オペラ解説配信の文字起こしです。
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こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラ全曲を元気に、ざっくり解説して参ります。
オペラって面白いですよ!
今回は、ヴェルディ作曲「レニャーノの戦い La Battaglia di Legnano」です。
1176年、実際に起きたレニャーノの戦いという歴史的戦争を描いたこの作品は、ヴェルディの愛国的な、ヴィヴァイタリア!な路線の究極点、終着点となりました。

革命に揺れるヨーロッパの空気を反映しつつ、それまでの音楽的発展をとどめることなく、大変聴きごたえのある作品となっています。
「ナブッコ」( https://tenore.onesize.jp/archives/86 ) のような、若々しい、荒々しいまでの情熱、シンプルなズンジャカジャッジャッジャッというところから、だいぶ大人の表現になって、イタリア人たちの戦いと、愛の葛藤が描かれている作品です。
ぜひ聴いてみていただきたい作品です。
まずは作曲の経緯についてお話します。
1847年の時点で、パリにいたヴェルディ。
なかなかイタリアに戻らなかったのは、ジュゼッピーナ・ストレッポーニと深い仲になったこと(「イェルサレム」( https://tenore.onesize.jp/archives/95 ) の項参照)や、居心地が良かったこと以外にも理由がありました。
ヨーロッパ各地での革命の動きです。
前回も触れたように、1848年2月にパリで起きた「2月革命」を皮切りに、ヨーロッパの各都市で革命騒ぎが起きて、3月にはウィーンで「3月革命」、そしてついにミラノでも、オーストリア政府に対して市民たちが反乱を起こし、バリケードを築いて対抗します。
しかし、わずか5日間で鎮圧されてしまいました。
「ミラノの5日間」として有名な歴史的事件です。

このミラノをきっかけに、イタリア各地にその火は燃え移り、イタリア中が動乱の中にある、といった状況でした。
1848年5月にヴェルディはイタリアに戻ってきます。
鎮圧された後のミラノの様子も目にして、立ち上がった市民たちに対して、ヴェルディは熱い思いを抱きました。
革命前から決まっていた契約に、ナポリでの上演がありました。
台本を書くのは、8作目の「アルツィーラ」( https://tenore.onesize.jp/archives/91 ) を書いたベテラン作家、カンマラーノ。

この契約に向けての作品は、ぜひとも愛国的な、イタリア万歳!な作品にしたいということで題材の検討が進みました。
カンマラーノは、「トゥールーズの戦い」という戯曲の物語を拝借して、舞台をイタリアの歴史上有名な、1176年に起きた「レニャーノの戦い」に移して新たにオペラを作ることを提案しました。
ヴェルディもそれを受け入れて、作品は完成します。
ですが、ナポリでも政情が不安定になり上演が出来なくなってしまったので、楽譜出版社リコルディが動いて、ローマで上演できる運びとなりました。
この頃のローマも政府に対する反乱など色々あって、一時的に共和制、というか、ほぼ無政府状態となっていたので、検閲もなく、どストレートな愛国路線の作品を上演しても、どこからも文句が来ない状況だったのです。
そんな中、1849年1月27日、ローマのアルジェンティーナ劇場で「レニャーノの戦い」が初演されました。ヴェルディ35歳。

ヴェルディも練習から立ち会った初演は、見事な大成功!
あまりの熱狂に戸惑ったのでしょうか、ヴェルディは、初演の翌日にはローマを発ち、愛するストレッポーニが待つパリへと戻っていきました。
初演の数日後には、ローマ共和国が成立しましたが、数か月後にはフランス軍の圧力で崩壊してしまいました。
このオペラも上演が禁止され、この作品以降はヴェルディの作風から愛国色が急速に薄れていったこともあり、イタリア独立の熱狂が去った後には、「レニャーノの戦い」は忘れられていってしまいました。
ですが音楽は本当に素晴らしいので、20世紀も半ばを過ぎてからリバイバル上演されて、ようやく作品の価値が見直されるようになっていったのでした。
余談ですが、ヴェルディはイタリアに戻った時に、それまで持っていた生まれ故郷のレ・ロンコレの土地を手放して、故郷の街ブッセートの近く、サンターガタという地方にある土地と館を購入しました。
より広い土地となり、そこに農園を作って、留守の間の管理は両親に頼みました。
この農園はヴェルディに安定した収入をもたらすことになり、このおかげで、だんだんとヴェルディの作曲スケジュールに余裕が出てくることになります。
それではオペラの内容に移って参ります。

