今日も音声配信の文字起こしを上げます。
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こんにちは‼テノール歌手、髙梨英次郎です
本日も、オペラ全曲ざっくり解説やっていきます。
今回は、ヴェルディ3作目のオペラ、「ナブッコ(正式名ナブコドノゾール)」です。
オペラファンの皆さんにはお馴染みかと思いますが、ヴェルディを世界のマエストロの一人に押し上げた、大出世作です。ヴェルディの作風が確立されたと同時に、若きヴェルディのほとばしる情熱や、激情、人生への葛藤が織り込まれた、聴くと心を揺さぶられる名作オペラです。
このオペラ、全部で2時間ちょっとなんですが、時間がない方は7分くらいの序曲と、合唱曲「行け、想いよ、黄金の翼にのって」だけでも聴いていただきたい!
序曲はいざ戦いへいくぞ!という感じになる、奮い立つ音楽です。ぜひ仕事行く前にいかがでしょうか。「行け、想いよ Va, pensiero, sull’ali dorate」の方は、第2のイタリア国歌と言われるほどの名曲です。ぜひ聴いてみてください。
それではオペラの内容に行く前に、そこまでのヴェルディの人生をお話します。

前作「1日だけの王様」(https://tenore.onesize.jp/archives/85 ) が大失敗に終わり、また妻や子を相次いで亡くしてしまって、ヴェルディは失意のどん底にありました。もはや作曲することもできないぐらい落ち込んでいました。スカラ座支配人メレッリは、それでもヴェルディに、次の台本をと言って渡していたのですが、それにも手を付けていなかったんです。
ある日、ミラノを散歩していたヴェルディは、メレッリと遭遇しました。そしてメレッリから「そっちはいいから、この台本で曲書いてみて」と言って渡されたのが、この「ナブッコ」でした。

「ナブッコ」の台本を渡されたものの、やはりヴェルディは、やる気が起こりません。
ヴェルディ本人が話すところによると、テーブルにこの「ナブッコ」の台本を、いらついて投げ飛ばしたら、たまたま開いたページのある詩の言葉に目を奪われたと。それが、「行け、想いよ、黄金の翼にのって」という言葉でした。
この言葉にインスピレーションを受けて、先ほど第2のイタリア国歌と紹介した、名合唱曲になったわけです。
ヴェルディは過去の回想を語る時に、若干盛るクセがあるものの、そこからこの「ナブッコ」という圧倒的な作品が出来上がっていったということは確かです。
この「ナブッコ」の初演には、オベルトを支配人メレッリに推薦してくれた、ソプラノ歌手ストレッポーニが、主役のアビガイッレ役を歌うことになりました。
この後、ヴェルディとストレッポーニは急接近することになるのですが、それはまた次のお話。

さあ、いざ初演の幕が上がります。1842年3月9日、ヴェルディ28歳になっていました。
その初演は、空前絶後、超絶怒涛の大成功でした。その後も再演に次ぐ再演。一気にヴェルディは、大作曲家として認知されることになりました。
オーストリア支配下にあるミラノ、ということを「1日だけの王様」でもお話したのですが、そんなミラノにおいて、この「ナブッコ」の劇中で、抑圧されるヘブライ人(ユダヤ人)に、今の自分たちの境遇を重ね合わせた、というところがありました。それで大ヒットにつながったんですね。
この成功に1番驚いたのは、おそらくヴェルディ本人。
これを機にイタリアの様々な劇場からオファーが絶えなくなり、それはそれで大変な、ブレイクしたがゆえの多忙な日々が始まってゆくことになります。
それではオペラ「ナブッコ」の内容へ移りたいと思います。

「ナブッコ」は、ヴェルディが幼い頃から親しんでいた、旧約聖書の物語がベースになっています。
時は紀元前587年ごろ
場所はエルサレムとバビロニア。エルサレムはユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地として、現在も争いのもとになりかねない土地。バビロニアは、現在のイラク辺り、中東の地域ですね、そこにこの頃帝国が築かれていました。
登場人物は、
ナブッコ:正式名ナブコドノゾール。旧約聖書ではネブカドネザル。バビロニア国王。

