オペラ全曲ざっくり解説の文字起こしです。
聴きながら読むと分かりやすい! 音声はこちら↓

こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラをざっくり解説して参ります。
オペラって面白いですよ!
今回は、ヴェルディ25作目のオペラ「ドン・カルロ」の内容とストーリーに移って参ります。
現在上演されることが多いのは、時間の制約などもあって4幕版が多いのですが、それだとストーリーの始まりが若干わかりにくいこともあるので、今回は1886年イタリアのモデナで上演された5幕版をできるだけわかりやすくご紹介したいと思います。
こちらのモデナ版がヴェルディ先生、生前最後の改訂となりますので、こちらがヴェルディ先生の最終的なご意向と判断しました。
人物の名前は、日本で上演されることが多いイタリア語版でご紹介いたします。
それでは参ります。

「ドン・カルロ」
ときは1560年ごろ
登場人物
()内はフランス語版の名前
ドン・カルロ(ドン・カルロス):スペインの王子
フィリッポ2世(フィリップ2世):スペインの国王、カルロの父
エリザベッタ(エリザベート):フランス国王の娘でカルロの恋人だったが、フィリッポの妃となる
ポーザ侯爵ロドリーゴ(ロドリーグ):カルロの友人
エボリ公女:王妃となったエリザペッタの女官
宗教裁判長:90歳で盲目の聖職者、大審問官とも呼ばれる
修道士:亡くなった前の王カルロ5世の声をもつ、謎の人物
その他
<第1幕>(4幕版ではカット)
フランスのパリ郊外、フォンテーヌブローの森で。
狩人たちの呼び声が響き、やがて狩猟服を着たフランス王女エリザベッタが、馬を走らせて通り過ぎていきます。
その様子を物陰から見ていたのは、スペイン王子ドン・カルロ。

彼は婚約者であるエリザベッタを一目見ようと、父親であるスペイン国王フィリッポに無断で、この森へやって来たのでした。
カルロはエリザベッタの美しさにすっかり魅了されてしまいました。

ここでカルロのアリアが歌われます。
このアリアは4幕版に改定された際、第1幕(5幕版の第2幕)の最初に移されました。
歌詞も調性(音の高さ)も変わって、曲の印象は”似ているけれど違う曲”となっています。
日が暮れて、森は夜の闇に包まれます。
そこへ、エリザベッタの小姓テバルドがやってきて、あとからエリザベッタが再びドン・カルロの方に近づいてきます。
夜の闇で、フォンテーヌブローの宮殿に帰るための道を見失ってしまったようです。
カルロはスペイン王子という自分の身分を隠して、スペイン大使の一行の1人ですと名乗り、「私がお供いたしましょう」と、申し出ます。
小姓テバルドはカルロに感謝して、遠くに見える宮殿の灯りを頼りに、迎えをよこしてもらおうとその場を去ります。
このテバルドは、少年で、ソプラノ歌手によって歌い演じられます。
2人になったカルロとエリザベッタは焚火を囲んで語り合います。
エリザベッタは、婚約者であるスペイン王子カルロはどんな人なのかしら、と期待と不安から目の前のスペイン男性に質問していきます。
カルロは段々と想いを抑えきれなくなり、ついに、
「こちらは王子カルロからの贈り物です」
と、宝石で飾られた小箱をエリザベッタに手渡します。
その箱を開けると、中には王子カルロの肖像が入っていました。
そう、そこに描かれていたのは、目の前にいる男性の姿!
「あなたがカルロだったのね!」
「そうです、あなたを愛しています!」
と幸せな二重唱となります。
遠くから大砲の音が聞こえるのですがそれも、自分たちのことを祝うための祝砲だと信じて疑いません。
そこへ小姓テバルドが走りこんできて、2人に告げます。
エリザベッタが、スペイン王子ドン・カルロ、ではなく、その父スペイン国王フィリッポ2世に嫁ぐことになったと!
大いなるショックを受けるカルロとエリザベッタ。
やがて本物のスペイン大使であるレルマ伯爵が現れて、エリザベッタに結婚の意志を尋ねます。
スペインとフランスの友好のため、苦しむ民衆を救うため、エリザベッタはか細い声で結婚を承諾します。
喜ぶ民衆たち。
いかにもこういった時代の政略結婚で、そうした歴史の運命に2人の愛は引き裂かれてしまうのでした。
ここで、第1幕が終了します。
<第2幕>
・第1場 (4幕版の第1幕第1場)
スペインにあるサン・ジュスト修道院の礼拝堂。

