オペラ解説配信の文字起こしです。
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こんにちは、テノール歌手、髙梨英次郎です。
本日もオペラ全曲をざっくり解説していきます。
オペラって面白いですよ!
今回はヴェルディ作曲、5作目のオペラ「エルナーニ」です。
こちらのオペラ、原作のお話を書いたのが、かのヴィクトル・ユーゴ―です。ユーゴ―作品で一般的に一番有名なのは、「レ・ミゼラブル」ですよね。

この「エルナーニ」もかなり斬新な作品で、舞台として初演された際には、かなりの論争を巻き起こしました。ヴェルディは、後にユーゴ―の「王は楽しむ」も、「リゴレット」(① https://tenore.onesize.jp/archives/101 ② https://tenore.onesize.jp/archives/102 ) としてオペラ化します。
オペラを作るたびに新たな試みをしていくヴェルディ先生。この「エルナーニ」でも、色々と変化をつけています。
それでは、それまでのヴェルディの人生についてお話します。
前々作「ナブッコ」( https://tenore.onesize.jp/archives/86 ) が大ヒットした際、ミラノ以外のイタリア各地の劇場にもその評判は知れ渡り、いち早くコンタクトをとってきたのが、ヴェネツィアのラ・フェニーチェ劇場でした。

ヴェルディもそろそろスカラ座以外でもやりたいなぁ、と思っていたのでこれを承諾します。
そこでヴェルディがフェニーチェ劇場につけた3つの条件がすごいんです。
1つ、新作の題材はヴェルディが選ぶこと。
これは、それまで主に劇場から指定された作品に曲をつけることが一般的だったのですが、その際、自由がないとか、その作品(台本)からインスピレーションがわかないと、面白い作品(オペラ)にならないというリスクがありました。なので、ヴェルディ自身が選ぶこと、としたのですね。
2つ、台本作家もヴェルディが選んで、その台本作家への報酬はヴェルディがもらったギャラから払う、ということでした。
これもこのことで、ヴェルディが台本作家に好きなようにリクエストしたり、やり直しを要求したりすることができるようになります。
3つ、初演のキャスト、歌手も、劇場に所属している歌手の中からヴェルディが選べる。
という、この3つの条件でした。
今後もこういった条件をヴェルディは基本として、劇場と契約していきます。このようにヴェルディは、30歳にしてちゃんと主張できる芸術家だったんですね。ビジネスにおける交渉と契約という意味でも、こういうことはとっても重要なんじゃないでしょうか。
条件1の題材は、いくつかの候補の中から、ユーゴ―作「エルナーニ」が選ばれました。
そして条件2の台本作家に関しては、フェニーチェ劇場が提案したピアーヴェという人に決まりました。

このピアーヴェ、結果、ヴェルディと最も多くの作品で仕事を共にすることになります。この作品「エルナーニ」から既に、ヴェルディから詳細な指示や、何度もダメ出しからのやり直しを要求されるのですが、言われた通り直して仕上げる、真面目な人だったんですね。なのでピア―ヴェはヴェルディと相性が良かったのかもしれません。
条件3の歌手も、おおよそ希望通りのキャストが揃い、いざ初演となります。
1844年3月9日、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場、ヴェルディ30歳でした。

初演は、ナブッコ程ではないものの、まずまずの成功を収めました。歌手はイマイチ調子が悪かったようですが、ヴェルディの音楽が評価されて、聴衆の熱狂を生んだようです。その後ウィーンやミラノでも上演され、ヴェルディの名声はイタリアを越えてヨーロッパ中に広がってゆくことになります。
それでは、オペラの内容へ移っていきます。

全4幕
時は1519年
登場人物は、中心となるのが4名です。少なくて助かります。
エルナーニ:元は貴族でしたが、父親をスペイン王ドン・カルロに殺されました。今は国王に歯向かう反乱軍の首領です。
ドン・カルロ:スペイン国王で、実在したスペイン国王カルロス1世(ハプスブルク家としては、カール5世、という別の名前があってややこしいんですが)がモデルです。
シルヴァ:年老いた貴族
エルヴィーラ:シルヴァの姪で、シルヴァと婚約させられています。この時代、こういった近親間の結婚は貴族王族でよくあったようですね。ただし、エルナーニと恋仲になっています。
オペラが始まると、短い前奏曲が演奏されます。ちょっと暗い雰囲気ながらも、美しいメロディが奏でられます。
<第1幕>
スペインの北東内陸部アラゴンにある山で、荒くれ者たちが飲み食いしています。エルナーニの反乱軍の仲間たちです。
首領のエルナーニが暗い面持ちで登場します。
みんなが
「どうしたんですか?」
と尋ねると、エルナーニは話し始めます。