アビガイッレ:ナブッコの娘で長女として育てられましたが、実は正式な妻との子ではありません。
(追記:小畑恒夫・著「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」に掲載されていた、原作となった戯曲「ナビュコドノゾル」での設定によると、アビガイッレは、ナブッコの妻が政府高官と不倫してできた娘であるそうです。したがって、ナブッコと血縁関係には無かったということになります)
フェネーナ:ナブッコの、こちらも娘で、正式な妻との子です。
イズマエーレ:こちらはエルサレム王の甥。フェネーナと恋仲になっています。
ザッカリーア:ヘブライ(ユダヤ)の大祭司。大祭司というのは、お坊さんの一番偉い人ですね。バビロニアの代表がナブッコなら、ヘブライ側の代表がザッカリーアです。

このオペラでは、合唱もすごく重要です。合唱だけの曲も多く、宗教的な題材もあって、「オラトリオふう聖書劇」とも呼ばれます。オラトリオというのは、旧約聖書やキリスト教のお話を、演技や衣装無しで演奏する声楽曲のことです。
この作品では1幕2幕ではなく、1部2部という呼び方をします。ですが、幕と違いはありません。
<第1部>
先ほどもお話した、ひたすらかっこいい序曲が終わり幕が上がると、エルサレムの神殿です。
「ここに、ナブッコ率いる軍勢が攻めてくる」
と、ヘブライの民が怯えています。

そこへ大祭司ザッカリーアが、ナブッコの娘フェネーナを連れて登場します。フェネーナはこちら側、ヘブライ人側の人質になっています。ザッカリーアが、
「こちらには人質がいるから、みんな安心しなさい」
と歌います。

そこへ、イズマエーレ君(彼は我々テノールの役ですね)がナブッコ軍の到来を告げに駆け込んできます。すでに彼は、人質であるフェネーナと既に恋仲になっています。敵方同士なのですが、好きになってしまったものは仕方ないですね。「ロミオとジュリエット」みたいです。
ザッカリーアは、
「この人質を頼むぞ」
と、フェネーナをイズマエーレに託して去ります。
2人きりになって、恋人たちはひそかに愛を語ります。イズマエーレは、バビロニアに使者として行った際に捕らわれていたものの、フェネーナに救われました。そして2人でエルサレムに帰って来たのでした。

ここが唯一、イズマエーレによるテノールのアリアっぽいところなんですが、もうちょっと長ければなぁ、なんて思います(笑)。すぐ終わっちゃうんですね。
そこへ、フェネーナの姉アビガイッレが兵を連れて登場します。彼女は秘かに潜入して、神殿を占拠してしまいました。
そしてアビガイッレも、イズマエーレのことを好きだったんです。アビガイッレは相当強い女性で、自ら兵を率いて戦ったりするんですが、ここでは妹に好きな人を取られて、傷ついています。