レニャーノの戦い
全4幕
前述したとおり、この「レニャーノの戦い」は1176年に起きた史実をもとにしています。
日本では平清盛をはじめとする平氏が活躍していたころですね。
レニャーノは、今のミラノにほど近い町。
ごく簡単に言えば、北イタリアの国々の同盟が、神聖ローマ帝国勢力(今のドイツらへん)に大勝利した、という戦いです。
北イタリア史上一番と言っていいぐらいの大勝利で、今でも記念のお祭りが行われているそうです。
登場人物
フェデリーコ・バルバロッサ:実在した人物。神聖ローマ(ドイツ)皇帝。正式名はフリードリッヒ1世。バルバロッサは、赤ひげと言う意味で、通称です。
ロランド:ミラノの指導者、司令官
リーダ:ロランドの妻
アッリーゴ:ヴェローナの戦士、指揮官
マルコヴァルド:ドイツ人捕虜でロランド家の下男、召使い
イメルダ:リーダに仕える侍女
オペラは長めの序曲で始まります。
戦いを前にしたという感じのファンファーレから始まり、繊細なドラマがあることも表現した、素晴らしい音楽となっています。
<第1幕>
ミラノの城壁近くの広場
ここに、ヴェローナやブレッシャ、ノヴァ―ラなど北イタリア各都市国家の騎士たちが集結してきます。
イタリア万歳!ドイツ皇帝バルバロッサを倒そう!と勇ましく歌います。
そこへヴェローナの若き戦士アッリーゴがやって来て、ミラノへ無事に帰還したことを一同に告げるソロを歌います。

負傷したアッリーゴは捕虜となっていましたが、なんとか故郷ヴェローナへ戻り、母親の看護で回復していました。
アッリーゴは、後から来たミラノの指導者ロランドに声を掛けます。
2人は親友同士でした。
ロランドはアッリーゴが戦死したと思っていたので、驚き、再会を喜びます。
そして皆で、力強く戦っていくことを誓います。
場面変わって、ミラノの指揮官、ロランドの城館。お城みたいな家、ですね。
そこに仕えている女たちが軍隊を見て喜ぶ中、ロランドの妻リーダは悲しそうにしています。

彼女の両親や兄弟は、相次いでこの世を去っていました。
夫ロランドとの間には息子がいるのですが、その息子と妻である自分を残して、戦いに行く夫ロランドを見送ることになるので、悲しんでいるのでした。
残されたものとして、悲しみのアリアを歌います。
ドイツ人捕虜で、今はロランドの城で下男として仕えているマルコヴァルドが、リーダによこしまな恋心を抱いて声をかけてきますが、リーダは相手にしません。
そこへ侍女イメルダが、夫ロランドが帰って来たことを告げるのですが、もう一人ついてくる男がいます、アッリーゴです!
「アッリーゴ!!」
アッリーゴは、リーダと恋仲にあったのです。
アッリーゴの名を聞いて、喜びを隠せないリーダを、隠れてこっそり見ていたマルコヴァルド。ちょっと嫌な予感がします。
夫ロランドがアッリーゴを連れて帰ってきます。
リーダを見て驚くアッリーゴ。
彼はかつて愛を誓ったリーダが、親友ロランドの妻になっていようとは、思いもしていませんでした。
2人の様子に気づかないロランドは、
「いやー、親友アッリーゴが死んだと思ったら生きていてね、嬉しくて泣けてくるよ。…ん、どうしたアッリーゴ、震えてるじゃないか」
「いや、ちょっと傷が痛むような気がして、もう、大丈夫だ…。」
物陰でマルコヴァルドが
「嘘つけ!」
と言って去っていきます。
やがて軍の会議に呼ばれたロランドがその場を去って2人だけになると、アッリーゴはリーダをなじります。
「なんでなんだよ、リーダ、天に誓ったじゃないか!」
「あなたが亡くなったという報せを聞いたから、、お父さまの遺言で仕方なかったの…。」
彼女の父親は病で亡くなったのですが、死ぬ前に、ミラノの指導者として有望なロランドとの結婚を望んだのですね。
ロランドも、夫として、父として申し分なく優しい、いい男なのです。
でも、愛してはいない、、本当に愛してるのはアッリーゴだけだったの…。
そういうリーダの弁解を聞いても怒りが収まらないアッリーゴは、その部屋から去ります。
ここで第1幕が終わります。
<第2幕>
ミラノの北、美しい湖があることで有名なコモの町の役所。