「俺の想い人が、ここから見えるあの城で明日、貴族のおっさんと結婚させられてしまう。俺は彼女を奪い去ってこようと思う。彼女もついてくると誓ってくれた」
そして周りは、
「よっしゃ、俺達も協力しますぜ!」
みんなで城に向かいます。
場面変わって城の中。
エルヴィーラが、
「愛してもいない老人から言い寄られて、結婚しなければいけないなんて…。エルナーニが来てくれたら、一緒にどこまでも逃げていきたいわ、エルナーニ、助けて!」
と歌います。

メイドや侍女たちが結婚式の贈り物を運んだりもするのですが、もちろんそんな物ではエルヴィーラの心は動きません。周りの侍女たちも、ああ、いやいや結婚するのね、とわかるぐらい、あからさまにへこんでいます。
そこへ1人の男が忍び込んできます。それはなんと、スペイン国王ドン・カルロでした。ドン・カルロも、エルヴィーラのことを愛していたのです。
エルヴィーラに言い寄るカルロ。
「私はあなたを愛している。私は王だというのに、なぜ振り向かないのだ?」
「いやそんな王様、困ります。こんな時間にそんな来られても…」
「あの山賊の、エルナーニなんてやつのことが好きなのか?」
「そんなこと言えません」
という二重唱。
しびれを切らした王カルロ、無理矢理エルヴィーラの腕を引っ張って連れて行こうとしますが、エルヴィーラは王の短剣を奪い取り抵抗します。
そこへばばーんとエルナーニ登場です!

カルロは、
「エルナーニ、この山賊風情が!」
と言うとエルナーニが、
「王よ、あなたはわが父の仇だ!」
と、剣を抜いてあわや決闘になろうというところです。
さらにそこへ、この城の主、公爵のシルヴァがやって来ます。
「わしの城で何の騒ぎだ!」
自分の結婚を明日に控えているのに、自分の城で結婚相手をめぐって二人の男が争っているのを目撃してしまうんですね。
シルヴァは怒りと嘆きを歌います。この歌が思いの外素敵なバスのアリアで、シルヴァもただのエロじじい貴族という感じでもないようです。

しかし2人の男のうち1人が国王だと気づいて驚くシルヴァ、そして周りの一同、シルヴァは怒りを抑えて、ひざまづきます。
王カルロも、落ち着きを取り戻し、エルナーニを許して放免するようシルヴァに命じます。ちょっと王様、自分のことを棚に上げているような気がしますが…。
カルロは王様になったばかりで、政治的にシルヴァの協力が不可欠でした。王とばれた以上は、この場を何とかとりなそうとします。
「エルナーニを許して放免しなさい、あと、今夜はこの城に泊まらせてもらおう」
とシルヴァに命じます。断れないシルヴァ。
それぞれが複雑な思いを抱えたまま、第1幕終了です。
<第2幕>
シルヴァの城の大広間。
シルヴァとエルヴィーラの結婚式当日となってしまいました。召使いや客人たちが盛り上がっています。
広間に来たシルヴァのもとに、1人のキリスト教の巡礼者が案内されます。信心深いシルヴァは、巡礼者を客人としてもてなします。

