オペラ全曲ざっくり解説の文字起こしです。
聴きながら読むと分かりやすい! 音声はこちら↓

こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラ全曲をざっくり解説して参ります。
オペラって面白いですよ!
今回は、ヴェルディ作曲「イル・トロヴァトーレ Il Trovatore」ストーリー編です。
激アツオペラ「イル・トロヴァトーレ」のストーリー解説どうぞご覧ください。

イル・トロヴァトーレ
全4幕
時は15世紀初頭。最近の楽譜には1409年と表記されています。
登場人物
ルーナ伯爵:スペイン北東部、アラゴンの貴族
レオノーラ:アラゴン王妃に仕える女官
アズチェーナ:ジプシーの女性
マンリーコ:騎士で、吟遊詩人(トロヴァトーレ) アズチェーナの息子、として育ったが実は…
フェルランド:ルーナ伯爵の家臣
そのほか
<第1幕>
・第1場
このオペラには序曲も前奏曲もありません。いきなり始まります。
ここはスペインのアラゴンにあるアリアフェリア宮殿の中
アラゴンの貴族ルーナ伯爵は、王妃に仕える女官のレオノーラに恋をしていました。
伯爵はしばしば、レオノーラに会って愛を告げようと、夜、彼女が住んでいる建物のバルコニー付近に来ていました。
一方レオノーラには、恋する人が別にいました。それは、騎士で吟遊詩人のマンリーコ。
マンリーコはかつてこのバルコニー近くに現れて、レオノーラへの愛を素敵に歌ったので、伯爵はライバル心を燃やしていました。
今夜も伯爵の護衛の為、家臣フェルランドはじめ大勢の男たちがバルコニー付近を見張っています。

部下たちに
「隊長、眠気覚ましに何かお話してください」
と頼まれたフェルランドは、伯爵家の昔話を始めるのでした。
曰く
先代の伯爵には2人の息子がいた。
兄は今の伯爵として育った。
しかし弟の方は…
ある日幼い弟君が眠っていると、そこに突然ジプシーの老婆が現れ、じっと弟君の顔を見つめていたので、横で添い寝していた乳母が驚き声を上げ、この老婆は捕らえられた。
老婆は星占いをしたかっただけ、と言ったが、やがて弟君は病気になってしまわれた。
ジプシー老婆が妖術をかけたに違いない、とされて、この老婆は火あぶりにされた。
ところがこの老婆には娘がいた。
老婆が火あぶりにされる中、弟君の姿が消えた。
老婆の娘がさらったようで、懸命に捜索すると、なんと老婆を焼いた炎が灰になったところから、子供の骨が見つかった…!
ジプシー老婆の娘が母親の復讐にと、弟君を火に放り込んでしまったらしい!
それ以来その娘は行方知れず。
しかし、先代の伯爵は”弟君が生きている”と予感して、死に際して、弟を探すよう今の伯爵に遺言された。
この話を聞いた部下たちは恐ろしや!その娘に復讐を!となります。
・第2場
その夜、宮殿の庭。
女官のレオノーラが、侍女と会話しています。
「かつて御前試合で優勝したあの方、それ以来お会いしていなかったけれど、ある夜、外から私の名前を歌う声が聞こえた。バルコニーへ出て見ると、それはあの方だった!あの方の為なら私は死ぬことだっていとわない!」

このような内容のアリアを歌い、レオノーラは自分の部屋へ入っていきます。
入れ替わりに、ルーナ伯爵が庭へ姿を現します。
伯爵はレオノーラへの想いを抑えきれず、直接アタックしに行こうというようです。
そこへ、舞台裏からテノールの歌声、吟遊詩人トロヴァトーレであるところのマンリーコが、レオノーラへの想いを素敵に歌い上げます。