第1幕からしばらくの月日が流れました。
ここにはドン・カルロの祖父、フィリッポの父、前の国王カルロ5世の墓があります。
このカルロ5世、5作目の「エルナーニ」( https://tenore.onesize.jp/archives/88 ) に出てきたバリトンの役ドン・カルロと同一人物です。神聖ローマ皇帝になったスペイン国王ですね。
ここで修道士たちがカルロ5世に祈りを捧げています。
そこに、王子ドン・カルロがやつれた様子で登場します。
カルロは、偉大な王であった祖父の墓前で、愛する人を父親に奪われたことを嘆いています。
すると修道士たちの声が聴こえてくるのですが、その中の一人の声が、亡くなった祖父カルロ5世の声に瓜二つなので、カルロは驚き、恐れおののきます。
そこへ、カルロの唯一の友人で侯爵のロドリーゴが現れます。
この頃、現在のオランダやベルギーの辺り、フランドル地方はスペインの圧政のもとにありました。
キリスト教における、カトリックとプロテスタントの争いも圧政の原因の一つで、支配するスペインはカトリック、支配されるフランドルはプロテスタントの人が多かったのです。
ロドリーゴは以前からこのフランドルの状況に胸を痛めており、そこの民を救うためカルロをリーダーにして決起しようと考えていました。
ところがカルロは青ざめた表情でそこにいるので、ロドリーゴは問いかけます。
「あなたの苦しみを、さあお話しください」
「私は、罪深い愛を心に抱いているのだ…エリザベッタへの愛を!」
「あなたの母君への!」
もちろん、もとは婚約者同士だったので罪深くもなんともないのですが、エリザベッタが父親の妻となった以上、義理とはいえ母親にあたるので、特に当時のモラル的にカルロがエリザベッタを愛しているという状況は非常にまずいことでした。
ロドリーゴはそれでも、
「私はあなたの味方です!」と言ってカルロを安心させて、
「その愛を忘れるためにも、そのことは誰にも言わず、共にフランドルへ行きましょう!」
とカルロを促します。
するとそこへ、父で国王のフィリッポ2世がエリザベッタや修道士たちを連れて礼拝堂に入ってきます。
カルロ5世の墓参りに来たのでした。
とっさに身を隠すカルロとロドリーゴ。
物陰から愛するエリザベッタを見て苦悩するカルロと、彼を励ますロドリーゴ。
王たちが去ったあと、改めて二人は、
「共に生きて共に死のう!」
と、永遠の友情を誓い合います。
このカルロとロドリーゴの二重唱は、”友情の二重唱”として屈指の、このジャンルの代名詞とも呼べる感動的な音楽となっています。
ここのメロディは、この後も物語の要所で何度も出てきます。
・第2場(4幕版の第1幕第2場)
場面は先ほどの修道院の前にある庭に移ります。
時間的には先ほどの場面の直後です。
当時のスペインでは、王の墓があるところに入れる女性は王妃だけでしたので、王妃に仕えている女官たちは礼拝堂には入れないので、庭でくつろいで待っています。

その中でもひときわ美しいエボリ公女が、小姓のテバルドと一緒に、アラブの物語を語った華やかな歌を歌います。
歌の内容は直接ストーリーの大筋には関わっていませんが、
“王様が愛人だと思っていた女性がヴェールを取ると、それは王の妃でした!”
というところは、ヴェールを取ったら人違い、と言う点で後の場面の伏線となっています。
修道院の中からエリザベッタが出てきます。