再び恐れをなした群衆が神殿に入ってきます。
そこへいよいよ、バビロニア王ナブッコが攻め入ってきました。

神殿にずかずかと入ってきたナブッコをザッカリーアが抗議しますが、ナブッコはどこ吹く風で、ヘブライの神を侮辱します。
怒ったザッカリーアは、フェネーナに刃を向け、何なら殺そうとするところを、イズマエーレが止めに入ります。ザッカリーアから短剣を奪ってしまうんですね。
フェネーナをナブッコが奪い返して、激怒の末、
「神殿を破壊しろ!そして略奪しろ!」
と命令します。
ヘブライ側の群衆は、ザッカリーアを止めたイズマエーレを裏切者!となじります。ここまでが勇壮な音楽のフィナーレとなり、第1部終了です。
<第2部>
バビロニアにある王ナブッコの宮殿の一室から始まります。
アビガイッレが、ここである書類を手にしています。そこには、自分が正式な母親(妻)から生まれたのではなく、女奴隷が母親である、と記されていました。
つまり正式な娘、というわけではなかったんですね。そのことで、恥辱と苦悩にさいなまれています。
※追記2:ここでアビガイッレが読んだのは、上記登場人物の所でもふれたように、自分がナブッコの妻と不倫相手の子であって、ナブッコと血縁関係がなかったことを示す書類でした。
彼女の台詞「Prole Abigail di schiavi」のschiaviは、奴隷という意味の複数形ですので、さげすむように、
「私アビガイッレは、あのドレイ(恥ずべき人)たちの娘!」
と言っていた、とも解釈できます。
これによって、ナブッコがフェネーナばかりを可愛がり、アビガイッレを可愛がらなかったのは、アビガイッレが実の娘ではなかったから、となり、王位継承権があるはずのアビガイッレの立場が大いにぐらつくことになる、そんな知らせだったのです。
オペラでは直接に言及はされていませんので、原作とは設定が変わっている可能性もあります。
そこへバビロニアの宗教における司祭たちが駆け込んで、
「フェネーナが、捕らえていたヘブライ人たちを釈放しています。アビガイッレ様、あなたがいっそ王になって、何とかしてください」
と頼むので、アビガイッレは、イズマエーレを取られた復讐もできる、と、王になってフェネーナを捕えることを承諾します。
場所は宮殿内の広間に移ります。

ザッカリーアが、神への信仰心を1人歌い、フェネーナの部屋に向かいます。フェネーナは、どうやら、かなりヘブライの側に肩入れしているようです。
そこに、イズマエーレがやって来るのですが、ヘブライ人たちが、先ほどザッカリーアを止めたことを
「この裏切者!」
と怒って、糾弾しています。あわやボコボコにされて、リンチされそうだというところへ、ザッカリーアがフェネーナを連れてやって来て、
「フェネーナがヘブライの女性となったから、なのでイズマエーレはフェネーナをかばったのだ」
と弁護します。
どういうことかというと、フェネーナが、ユダヤ教に改宗した、というわけですね。
そもそもユダヤ人とは、住んでいる地域や肌の色は関係なく、ユダヤ教を信仰すればユダヤ人と認定されます。なので、イズマエーレがフェネーナをかばったのだよ、と。
そこへ、王ナブッコへの謀反が起きたという知らせが来ます。アビガイッレが決起したのですね。しかも王ナブッコは死んだというんですね。そ
こへアビガイッレがやってきて、フェネーナが持っていた王冠を奪おうとします。
そこに、死んだはずのナブッコが現れます。そもそも死んだというのは、アビガイッレに味方する司祭たちが、混乱させるために流した嘘情報でした。
一同、息をのみ立ちすくみます。ナブッコ、相当怒っていますね。ナブッコは、王として日頃抱えていたストレスとか、娘が反乱したとか、ヘブライ人が言うことを聞かないとかで、すごく怒っていて、心に闇を既に抱えているようです。ついには、
「ひれ伏せ、わたしは最早、王ではない、神だ!俺が神だ!」
と言ってしまいます。
が、その瞬間、自分の間近に雷が落ちます。今でも雷が近くで鳴ると凄い音がするんですが、昔の人は特に、雷を神の怒りと捉えていたようですね。ここでも、見事に、尊大なナブッコへ罰が当たったというわけです。
落雷のショックからか、ナブッコはいよいよ気力がくじけてしまいました。