伯爵は恋のライバルへの嫉妬心がめらめらと燃えています。
自分への歌を聴いて飛び出してきたレオノーラ、
「お待ちしておりました!あなたの腕の中で、この愛を!」
と言いながら、レオノーラはマンリーコと見間違えて、ルーナ伯爵の腕へ飛び込んでいきます。
「え、あ、どうしよう。」一瞬戸惑う伯爵w
そこへ姿を現したマンリーコが
「この女、裏切るのか!」
と声を発し、それに気づいたレオノーラはびっくりして、自分が間違って伯爵に抱き着いてしまったことに気づいて、マンリーコに謝ります。
「暗闇のせいで、間違えてしまいました!」
これだけ聞くと、何やってるのレオノーラ、と思うのですが、結論から申し上げましょう。
マンリーコとルーナ伯爵はそっくりなのです。
夜の闇の中では区別できないほどに。
なぜなら、マンリーコこそが、先ほどフェルランドが兵士に語っていた、幼い頃から行方不明となっている伯爵の弟だったのです。
では、老婆の娘が投げ入れた赤子は、骨となって見つかったのは誰だったのか。
後ほど判明しますが、これも結論を言うと、老婆の娘アズチェーナの実の子どもだったのです。詳しくは後ほど。
マンリーコが名を名乗ると、ルーナ伯爵は
「血迷ったか!貴様は敵方ではないか!」
と言います。
この時代、スペインでは内乱が起きており、ルーナ伯爵とマンリーコは、お互い敵対する勢力に属していました。
まさか生き別れの兄弟が相手とは気づかず、非常にかっこよい三重唱が歌われた後、レオノーラをめぐって剣を抜き、決闘が始まります。
レオノーラはその場で気を失ってしまいます。
ここで第1幕が終了します。
<第2幕>
・第1場
山の中にあるほら穴に、ジプシーたちが住み家を作っていました。

そこでは鉄槌の音が響き渡り、鍛冶(鉄で何か作る)の仕事をしています。
ここで歌われる合唱曲はアンヴィルコーラスといって、とても有名な1曲です。
すると、その場にいたアズチェーナというジプシー女性が、自分の母親が火あぶりになったさまを歌います。

このアズチェーナが、伯爵家で火あぶりに処されたジプシー老婆の娘です。
そのかたわらには、マンリーコが居ます。彼は、アズチェーナの息子として育ちました。
第1幕の決闘ではマンリーコがルーナ伯爵を追い詰めたのですが、とどめを刺すことをせず、そのあとマンリーコの勢力とルーナ伯爵の勢力とで戦になり、マンリーコはそこで傷ついて倒れ、伯爵やレオノーラはマンリーコが死んだ、と思っています。
ところがマンリーコは生きており、アズチェーナが介抱してケガがある程度回復し、この山に身を寄せています。
周りのジプシーたちが出かけて、マンリーコとアズチェーナだけになり、マンリーコはアズチェーナに、アズチェーナの母、マンリーコには祖母に当たる人の話を詳しく聞かせてくれ、とせがみます。
アズチェーナの母は、伯爵家の人々によって火あぶりとなり、
「敵を取ってくれ!」
と、アズチェーナに向かって叫んだ。
「そして私は伯爵家の子どもをさらってやった。
子供は泣き疲れていて、胸が張り裂けそうだったが、亡霊たちの声がして、とうとう私はその子供を火の中に…!
気が付くと、私の前には、、、伯爵の子どもがいた!
私は…、そこに連れてきていた自分の子どもを焼いてしまった!
我が子を火の中に入れてしまった!!」
マンリーコは驚き、そして疑問を抱きます。
「何だって!え、じゃあ、俺は一体誰なんだ?」
「いや、お前は私の息子だよ、気が動転して、余計なことをしゃべっちまった。気にしないどくれ。
それより、どうして決闘で伯爵にとどめを刺さなかったんだい?」
マンリーコは決闘で伯爵には勝っていたのに、とどめを刺せなかったのです。
「わからない…、何か不思議な衝動が起きて、殺してはいけない、という気がして…。」
…それは兄弟だからなのですねー。マンリーコは最後まで自分が伯爵の弟だとは、気づきません。
そこへ伝令がやって来て、レオノーラが、マンリーコが死んだと思って、修道院に入ろうとしていると知らせてきます。
現代ではイメージしづらいかもしれませんが、この時代、修道院に入る、ということは、もう誰とも結婚もせず、世を捨てて神様への祈りのみに生きる、いわば世捨て人に近い状態になるということを意味していました。
マンリーコはアズチェーナの制止を振り切って、レオノーラのもとへ駆けつける決心をします。
・第2場
修道院の中庭。
ルーナ伯爵が現れます。
レオノーラが修道院に入るのを食い止めようと、部下たちを連れて、レオノーラをさらってしまおうとしています。