やがて花嫁衣裳のエルヴィーラが入場すると、その巡礼者が着ていたローブを脱ぎ捨てました。変装していたエルナーニだったんですね。
「俺を国王に差し出せば、賞金がもらえる。俺の首を贈り物として取るがいい!」
と、やけっぱちになっています。
どうやら、結婚式が行われると聞いて、エルヴィーラに裏切られた、とエルナーニは思っているようです。しかもエルナーニの反乱軍は、国王カルロの軍に鎮圧されて、みな散り散りに逃げてしまいました。
シルヴァは、
「お前は今理性を失っている、いったん客人として迎え入れたからには、危害は加えない。そこで頭を冷やしてろ」
と、その他の客人たちやエルヴィーラを連れて別の場所に移動します。
残ったエルナーニ。そこへ、抜け出してきたエルヴィーラが駆け寄ってきます。エルヴィーラをなじるエルナーニ。
エルヴィーラは、エルナーニが死んだ、という噂を信じてしまっていたのでした。それを聞いて、誤解を解いたエルナーニ、そしてエルヴィーラは固く抱き合います。
戻ってきたシルヴァはそれを見て、激怒!
ですがほどなく、そこへ国王ドン・カルロが到着したという知らせです。
国王ドン・カルロは、一晩泊まって、朝すぐに帰って、エルナーニ軍を蹴散らして、またこちらに到着したようですね。
シルヴァに「殺してくれ!」と叫ぶエルナーニなのですが、シルヴァは
「復讐はわしの手でする。国王にはお前は渡さない。お前はいったんここに隠れていろ」
と、自分の肖像画の裏にエルナーニを隠します。相当大きい肖像画なのですね。
そこへ、ずかずかと国王が軍勢を連れて登場します。
「反逆者エルナーニはどこだ?この城に入っていくところを見たものがいるぞ」
と、シルヴァに身柄を渡すよう要求するのですが、シルヴァは
「巡礼者を1人迎えただけです。その者は私に保護を求めたので、お渡しすることはできません」
と、どう考えてもそれはエルナーニのことなのですが、王に対して拒否します。
このオペラの重要なテーマとして、騎士としての名誉、というものがあります。この場合も、シルヴァが一度した、エルナーニを守るという約束は、国王に歯向かうことになっても守るということです。
王の部下たちが、
「どこを探してもいません」
と報告してきます。
怒った王カルロは、シルヴァを拷問にかけてやろうかと脅すのですが、するとたまらずエルヴィーラが
「おやめください!」
と入ってきます。すると王カルロ、では貴女を人質にしようと、半ば強引にエルヴィーラを連れて去ってしまいます。
残されたシルヴァは、隠していた場所からエルナーニを出して、自分の手で復讐を遂げようと、エルナーニに決闘を挑みます。が、拒否するエルナーニ。
「私はあなたに命を救われたのだから、あなたに無抵抗で殺されましょう。ただ、死ぬ前に1度だけエルヴィーラに会わせてください」
と願います。
「彼女は王が連れて行った」
「何してるんですか!王は我々の恋敵ですよ!」
「なーにーー!」
この時点まで、シルヴァは王カルロもエルヴィーラを愛しているとは知らなかったのですね。
エルナーニはシルヴァにエルヴィーラを取り戻す協力を頼みます。
「王カルロに復讐した後、私はあなたに殺されるということを約束します。私の命が欲しいときは、この角笛を吹いてください。この音が聞こえたら私は死にます。それを死んだ父に誓います」
なんてことを言ってしまいます。
これで、シルヴァが角笛を吹いたらエルナーニは自殺しなくてはいけないことになりました。これがねー、後々ねー…。
ということで、エルナーニとシルヴァ率いる軍勢とで王カルロの城へ向かおう!というところで第2幕終了です。
<第3幕>
西ドイツにある、これも8世紀ごろに実在した王カール大帝の墓所。
ここに王カルロが入ってきます。スペインからドイツまでだいぶ移動してきましたね。