表情は悲し気です。
いまだ、カルロのことで心を痛めているようです。
そこにポーザ侯爵ロドリーゴが現れ、エリザベッタに近づきます。
「お妃さま、パリにて母君からのお手紙をお預かりしておりました。どうぞお読みください」
と、手紙を渡すのですが、実はその手紙、カルロからのものでした。
手紙には、
「この手紙を持ってきた者は、私が信頼する男です。」
と書かれています。
エリザベッタが手紙を読む間、エボリや女官たちの注意をそらそうと、ロドリーゴはフランスに行っていたときのことを話したり、エボリたちを大げさに褒めたりしています。
手紙を読んだエリザベッタはロドリーゴに、
「よろしい。何でも望みを申しなさい」
と告げます。
ロドリーゴは、
「王子カルロ様が父君フィリッポ様に愛されていないと、思い悩んでおられます。(←もちろん表向きの理由です)
どうぞ一目お会いして差し上げてくださいませんか。」
と頼み、エリザベッタは戸惑いつつもそれを承諾します。
エボリ公女は、実はカルロに想いを寄せています。
「カルロ様が苦しんでいるのですって?
そういえば、王妃様と私が一緒の時、カルロ様、震えていらした。
もしかして、私のこと好いてくださってるのかしら…。」
と、勘違いをしてしまいます。
ロドリーゴがエボリや他の女官たちを去らせて、エリザベッタが1人になります。
そこへ王子ドン・カルロ登場です。
カルロは最初、
「フランドル地方へ行く許可を国王である父上にいただきたいのです」
と話し、エリザベッタはよそよそしく、「国王に伝えましょう」と約束するのですが、そのよそよそしさにカルロは耐え切れなくなり、
「なぜ貴女はそんなに冷静でいられるのですか!?」
とエリザベッタに詰め寄ります。
エリザベッタとて、苦しい胸中ではあるのですが、努めて冷静にふるまっているのです。
カルロは情熱がほとばしり過ぎる、どこか大人になり切れないところをもった青年で、エリザベッタのこともやはり諦めきれません。
エリザベッタの態度にカルロは一時気を失って地面へ倒れてしまいます。
こういった描写は、史実の王子カールが、どこか病的な人物だったと伝えられていることに由来しているのかもしれません。
カルロはすぐに目を覚ますのですが、思い余ったあげく、エリザベッタをその腕で抱こうとします。
しかし、エリザベッタは言い放ちます。
「まずあなたの父親を殺して、その手で私を祭壇へお導きなさい!」
この言葉に打ちひしがれたカルロは、絶望しながらその場を走り去ります。
なかなかドラマティックな二重唱です。
カルロが去ったところへ、王フィリッポが現れます。
王は、王妃エリザベッタが女官も連れず1人でいることに激怒します。
そして、王妃の侍女として仕えていた伯爵夫人にクビを言い渡し、フランスへ帰るよう命じます。
その伯爵夫人は涙を流します。彼女はエリザベッタの数少ない友人なのでした。
エリザベッタは「泣かないで」と、夫人を慰めるソロを歌います。
皆が去っていく中、国王フィリッポはロドリーゴを呼び止めます。
ここからの二重唱も非常に聴きごたえがある1曲です。
「お前は、フランスから戻って以来、なぜ私の所へ挨拶に来ぬ?」
と、王はロドリーゴに問いかけます。
王フィリッポは、かねてから高潔な人物として評判のロドリーゴを気にかけていたのでした。
ロドリーゴは思い切って、王にフランドルの民が圧政に苦しんでいることを訴えます。
フィリッポは
「平和には血が流れることも必要だ」
と取り合わないのですが、ロドリーゴは
「それは墓場の平和です!!」
とかなり大胆な発言をします。その瞬間、オーケストラがものすごく恐ろし気な音を一斉に奏でます。
そして、「暴君になってはいけません」とフィリッポを説き伏せます。
そんなロドリーゴをフィリッポは、心の内ではかえって好ましく思っていました。
周りは王である自分の顔色をうかがうイエスマンばかりで、自分に苦言を呈することも厭わない人物はとても貴重なのです。
「何も聞かなかったことにする。」
とした王フィリッポは、今度はロドリーゴに相談を持ち掛けます。
王は、妃エリザベッタが自分を愛していないことに気づいており、息子カルロとの仲を疑っています。
そこでフィリッポは、ロドリーゴに王妃との面会を許し、彼女とカルロを監視するよう命じるのでした。
「王が自分の感情をあらわにした!
このことはかえってチャンスかもしれない。
王に取り入ることで、フランドルの民を救う道が出来るかもしれない…。」
ロドリーゴはフィリッポに忠誠を誓います。
最後にフィリッポは、ロドリーゴに言い含めます。
「宗教裁判長には気をつけよ」
ここでは詳しく語られませんが、なにやらこの宗教裁判長、とても恐ろしい人物である、ということが暗示されます。
こうして第2幕が終わります。
<第3幕>
・第1場(4幕版の第2幕第1場)
スペイン・マドリッドの宮殿内、王妃の庭園。