全員が恐れおののく中、地に落ちた王冠を拾い上げたのは、アビガイッレでした。
ここで第2部終了です。ここまでで半分ですよ。
<第3部>
いまや玉座に座り、王冠をかぶっているのはアビガイッレ。
そこに大司教(バビロニア側の偉い僧侶)が進み出て、
「祖国を裏切ったフェネーナを処刑してください」
と求めます。
そこに、みすぼらしい姿の老人が連れてこられます。それは、精神を病んでしまい、監禁されていたナブッコでした。アビガイッレは、そんなナブッコを誘導して、ヘブライ人(ユダヤ人)を虐殺する書類に署名をさせます。まだ正式な王はナブッコなので、そのサインが必要だということですね。署名してしまった後、ナブッコは自分の娘フェネーナがそこに含まれていることに気づき、大いに狼狽します。
しかしアビガイッレは
「もう覆せません」
と聞く耳を持ちません。
切ないのが、そうやって後悔して嘆く父に、アビガイッレが
「私もあなたの娘なんですけど…」
と言うんですけど、父からの愛情が不足していたのでしょうか?しかし父が発した言葉は
「うるさい、ひざまづけ、この奴隷女め!」
でした…。
もはやイズマエーレからも父親からも愛されないと知ったアビガイッレ。自分が奴隷の娘であるという書類をびりびりと破いてしまいます。
ナブッコは兵を呼びますが、誰も来ず。すでにアビガイッレが支配している状態でした。そういった状況を理解してナブッコは絶望し、娘に
「許してくれ」
と懇願します。
そんなナブッコと、「復讐が遂げられる」と勝ち誇っているアビガイッレの悲しくも激しい二重唱が繰り広げられます。

ヴェルディがこの後も作品でも多く描く、苦悩する父親像がここでも描かれています。
場面変わって、ユーフラテス川のほとり。
服役させられているヘブライ人たちが、祖国を思い、歌います。これがあの、ヴェルディに運命的なインスピレーションを与えた「行け、想いよ、黄金の翼にのって」です。

運命が襲い掛かるかのような前奏から、つぶやくようにユニゾンでメロディが歌われ、そこから思いがほとばしってゆく、感動的な歌です。
そこへ、ザッカリーアがやって来て、みんなを元気づけて、第3部が終了します。
<第4部>
宮殿の一室にナブッコが監禁されています。外からは、娘フェネーナが今にも処刑されようという儀式の音が聞こえます。ナブッコはここで初めて、ヘブライ側のユダヤの神様に祈りを捧げます。
その祈りが通じたのか、ナブッコに忠実な家臣たちがまだいたので、その彼らがナブッコを救いに来ます。
ナブッコも正気と気力を取り戻し、フェネーナを救いに向かいます。
広場では、フェネーナをはじめとする囚人たちが処刑される直前でした。そこへ、ナブッコ率いる軍勢が乱入して、バビロニア宗教の偶像を破壊していきます。
ユダヤ教においては、偶像崇拝は禁止されていました。神様というのはどんな形もしていない、というような概念なんですね。なので、具体的な銅像とかそういうものを作って、それに対して祈るということを禁止していました。これはナブッコが、完全にユダヤ教の側に立ったということを意味しています。
戦いに敗れて追い詰められ、自ら毒をあおった瀕死のアビガイッレが、悔い改めて、父親に許しを請い、切ないことに、イズマエーレとフェネーナのことも祝福して、死んでゆきます。
ヘブライの民たちが神の奇跡を感謝して、物語が幕を閉じます。
以上、「ナブッコ」でした。
いかがでしたでしょうか?
壮大な歴史宗教劇の中に、家族とか恋人への葛藤が見え隠れするストーリーでした。こういったストーリーは、こういう僕の解説を聞いて(笑)、おおまかに知っておけばOKです。若きヴェルディが大ヒットを飛ばした勢いのある音楽に身を任せて、オペラを楽しんでいただきたいと思います。
検索などして、こちらもぜひ皆さん聴いたり観たり、してみてください。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
参考文献(敬称略)
小畑恒夫「ヴェルディ 人と作品シリーズ」「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」
ジュゼッペ・タロッツィ「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳
永竹由幸「ヴェルディのオペラ」
髙崎保男「ヴェルディ 全オペラ解説」
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