オペラ解説:ヴェルディ「イル・コルサーロ(海賊)」成立から、あらすじまで

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オペラ「イル・コルサーロ(海賊)」解説 - テノール歌手:髙梨英次郎のトークです | stand.fm
ヴェルディ13作目のオペラ「イル・コルサーロ(海賊)」の解説です。 文字起こししたブログはこちら↓ 0.00〜 概要 1.15〜 作曲の経緯 6.51〜 内容、第1幕 9.46〜 第2幕 13.11〜 第3幕 参考文献(敬称略) 小畑恒夫「...

こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラをざっくり解説していきます。
オペラって面白いですよ!


今回は、ヴェルディ作曲13番目のオペラ「海賊 イル・コルサーロ」です。
ヴェルディの先輩作曲家ベッリーニの作品にも「海賊」という作品はあるのですが、あちらはイタリア語では「イル・ピラータ」
ピラータは、英語で言うパイレーツのことで海賊の総称です。
コルサーロは国家公認の海賊で、ある国家から許可証をもらって、その国家と敵対する国や勢力に海賊行為を働いて、そこから得た収益の一部を納めるみたいなことだそうです。
ここでは、「イル・コルサーロ」で統一します。
演奏時間が短く、それでいてオペラの魅力がギュッと詰まった、興味深い一作です。


まずは作曲の経緯についてお話します。
前作「イェルサレム」( https://tenore.onesize.jp/archives/95 ) の初演を終えたのが1847年11月末でしたが、それより前、1845年ごろに、この「イル・コルサーロ」の原作が、次回作の題材として検討されていました。
原作を書いたのは、イギリスの天才詩人バイロン。ヴェルディのオペラでは6作目「二人のフォスカリ」( https://tenore.onesize.jp/archives/89 ) 以来、2回目です。

Lord Byron

この頃の音楽業界で、劇場以上に力を持っていた、今も持っている?、音楽家にとって最も重要な品を取り扱う業者が、楽譜出版社です。

ベッリーニ、ドニゼッティ、ヴェルディ、やがてはプッチーニとほぼ独占契約を結んでいたのが、リコルディという会社です。今もミラノに本社があります。
ヴェルディもデビュー当初からリコルディと深い関係にありました。
ですが、ヴェルディのある作品がリコルディの音楽雑誌で悪く言われたことがあったり、ヴェルディとしても契約交渉において自分の立場を有利に進めるためにも、ヴェルディはここらで、別の出版社とも契約をすることにしました。
それが、リコルディから独立したルッカ氏による、ルッカ社です。
なのですが、このルッカ氏やその奥様、ヴェルディとは人間的にあまり相性が良くなかった模様で、ヴェルディだんだんと、この出版社との付き合いがイヤになってきてしまいます。
他のことで忙しくなったヴェルディは、お金払うから契約解除してくれないか、と頼むのですが、ルッカ社は、いいえ、絶対に新作をお願いします、と言ってきて、ヴェルディは不満を高めます。
「イル・コルサーロ」の台本は、ヴェルディの忠実なしもべ、のようにいい人でお馴染みのピア―ヴェ君に頼んでいました。

Piave

ただ、「イル・コルサーロ」を依頼されて、ある程度完成させてからも、一向にヴェルディが作曲を進めている様子がないので、ピア―ヴェは
「あのー、『イル・コルサーロ』もうおやりにならないなら、他の作曲家に回しちゃってもいいですか…?」
とお伺いを立てたところ、ヴェルディからは
「この作品はしっかり構想を練っています。それを諦めろとおっしゃるのですか?頭がどうかしているんじゃないか?医者に診てもらいなさい!」
と、ブチ切れられてしまいました。あわれピア―ヴェ君w
ですが、やはり「イル・コルサーロ」は放置されたまま時がたち、1847年末、パリにいるヴェルディのもとに、ルッカ社から催促が来たので、ようやく取り掛かることになります。
気分的にはあまり良くない状態で書かれた「イル・コルサーロ」はともかく完成して、

「このオペラをどこでどのように上演するか、ルッカ社にお任せします」

という、ヴェルディとしては珍しい、ほとんど投げやりともとれる内容の契約を交わして、お金を受け取り、もう二度とルッカとは仕事をしない!と決意したヴェルディでした。
「イル・コルサーロ」は当初、ヴェネツィアで上演される予定でした。
ところが、1848年2月にパリで、世界史的大事件「2月革命」が勃発して、それがヨーロッパの各都市に広がり、ヴェネツィアもオーストリア政府を追い出して共和制になったりと、不安定な情勢になっていたので、ヴェネツィアでの上演が出来なくなりました。