夜、空には月が輝いています。
ドン・カルロが手紙を持って、たたずんでいます。
「真夜中に、王妃の庭の噴水近くの樹の下にいらしてください」
と書かれたその手紙が、王妃エリザベッタからのものだと思っているカルロはすっかり有頂天です。
やがてそこにヴェールをかぶった女性が現れます。
カルロは、それはもう情熱的に愛を囁きます。
「貴女が、貴女こそが私のただ一人愛する人!」
しかし!そのヴェールをかぶっていた女性は、エリザベッタではなく、エボリ公女でした…!
カルロの言葉を聞いて、
「あら、私のことそんなに好きでいてくださったのね、嬉しい!」
なんて思っていたのもつかの間、彼女がヴェールを取ったとたん、
「王妃じゃないのか!!」と、言わないまでも露骨に態度に表すカルロ君。
「なんでそんなに青ざめていらっしゃるの?
あなたのお父さま、国王陛下がカルロ様のことを不穏な口調で話されています。
私ならあなたを救えるわ、あなたを愛しているんだもの」
「いや違うんです、貴女はここで、なんていうか、、夢を見ていたのです」
言い訳が下手すぎますね。
勘がいいエボリは気づいてしまいます。
「あなたが愛しているのは、王妃なのね!王妃と私を間違えたって言うのね!!」
もう状況は最悪です。
そこへロドリーゴが登場!何とかしてください!
事態を収めようとロドリーゴはエボリをなだめたり、何なら脅しをかけたりするのですが、エボリには効き目がありません。
それどころか彼女の怒りは増幅するばかり。
カルロ君は横でオロオロしています。
ロドリーゴはもうこうなったらと、短剣を抜きますが、カルロが「いやさすがにそれは」と止めます。
エボリは激怒したまま去っていきます。
激しい三重唱です。
2人になるとロドリーゴは、カルロが捕らわれたりした時に備えて、フランドル関係の重要な書類や機密文書などを自分に預けるようカルロに告げます。
カルロは一瞬、王の側近となったロドリーゴのことを疑います。
するとロドリーゴは、疑われたことに心底悲し気な様子を示すので、カルロは思いなおし、ロドリーゴへの信頼を表明します。
再び友情のテーマが流れてこの場面が終わります。
・第2場(4幕版の第2幕第2場)
大聖堂前の広場。
何やら式典が始まるようで、教会の鐘が鳴り、人々が集まっています。
ファンファーレが鳴り響き、合唱も喜びに沸いて歌っている。
さぞ華やかなお祝いでもなされるのかと思いきや、広場で行われるのは、宗教裁判で異端とされた者たちを磔にして火あぶりにする処刑、だったのです。
世界史的にも有名なスペイン宗教裁判が、ここで描かれることになります。