ここで神聖ローマ皇帝を決める会議が行われるようです。
神聖ローマ皇帝というのは、ざっくり言うと、西ヨーロッパ諸国の王の中で一番偉い人、今で言うとEU代表みたいなことでしょうか。
反乱軍もどうやらこの辺に来ているとの情報があり、神聖ローマ皇帝に選ばれるまでの間、この墓所に隠れることにしたのでした。部下に、もし自分が皇帝に選ばれたことが決定したら、3発大砲を鳴らすように命じます。その後カルロが有名なソロを歌います。王としての苦悩や、それでも自分が勝利者となるのだ、と美しいメロディで歌って、墓所の扉を開けて奥へと隠れます。
やがてそこに、反逆者たちがそっと忍び込み、その中にはエルナーニとシルヴァの姿があります。誰が王カルロを殺す実行犯になるか、抽選の結果、エルナーニが選ばれました。
皆のテンションが上がったのもつかの間…。大砲の音が3発鳴ります。カルロが神聖ローマ皇帝に決まった報せです。
反逆者たちの前に王カルロが姿を現し、ほどなく王の軍勢や、なぜか紳士淑女もいっせいに墓所の入り口に集まります。その中にはエルヴィーラの姿もあります。
取り押さえられる反逆者たち。
皇帝となったカルロが
「反逆者のうち、平民は牢獄へ、貴族は打ち首だ」
として、エルナーニは平民扱いされそうになります。
そのことにエルナーニは憤り、
「王よ、私も由緒正しいスペインの貴族の出だ!この首をはねろ!」
と叫びます。
「では、その首はねてやろう」
とするカルロに、エルヴィーラが、
「お慈悲を示してください!気高いお慈悲を!」
と、泣いて懇願します。
祖先の墓を見つめるカルロ。
「先祖の王の徳を私は受け継ごう」
として、一転して全員を許すことにしました。
しかも、エルナーニとエルヴィーラの結婚まで認めます。皇帝となって、一気に慈悲の心が芽生えたのでした。
万歳皇帝!第3幕フィナーレ、となるのですが…ただ一人、この決定に不服な人物がいました。それはシルヴァでした。
<第4幕>
スペインのアラゴンにある宮殿
晴れて貴族に戻ったエルナーニとエルヴィーラの結婚を祝う仮面舞踏会が開かれています。
そこに怪しげな装束の仮面の男がうろついていました。復讐に燃えるシルヴァです。不吉ですね。
パーティーから離れ、エルナーニとエルヴィーラは2人きりで愛を語っていました。
そこに…、呪わしき角笛の音が夜空に響きます。
エルナーニ、シルヴァとの約束を忘れていたのでしょうか…、角笛の音を聞いて、愕然とします。

様子がおかしいエルナーニを見ていぶかるエルヴィーラでしたが、
エルナーニは
「いや、ちょっと具合悪いだけだから、薬を取ってきて」
と、エルヴィーラをいったん下がらせます。
その後、シルヴァが仮面を取り去って、エルナーニの前に現れます。やっぱりどうしてもエルヴィーラを取られたことが許せないシルヴァ、
「おい、騎士なら約束を守るよな?」
と、エルナーニに死を迫ります。
角笛が聞こえたら、死ななきゃいけない約束。
エルヴィーラがそこに戻ってきて、シルヴァに許しを請いますが、シルヴァは断固拒否。
そんなの断ればいいじゃん!と現代から見れば思いますが、当時のスペイン騎士は、そうはいきません。名誉が第一。
誇りにかけて約束は守る!と、エルナーニは自らの胸に短剣を突き刺してしまいます…。
息絶えるエルナーニ、気を失うエルヴィーラ、悪魔の笑みを漏らすシルヴァ…。
で、オペラ全体の幕が下ります。
いかがでしたでしょうか。
こうやって説明をすると、なんとも後味の悪い結末なのですが、悲劇のオペラは、こういう日常ではない非日常のお話を、すこぶるドラマティックな音楽と一緒に味わうことに醍醐味があると思います。
こういうお話はですね、僕の解説などを聞いて、予習をしてから聴いたり観たりすると、いくらか不条理感みたいなものは薄れるのではないでしょうか。
ソレーラが台本を書いた「ナブッコ」や「ロンバルディ」( https://tenore.onesize.jp/archives/87 ) は壮大な歴史ロマンの中に、登場人物たちが巻き込まれていくような作品でしたが、それらと比べると「エルナーニ」は、人物像がぎゅっと凝縮され、各々のキャラクターに焦点を当てた、そんな作品になっています。
合唱を含めた大勢でオペラ全体が終わらずに、三重唱で終わるのも斬新なところですね。とはいえ、もちろん今までの作品同様、オーストリア政府下のイタリアの民衆を鼓舞するような要素、ヒットする要素もふんだんに組み込まれています。
こういった人物造形へフォーカスして作品を作っていくのも、この後でますますアップデートされていくことになります。
どうぞ検索などして、この興味深いオペラ「エルナーニ」に触れてみてください。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
参考文献(敬称略)
小畑恒夫「ヴェルディ 人と作品シリーズ」「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」
ジュゼッペ・タロッツィ「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳
永竹由幸「ヴェルディのオペラ」
髙崎保男「ヴェルディ 全オペラ解説」
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