秋になって活動を再開したルッカ社は、イタリアの東の一番はじっこの街トリエステで「イル・コルサーロ」の初演を行う契約を取り付けました。

Trieste Teatro Verdi

1848年10月25日、トリエステ・グランデ劇場、ヴェルディ35歳。

Verdi

ルッカと顔を合わせるのがよほど嫌だったのでしょうか、ヴェルディ、初演やその練習に立ち会うこともありませんでした。
これはヴェルディがオペラデビューしてから、初めてのことです。
初演は成功とはいえず、3回の上演で打ち切られてしまいました。
やはり初演にヴェルディ本人が来ていない、というのは、トリエステの人々にとって、良い感情を持たれることはなかったようです。
それでも、この作品、決してやっつけ仕事の失敗作ではありません。
初演が失敗したのは、ヴェルディが初演に際して、演奏者たちに音楽の意図をじゅうぶんに伝えられなかったということも原因なのでしょう。
その後もリバイバル上演は現在に至るまで行われています。


それでは、オペラ「イル・コルサーロ 海賊」の内容に移って参ります。
 

「イル・コルサーロ」
全3幕
時は19世紀初頭
登場人物
コッラード:海賊の首領
メドーラ:コッラードの恋人
セイド:トルコの太守(領主)
グルナーラ:セイドの愛する奴隷女
以上が主要人物です。
不協和音も使った激しい音で始まる前奏曲。
クラリネットのソロがはさまり、ドラマティックにオペラが始まります。


<第1幕>
場所はエーゲ海のとある島の浜辺で。


そこに海賊たちの勇ましい合唱が聞こえてきます。
彼らはトルコのイスラム勢力を敵としていて、海賊として攻め込む準備をしています。
首領のコッラードが現れます。

Image of Corrado

社会への復讐から海賊になった自分、そして初恋の美しい思い出を歌うアリアです。
そこへ部下たちが、ギリシャに放ったスパイからの手紙を持ってきます。
それを読んだコッラード、部下たちに、

「武器を取れ!トルコへ攻め込むぞ!」
と、げきを飛ばし、皆も奮い立ちます。
場面変わって、浜辺にある古い塔の一室。

コッラードの恋人メドーラが、コッラードの身を案じつつ待っています。
ハープを手にして、ソロを歌います。
そこへコッラードがやって来て、喜ぶメドーラですが、コッラードは

「またすぐに出発しなくてはいけない」
と言うので、メドーラは嘆き、

「あなたに二度と会えなくなってしまう気がするの!」
と、引き留めようとします。


それでも出港準備ができた合図の大砲が鳴るので、コッラードはメドーラを振り切って去ってしまいます。
悲しみのあまり、失神してしまうメドーラでした。
これで第1幕が終わります。


<第2幕>


トルコの太守セイドのハーレム、後宮で、女たちがグルナーラという女性の美しさを褒めたたえています。
しかし、当のグルナーラは

「地上で私ほど不幸な人はいない。セイドは私を愛してるけど私は大嫌い!」
と、いかに宝石とか何不自由ない暮らしを得ても、ここには、いわば誘拐されてきたので、セイドを憎む気持ちしかありません。
故郷を想って、アリアを歌います。


そこに一人の宦官が来ます。
宦官とは、中国の歴史にも出てくる、高貴な人のお世話をする、大事なところを切断した男性の役人です。

「グルナーラ様、セイド様の祝宴があるので、おいでください。」
グルナーラは、嫌々ながらも承知して、やるせない気持ちをさらに歌います。

Image of Gulnara


場面は、トルコの港にある、あずまや。
イスラム教徒たちが勇ましく、海賊たちを倒そう!と歌います。
太守のセイドも現れ、アッラーへ祈りを捧げます。

Image of Seid

そこへ1人の僧侶が海賊から逃げてきたということで、連れてこられます。
実は、その僧侶は変装した海賊コッラード。
セイドに、海賊たちは油断してますよ、というようなことを話します。
すると、まばゆい光と共に、海賊たちがイスラム教徒たちの船を燃やしにかかります。
それを合図にコッラードは変装を脱ぎ捨てて、海賊たちを鼓舞します。
「いけーー、みんな!」
突撃した海賊たちはトルコの兵を追い払い、後宮からグルナーラをはじめとする女たちを連れてきます。
この辺の音楽はとてもかっこよく、うまく演出されれば、パイレーツ・オブ・カリビアンみたいなシーンになります。
しかし、いったん退いたかに見えたトルコ兵たちは、逆に海賊たちを取り囲んで、コッラードは捕らえられてしまいました。
セイドが
「勇敢なやつだ。たくらみは良かったが、運はお前に味方しなかったようだな。」
と言うのですが、コッラードは死を前にしても、

「殺すなら殺せ」

と、堂々としています。

その様子に、グルナーラは恋心を抱いてしまいます。
彼女や後宮の女たちはセイドに、どうかお慈悲を!
と頼みますが、コッラードは死刑に処されることになります。
全員で歌われるフィナーレとなり、第2幕が終了します。