処刑というものが昔の人々にとってある種の見世物、お祭りのようなものだったことがとてもわかりやすく表現されています。
修道士たちが火あぶりにされる受刑者たちを連れてきます。
そこに王と王妃が入場して、観衆は盛り上がります。
王の近くにはロドリーゴ、王妃の近くにはエボリもいます。
するとそこへ、王子ドン・カルロが6人のフランドル人を連れて広場に突然現れます。
式典に乱入して、大勢の人々の前で、国王フィリッポへ直接、フランドル人たちの苦しみを訴えかけさせるというのです。
カルロがこのような行動に出ることは、ロドリーゴも予想していませんでした。
当然、王フィリッポは激怒。
「こやつらをつまみ出せ!」
と命じます。
エリザベッタやロドリーゴ、民衆たちもフランドル人に同情を示して「お慈悲を!」と取り成しますが、フィリッポは怒り狂うばかり。
カルロはとうとう国王の前に立ちはだかり、剣を抜いて威嚇します。
王に向かって剣を抜くなど、とんでもない反逆罪です。
王は周りに命じます。
「こやつの武器を取り上げよ!」
しかし、部下たちはカルロの勢いに気圧されて、誰も動くことが出来ません。
「誰かいないのか!」
王は自ら剣を抜いて、父と子の決闘が始まってしまいそうになります。
すると、1人の男が割って入り、カルロに叫びます。
「私に剣をお渡しなさい!」
「……、何と、君が、それを言うのか、、ロドリーゴ…!」
カルロを制したのは、彼の一番の理解者でフランドルを救う理想があるはずの、ロドリーゴだったのです。
ここで友情のテーマが悲し気に演奏されます。
カルロから取り上げた剣をロドリーゴは、王フィリッポに渡します。
王はその場で、ロドリーゴを侯爵から公爵に、位を昇格させます。
ロドリーゴとしてもつらい判断でしたが、この後彼は、自らの命を懸けて、カルロを救うための行動に出ます。
立ちすくむカルロを尻目に、火あぶりのための炎が舞い上がり、何事もなかったように処刑の式典が再開されます。
そこに、天の声が聴こえてきます。
まるで死にゆく者の魂を慰めるかのように。
舞台裏からソプラノによって歌われるこの声が登場人物たちに聴こえているかどうかは演出にもよりますが、聴こえていないことがほとんどです。
こうして第3幕が終了します。
<第4幕>
・第1場(4幕版の第3幕第1場)
宮殿内、国王の部屋。
夜が明けようとしています。
ここで1人、王フィリッポが物思いにふけっています。

「彼女が私を愛したことはない…。」
王は、王妃エリザベッタが自分を愛そうとはしないことに苦悩しています。
苦悩のあまり、不眠症のようになっているようで、
「私が眠るのは王のマントに包まれて人生を終える時だろう…。」
と嘆きます。

かつてこれほどまでに国王と言う存在の孤独が、オペラで表現されたことがあったでしょうか。
ここで歌われるフィリッポのアリアは、イタリアオペラを歌う全バス歌手が取り組む、ヴェルディ史上最高の音楽の1つであると言えます。
ちなみにヴェルディは晩年、この歌をよく口ずさんでいたそうです。
やがて奥から、宗教裁判長が現れます。