その行動は若干残念な伯爵ですが、でも彼は、レオノーラが愛しているマンリーコにそっくりなわけですから、姿も音楽もカッコよくなくてはいけません。ここで歌われるアリアも、非常に素敵な1曲です。
祈りの声が聞こえ、修道院に入ろうとするレオノーラの前に立ちはだかる伯爵!
レオノーラや修道女たちが驚きます。
ところがその直後、(死んだはずの)マンリーコが現れ一同、さらなる驚き!
レオノーラは喜び、伯爵は悔しがる。
全員によるフィナーレとなり、マンリーコは彼の部下たちの協力で、レオノーラを連れて去っていきます。
ここで第2幕終了です。
<第3幕>
・第1場
伯爵の陣営で
いよいよ本格的な戦闘が開始されるのを前に、伯爵率いる兵士たちが勇壮な合唱を歌います。

ルーナ伯爵がマンリーコに奪われたレオノーラのことを想っていると、部下のフェルランドが、怪しいジプシー女を捕まえた、と報告してきます。
それは、アズチェーナでした。
尋問するうちに、この女こそ、伯爵の弟を連れ去って火にくべたジプシー女であると、伯爵たちは気づきます。
そして、アズチェーナは思わず、
「マンリーコ、私の息子よ、助けておくれ!」
と叫ぶので、一同は彼女がマンリーコの母親だともわかり、
「よーし、この女もあの老婆と同じく、火あぶりにしてやる!そうすればマンリーコもおびき寄せられるだろう」
と、アズチェーナが火刑台に引き立てられて、この場面が終わります。
・第2場
伯爵と敵対する勢力の城の中で
マンリーコがレオノーラへ、愛しいあなたが私の伴侶となれば、私は一層強くなるだろう、と愛を歌います。
そして祭壇へ向かって結婚の誓いを立てようかという時、部下が駆け込んできます。
アズチェーナが捕らえられ、今にも火あぶりにされそうになっているとのこと。
なんだって!
レオノーラに、そのジプシー女性は自分の母親だ!と告げるマンリーコ。
そして、母を救いに行く決意を歌います。

ロマン派イタリアオペラにおいて、歌手一人で歌われる正式なアリアは、2部構成になっています。
前半がゆっくり目のテンポで繊細に歌われるカヴァティーナ、後半がいきいきとしてずんじゃかっちゃっちゃっちゃという伴奏で歌われるカバレッタという形式なのですが、この場面でマンリーコが歌うカバレッタ「あの火刑台の恐ろしい炎」は、テノールが歌うカバレッタの中で恐らく最も有名で、多くのオペラファンの皆様は、「イル・トロヴァトーレ」を鑑賞する際、この場面を楽しみにしてこられると思います。
この曲で第3幕が終わります。
<第4幕>
・第1場
ハチャメチャにかっこいい曲で出陣したマンリーコは、、戦に負けてしまい、捕らえられてしまいました…。
そのマンリーコを救うため、レオノーラが夜、伯爵の宮殿内へとやって来ます。
レオノーラがマンリーコへの想いを歌うと、牢獄の塔から、レオノーラへの別れを歌うマンリーコの声が聞こえてきます。
レオノーラは、もはや自分の命を懸けてでもマンリーコを救うという決意を歌います。(→ここの決意の歌はカットされることもあります)
ルーナ伯爵が、マンリーコは打ち首、アズチェーナは火あぶりに、と部下に指示を出しながら登場します。
そんな伯爵の前に姿を現すレオノーラ。
彼女はマンリーコの命乞いをしますが、聞き入れない伯爵。
レオノーラはついに、
「私の身をあなたに捧げます。」
と言うので、伯爵は
「本当だな?…おい!」
と部下を呼んで、部下に耳打ちします。
その間に、レオノーラは、伯爵から離れたところで、指輪に仕込んだ毒を飲み込みます。
そして、「あなたが抱くのは私の死体よ」
とつぶやきます。
覚悟した通り、彼女は自分の命と引き換えにマンリーコを救うことができる、そのことに喜ぶレオノーラ。
そうとは知らず、レオノーラがとうとう自分のものになる、と喜ぶ伯爵の二重唱でした。
・第2場
フィナーレです。
夜、塔の中の牢獄で。