<第3幕>

太守セイドの部屋で。

Image

セイドが、物思いにふけっています。
グルナーラを奪われずに済んでほっとしているものの、彼女から本当には愛されず、それでも彼女を愛さずにはいられない、と苦悩するアリアを歌います。
そこへやってくるグルナーラ。二重唱です。
明日、海賊コッラードを処刑するというセイドにグルナーラは、

「どうでしょう、殺すより生かしておいた方が、身代金とかもらえるかもしれないですよ?」
と、なんとかコッラードの命を救う方へ持っていこうとします。
ですが、セイドは感づいてしまいます。

「おーまえ、あの海賊に惚れたな?ふざけるな!お前の身分を一番下の奴隷に落としてやるからな!覚悟しろ!」
と激怒して、グルナーラを脅して、去っていきます。

脅されたグルナーラも、静かに怒りをたたえています。


場面は牢獄
コッラードが、出発する自分を引き留めようとしたメドーラのことを想って、ソロを歌います。

「可哀そうなメドーラ!俺が死んだと聞いたら、彼女もショックで死んでしまうんじゃないだろうか…。」
「2人のフォスカリ」でも出てきた、牢獄のテノール、がここでも描かれています。
そこにグルナーラがそっと入ってきて、コッラードを逃がそうとします。
しかし、コッラードは海賊なのですが、どこかに騎士道精神も持った人なので、逃げることをためらいます。

また、残してきた女性の存在を明かします。
初めてグルナーラはコッラードに恋人がいることを知って、

「え、、、あ、そういう方が、いらっしゃったのね…。」
と、結構なショックを受けます。
コッラードが
「あなたは太守の愛人では?」
「あの野蛮人の!?いいえ、私は単なる奴隷です!私はあなたを自由にしたいのです!使用人や兵士は買収してありますし、セイドはいま眠っています。寝ているところをこの短剣で刺し殺してやって!」
「いやー、、それはちょっと卑怯でしょう…。俺はここに残ります。」
「何言ってるんですか、いいから早く、来て!」
「いやー、ここで運命に身を任せますわ。ほっといてください。」
「あ、もうはい、わかりました」
と言って部屋を出て行くグルナーラ。
何をしに行ったかと思えば、雷鳴と共に戻ってきたグルナーラ。
「私がやってきました。セイドは死にました」
ええええ、すごい人!まるでマクベス夫人!( https://tenore.onesize.jp/archives/93 )
と思ったら、このグルナーラを初演したのは、マクベス夫人も初めて歌った、マリア・バルビエ―リ・ニーニというソプラノ歌手でした。
こういう激しい女性を演じるご縁のある方だったのですね。

とはいえグルナーラは、レディ・マクベスほど野望のある女性ではありません。

かなり憔悴しています。
こうなったら仕方がない、コッラードも決心して、二人でそこから脱出してきます。


最後の場面は、第1幕と同じ、エーゲ海の海辺へ。
先に逃げてきていた海賊たちを相手に、メドーラが悲嘆にくれています。

Image of Medora


彼らが戦いに負けたことを知って、コッラードは死んでしまったと思っていたのでした。
彼女は悲しみのあまり、毒を飲んでしまいます…。(演出によっては描かれないことも)
するとそこへ、コッラードとグルナーラを乗せた船が到着します。
「ああ、コッラード!生きていた!良かった!…、となりで泣いていらっしゃる女性はどなた?」
「この人は自分の危険も顧みず、俺を救ってくれた人でね。命の恩人だよ」
「まぁ、ありがとうございます!」
でも複雑な心境のグルナーラ…。
「いえ、私はそんな、敬意をいただくような資格はありません。彼を救ったのは、哀れみではなく、愛情からですから」
「え、、あなたも彼を愛しているの?」
「そうです!無駄だと分かっていても…。」
「そうなの。……、ああ、私、もう死んでしまいます」
「どうしたんだメドーラ!」
「私、あなたが死んだと思って、もう生きていけないと思って…。」
「何を言っているんだ、メドーラ!」
毒が身体に回ってしまいました。。
そして息絶えるメドーラ…。
「うわああああああああ!!」
ショックのあまり、コッラードは自ら、海へとその身を投げてしまいます!!
それを見て、気を失ってしまうグルナーラでした…。
以上でオペラ「海賊 イル・コルサーロ」全体の幕が下ります。


いかがでしたでしょうか?
悲劇ですねー。これぞロマン派、といった悲劇です。
グルナーラの気持ちを思うと何ともやるせない、切ない、つらい最後なのですが、もう音楽は素晴らしい!
ちなみにメドーラが毒を飲んだとは台本には書いていないのですが、時間差で死に至ることから、毒であろうと思います。
全体でも1時間40分くらいの短さ。
もっともっと上演されてほしい演目です。
皆さんもぜひこの作品に触れてみてください。


ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。


参考文献(敬称略)

小畑恒夫「ヴェルディ 人と作品シリーズ」「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」

ジュゼッペ・タロッツィ「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳

永竹由幸「ヴェルディのオペラ」

髙崎保男「ヴェルディ 全オペラ解説」

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