90歳で盲目のこの方、固有名詞もなく、物語も後半になってからの登場ながら、何とも言えぬ威圧感とインパクトのある音楽と共に登場してきます。
いわゆるラスボス感があふれ出んばかりです。
ここからなんと、世にも珍しいバス同士の二重唱が歌われます。
反逆した息子カルロをどう処罰するか、フィリッポは迷っていました。
裁判長は、
「国の平和の為なら、たとえ息子であろうと、反逆者には死あるのみですぞ」
と、王を促します。
そして裁判長は続けます。
「カルロ王子の企みなど子供の遊び。もっと重大な反逆者がおる。
陛下、そなたの友人であるあやつのことです」
それはロドリーゴのことです。
フィリッポは、ロドリーゴを殺したくはありません。
「あの者はやっと見つけた友なのです」
「友?我々カトリックの王たるあなたを脅かす者は生かしてはおけませぬ。
従えぬなら、国王、今度はあなたも宗教裁判にかけられることになりますぞ」
と脅しをかけてくるので、フィリッポは屈服し、裁判長に従うことになります。
この時代のヨーロッパ、とくにスペインでは、俗世の王よりもカトリックのリーダーの方が、強い権力を持っていたことが示されます。
しかしフィリッポ、息子カルロよりもロドリーゴの死の方がこたえるようです。
何とも悲しい親子関係です。
裁判長が部屋を去ると、入れ替わりに王妃エリザベッタが駆け込んできます。
「私の小箱が盗まれました!」
第1幕でカルロから渡されたあの宝石箱、その中にはカルロの肖像が入っていましたね。
フィリッポは冷たく言います。
「その箱なら、ここにあるぞ」
「何ですって!」
そしてフィリッポが箱をこじ開けると中から、カルロの肖像が見つかってしまいます。
「何だこれは!カルロの肖像じゃないか!」
「はい、ですが、私は潔白です!」
しかしフィリッポはエリザベッタの不倫を疑います。
責め立てられたエリザベッタは気を失って倒れてしまいます。
「誰か王妃を助けてやれ!」
駆けつけてきたロドリーゴとエボリ公女。
エリザベッタの部屋から小箱を盗んで王に渡したのは、エボリの仕業でした。
カルロがエリザベッタを想っていることの嫉妬からしてしまったことですが、エボリはここまでエリザベッタを追い詰めてしまったことを後悔しています。
フィリッポも、王妃を疑って感情的になじってしまったことを既に後悔しています。
やがて目を覚ましたエリザベッタと、ロドリーゴ、フィリッポ、エボリの四重唱となります。
ロドリーゴは祖国スペインの未来のため、命を捨てる覚悟をしたようです。
フィリッポとロドリーゴが出て行くと、エボリはエリザベッタの足元に身を投げて、懺悔します。
「あの小箱は…私が盗みました」
「あなたが!」
「カルロ様をお慕いしているゆえの、嫉妬からだったのです。そして、もう一つ私には罪があります…。
国王陛下に迫られて…、私、断れず、、過ちを犯してしまいました…!」
エボリは王フィリッポの愛人だったのです。
「この宮廷を出てお行きなさい。亡命でも、尼になるでも、自分で選びなさい。」
エリザベッタはエボリにそう言い放つと、部屋を出て行きます。
1人残ったエボリは自分の美貌を呪って、ドラマティックなアリアを歌います。

・第2場(4幕版の第3幕第2場)
王宮の地下牢。
王に剣を向けた罪でドン・カルロが牢屋に入れられています。
カルロがいる牢にロドリーゴがやって来ます。

カルロは力なく、ロドリーゴが来てくれたことに対して礼を述べますが、ロドリーゴは
「反逆者はあなたではありません、私になりました。」
ロドリーゴは、第3幕第1場の最後、カルロから重要書類を預かりましたが、それらの書類を偽造して、反逆を企てたのはロドリーゴであるかのように見せかけたのです。
「恐らく自分は殺されるでしょう。
私が死んだら、フランドルのことはカルロ様、あなたに託します。」
その時、背後から銃声が響き渡ります!倒れるロドリーゴ。
既に裁判長や王の差し向けた暗殺者たちがロドリーゴを狙っていたのでした…。
瀕死のロドリーゴは最後の力を振り絞り、カルロに語り掛けます。
「母君(エリザベッタ)が、あなたをサン・ジュスト修道院でお待ちしています…。」
ここでもまた友情のテーマが聴こえてきます。
そしてロドリーゴは、親友カルロの腕の中で息絶えます。
ここまでのロドリーゴのアリアもまた、ヴェルディ・バリトンの名曲の1つに数えられています。
そこに王フィリッポと貴族たちが入りこんできます。
ロドリーゴを死に追いやった父親をなじるカルロ。
フィリッポも、カルロの言葉から、ロドリーゴはやはり反乱など企んでいなかったと気づき、彼の死を嘆きます。