アズチェーナとマンリーコがともにいます。
アズチェーナは、自分の母親と同じように自らも火あぶりにされることを恐れています。
マンリーコはそんなアズチェーナを慰めます。
アズチェーナは、「故郷のあの山に帰ろうよ」
とマンリーコと共に歌います。
やがてアズチェーナが眠りにつくと、物音が。
やってきたのはレオノーラ!
「あなたを救いに来ました!さあ逃げて!」
「あなたが?では、貴女も一緒に!」
「いえ、私は残らなくてはいけません」
「何ですって!」
マンリーコは、レオノーラが自分の身を伯爵に差し出すことと引き換えに自分の命を救った、ということに気づいて腹を立てます。
「恥知らずな!それなら俺はここに残ります!」
「そんな!早く逃げないと!」
「いやだ!」
そんなやり取りの中、アズチェーナが寝言なのか、先ほどマンリーコと歌った、故郷を懐かしむ歌を歌っています。
そうこうしているうちに、レオノーラの身体に毒が回り切ってしまいました。
レオノーラが弱っていくのを見て、ようやく彼女の真意を察したマンリーコ。
「なんてことをしたんだ!」
その様子を、途中からルーナ伯爵も見てしまい、レオノーラが自分に嘘をついていたことに気づきます。
やがてレオノーラは息絶え、悲嘆にくれるマンリーコ。
一方、激怒した伯爵は即刻、マンリーコを連行させて、処刑を実行するよう命令します。
目を覚ましたアズチェーナが
「息子はどこ?」
と伯爵に尋ねると、
「死に向かっている」
「おやめ!話を聞いて!」
「うるさい、窓を見ろ!」
外では、マンリーコの処刑がついに実行されてしまいます…!
「奴は死んだ!」
「あれは、、お前の弟だったのだ!!」
「なんだと!!」

そしてアズチェーナは
「母さん、仇は取りました!!!」
と叫んで、窓辺で倒れます。
伯爵は絶望のうちに「それでも俺は生きていくのか…!」
こうして、オペラ全体の幕が下ります。
いかがでしたでしょうか?
このオペラを貫いているイメージは、炎だと思います。
火あぶりの炎、戦いの炎、ジプシーたちの仕事で鉄を打つ時の炎、そして愛の炎。
音楽も、時に激しい炎、時にマグマのように奥底で煮えたぎる炎、常に燃えています。
ヴェルディ先生のおっしゃる通り、アズチェーナの人物造形には非常に興味深いものがあります。
彼女は母親の仇を打ちたいと思いつつ、その敵方の子どもを自分の子マンリーコとして育てていくうち、情が移り、ラストシーンでマンリーコが殺されてしまったことを嘆くと同時に、伯爵家への復讐が叶ったことで、相反する感情が爆発して、倒れてしまいました。
もちろん、自分の命と引き換えに恋人を救う自己犠牲が無駄になってしまうレオノーラ、ヒロイックに戦い命を落としていくマンリーコ、気づけば愛する人も弟も失ってしまったルーナ伯爵。
それぞれのキャラクターと運命、そしてそこにつけられた音楽がこれほど濃厚な作品は、これまでの歴史上、数少ないのではないでしょうか。
キャラクター全てが濃いという点で、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」( ① https://tenore.onesize.jp/archives/135 ② https://tenore.onesize.jp/archives/136 ) が唯一これに匹敵する、とする評論家の先生もいらっしゃいます。
※ドン・ジョヴァンニはモーツァルトの父親の死が影響を与えているという説があり、アズチェーナがヴェルディの母親の死の直後に書かれて、その死が影響を与えている可能性がある、という点も、この濃厚な2作品に共通しています。
ド派手なイタリアオペラの最高峰、「イル・トロヴァトーレ」ぜひ皆さん観て、聴いてください。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
参考文献(敬称略)
小畑恒夫「ヴェルディ 人と作品シリーズ」「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」
ジュゼッペ・タロッツィ「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳
永竹由幸「ヴェルディのオペラ」
髙崎保男「ヴェルディ 全オペラ解説」
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