気力を取り戻し、では一緒に向かおう!と盛り上がります。
それを見ていたジャコモ父さんは、娘が王にたぶらかされて、その愛のせいでおかしくなった!むしろ、悪魔に取り憑かれた!と思ってしまったようです。
彼らの三重唱となってプロローグが終了します。
<第1幕>
岩山にあるイギリス側の陣営。
ジョヴァンナが加わったフランス軍は勢いを取り戻し、イギリスへの勝利を重ねていました。
そんな敵方イギリスの陣営に父ジャコモが現れました。錯乱した様子です。

彼はここで、このオペラ一番の謎行動をすることになります。
「私はフランス人なのですが、娘ジョヴァンナは悪魔に魂を、祖国フランスを売り渡してしまったのです。皆さんで天誅を加えてください!」
と言って、なぜか敵方のイギリス軍を励まして、娘をとっちめてもらおうとしています。
イギリス軍は元気を取り戻し、
「ジョヴァンナを捕まえて、火あぶりにしよう!」
とテンションMAXになります。
…いやぁ、いくら娘がおかしくなったと思ったからといって、敵にそんなこと頼みますかね?
5,6年前にスカラ座で上演された際は、王カルロ、フランス軍、自分が戦いに参加するというジョヴァンナの物語が全て彼女の妄想で、父ジャコモは娘を正気に戻そうとしているという演出で、それはそれで確かに納得できそうな気もします。
ヴェルディが生きていた初演当時は、こういった細かいことは置いといて、音楽の勢いとかが優先されていたのかもしれませんし、ジャコモは、悪魔に取り憑かれた娘や王が支配するフランスなんて嫌だ、というようなことを歌いますし、あるいはジャコモが逆に悪魔に取り憑かれてしまったという演出もあり得る、など、色々と解釈の余地もあるのかなと思います。
場面変わって、ノートルダム大聖堂で有名なランスの宮殿内

ジョヴァンナが1人で居ます。
戦いには勝利したものの、彼女は不安を覚えています。これでいいのだろうかと。
そこへ、王カルロがやって来ます。ジョヴァンナは王に、
「私、故郷に戻って普通の生活を送ろうかと思います」
と告げますが、なんと王様、ジョヴァンナへ愛を告白します。
驚き戸惑うジョヴァンナ。
しかしジョヴァンナもやがて王カルロへの想いを抑えきれなくなり、熱烈な抱擁を交わします。
その時、ジョヴァンナの耳には、天使たちが警告する声が聞こえてきます。
「世俗の愛に溺れてはいけない…。」
ここもすごいですね、史実とは全く違う展開です。王様に恋をするというジョヴァンナちゃんでした(笑)。
王カルロはジョヴァンナに
「共に戴冠式へ来てくれ」
と頼みます。
迷いつつも、愛を選んだジョヴァンナは承諾しますが、やがて遠くから邪悪な合唱の声も聞こえてきます。
「勝利だ!ジョヴァンナはただの、一人の女に堕落した!」
ここで第1幕終了です。
<第2幕>
ランスの大きな広場。
ここで、王カルロの戴冠式を祝う群衆が、ジョヴァンナを称えて盛り上がっています。

一同が大聖堂の中へ入っていくと、思いつめた様子の、父ジャコモの姿があります。
ここでもヴェルディ先生お得意の、苦悩する父親像を表現するアリアが歌われます。音楽は、素晴らしい!行動は謎ですが…。
でも、一介の羊飼いでしかない自分には、祖国を救った英雄の父というポジションは、あまりにも居心地の悪いものなのかもしれません。屈折した感情を表していると思うと、この後の行動も少し納得できるような気もします。
やがて聖堂から王カルロやジョヴァンナ、人々が出てきます。上機嫌の王は、
「ジョヴァンナは神からの使いである。彼女のために寺院を建てよう!」
と宣言します。
称える民衆たち。
すると、群衆に紛れていたジャコモが進み出て、
「神への冒涜だ!その娘は悪魔に魂を売ったのだ。」
と叫びます。
と同時に、雷鳴が響き渡ります。
「どうだ、神も怒っているぞ!」
恐怖におののいた人々は、途端にジョヴァンナを魔女として弾劾し始めます。
魔女狩りが普通にあった時代ですからね。そのように認定した時の群集心理は、恐ろしいものがあります。
でもそれは、現代になっても、どこの国でも変わらないような気もしますが…。
王カルロは必死にジョヴァンナをかばいますが、ジョヴァンナは天使の警告を聞かなかったことを後悔し、気力を失ってしまいます。
娘の手を引いて去るジャコモ。イギリス側に彼女を引き渡そうというようです。
混乱の中、第2幕終了です。
<第3幕>
フランスを追放されたジョヴァンナは、イギリス軍に捕らえられています。

牢獄の外では、フランス軍とイギリス軍の戦う音が聞こえます。嘆くジョヴァンナ。
父ジャコモが、その様子を見に来ています。
ジョヴァンナは神に切々と訴えます
「私は愛に傾いてしまいましたが、ひと時のことです。私は純潔のままです(神の使いであるからには、そういったことに至っていない、乙女でないといけないという、この時代のキリスト教の観念ですね)。」
それを聞いて心を打たれるジャコモ。娘が繋がれていた鎖を解いて、自由にしてやります。
喜んで、戦いへと向かうジョヴァンナ。
ジャコモがその戦いを実況します。
ジョヴァンナは白馬にまたがって、フランス軍を率いて、瞬く間にイギリス軍を蹴散らしていきます。

フランス軍は勝利しますが、ジョヴァンナが重傷を負ったとの知らせに、王カルロは落胆してソロを歌います。
やがて重傷のジョヴァンナが運ばれてきます。
死の淵で、ジョヴァンナは、自分は魔女ではありません、と訴えます。
許しを請うジャコモ、悲しむ王カルロ、そして周りの人々。
軍旗を手にしたジョヴァンナは、光に包まれて天へと召されていきます。
一同は彼女を天使として敬い、ひざまずくのでした。
これで、オペラ「ジョヴァンナ・ダルコ」全体の幕が下ります。
いかがでしたでしょうか?
多少強引な筋立てになっていようとも、ヴェルディの音楽のすばらしさは1mmも揺らぐことはありません。
ただただ身を任せてみるだけで、イタリアオペラの音世界に魅了されることは間違いないです。
どうぞ皆さんも、この魅力的な作品に触れてみてください。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
参考文献(敬称略)
小畑恒夫「ヴェルディ 人と作品シリーズ」「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」
ジュゼッペ・タロッツィ「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳
永竹由幸「ヴェルディのオペラ」
髙崎保男「ヴェルディ 全オペラ解説」
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