そこに民衆たちがなだれ込んできます。
彼らは王子カルロを解放するよう王に要求します。
騒ぎの隙に、変装したエボリ公女がカルロを逃がします。
民衆たちをあおったのも、エボリが仕組んだことでした。
せめてもの罪滅ぼしというわけですね。
あわや民衆たちの反乱となるかというところへ、宗教裁判長が厳かに登場します。
「何と言う冒涜だ!王の前に全員跪け!!」
みな、勢いを削がれて、その場に跪きます。なんという権威とオーラなのでしょう。
民衆も貴族も王を称えることとなり、第4幕が終わります。
<第5幕>(4幕版の第4幕)
第2幕と同じサン・ジュスト修道院。
前の幕の翌日の夜。
エリザベッタが、亡くなった王カルロ5世の墓前で祈りを捧げています。

王子ドン・カルロがもうすぐここに来る…。
幸せだったフランスでのことを思い出しつつ、人生の悲しさ虚しさ、そういった感情を歌ったこのアリアも、ヴェルディ・ソプラノの重要なレパートリーとなる1曲です。
そこへ王子ドン・カルロが現れます。
ロドリーゴの遺志を継いで、カルロはフランドルへ旅立とうとしています。
カルロとエリザベッタは、最後の別れを告げ合います。
それまでとは違った、大人同士の二重唱、といった感があります。
ところが、二人が別れの抱擁を交わした直後、王や宗教裁判長、部下たちが墓所になだれ込んできます。
王フィリッポは、カルロを捕まえるよう衛兵たちに命じます。
剣を抜いて抵抗するカルロ。
その時!
カルロ5世の墓があるところの扉が開き、中から、第2幕でカルロ5世の声そっくりに歌っていた修道士が出てきます。
ですが、楽譜のト書きにはこうあります。
”カルロ5世のマントと王冠を着けている”

カルロ5世の声を聞いたフィリッポや宗教裁判長は恐れおののきます。
そしてカルロ5世、とおぼしき修道士はドン・カルロを連れて、扉の奥へと姿を消していくのでした…。
これで、オペラ全体の幕が下ります。
いかがでしたでしょうか。
このラスト、その解釈をめぐっては様々な説があります。
修道士の声がカルロ5世に似ているのはたまたま、
いや、修道士にカルロ5世が乗り移った、
はたまた、カルロ5世は実は死んでおらず、修道士に身をやつしていた、
いやいや、カルロ5世の声を借りた神そのものである、
また王子ドン・カルロに関しても、
修道士にかくまわれてこの後助かった、
いやいや、王子ドン・カルロは死んで、天に昇っていくことを表現している、
カルロ5世の亡霊により、死後の世界に引っ張られていった、
何だかよくわからないけど何かしらの奇跡が起きた、、
最後のはちょっとヤケクソ気味ですが、このように劇を突然終わらせる手法は、”デウス・エクス・マキナ”、日本語で”機械仕掛けの神”といって、ギリシア神話劇などでもよく見られます。
ごく簡単に言うと、こんがらがったストーリーをぜーんぶ神様、あるいは神様的な自然や人間を超越した存在が、まるっと無理矢理回収して終わっちゃう、ということですね。
演出家の腕も試される、観る方も最後までどのように解釈するかを楽しみにできる、そんなラストシーンとなっています。
そしてこのオペラ「ドン・カルロ」。
ちゃんとしたソロが与えられている役が何人もいて、それぞれに葛藤を抱えていて、結局誰の望みも叶うことがない。
文字だけで見ると何とも悲しいのですが、悲しいながらも何とも美しい、時に心をえぐるぐらい激しくドラマティックな歌と音楽によって、ヴェルディ随一の大作、傑作オペラとなっています。
色々なヴァージョンがあるこの作品ですが、細かいことは気にせず、まずはお好きな歌手や指揮者の録音や映像などから観て聴いてみてください。きっと極上のオペラ体験となること、間違いありません。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
参考文献(敬称略)
小畑恒夫「ヴェルディ 人と作品シリーズ」「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」
ジュゼッペ・タロッツィ「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳
永竹由幸「ヴェルディのオペラ」
髙崎保男「ヴェルディ 全オペラ解説」
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