この当時、コモはミラノとは敵対していましたが、ミラノから同盟を持ち掛けられて、会議が行われています。
そこへロランドとアッリーゴが使者として、コモに同盟への参加を説得しに来ます。
アッリーゴは、リーダとロランドに関するわだかまりを抑えていて、偉いですね。
国家の仕事に集中しようとしているのでしょう。
2人は戦況を語り、共にドイツ皇帝フェデリーコ・バルバロッサを倒そうと歌います。
そこに、なんと当のドイツ皇帝赤ひげフェデリーコが現れます。

既に周りにはドイツ兵がひしめいています。

「このままミラノをはじめとして、全イタリアを征服してやる!」
「そんなことはさせない!俺たちは必ず勝つ!」
と言って、ロランドとアッリーゴはその場から走り去ります。
ここで、第2幕が終了します。
<第3幕>
ミラノの聖堂地下にある墓所で

祖国のために死ぬか、もしくは勝利するということを目標とする、死の騎士団が集まっています。決死隊、ですねw
イタリア勢力の中でも特別な位置にある騎士団です。
そこにアッリーゴが現れ、
「俺も死の騎士団に加えてほしい、君たちと共に死ぬか、あるいは勝利するかを望む」
と言うので、皆はそれを受け入れて、誓いの儀式を行います。
場面変わってロランドの城館の居間。
アッリーゴが命を捨てる覚悟をしたと知ったリーダが取り乱しています。
夫以外の男を、アッリーゴを想う心に、彼女は苦しんでいます。
彼に宛てて手紙を書いて、侍女イメルダに託します。
その手紙には、
「アッリーゴ、あなたともう一度会わなくてはいけません、来てください、私たちのかつての愛のために」
といったことが書かれています。
今も愛していますとか言ってるわけではないのですが、そもそも二人が元カレ元カノだったことも夫ロランドは知らないわけですし、取りようによっては不倫に誘っているようにも取れてしまい、いずれにしろ、ロランドに見られては、ひじょーにまずい手紙です。
そこへ帰って来たロランド。
侍女イメルダは慌てて手紙を隠します。
ロランドは戦いに行く前に、息子と一目会いたい、とイメルダに連れてこさせます。
妻と子をしっかりと抱きしめるロランド。
リーダが子供を連れて部屋を去ると、入れ違いにアッリーゴが登場。ロランドに呼び出されていました。
ロランドはアッリーゴに、
「もし俺に何かあったら、妻と子を頼む」
と涙ながらに言います。
ロランドは、アッリーゴが死の騎士団に入ったこともまだ知りません。
アッリーゴは大変に動揺しつつも、やはり涙しながら承知して去っていきます。
そこに、下男のマルコヴァルドが現れます。さあ、ドラマが大きく動きます。
「ロランドさん、あんた裏切られましたぜ」
「何だと!誰に!?」
「リーダとアッリーゴにです。これがその証拠ですよ。」
何ということでしょう。
リーダが書いて侍女イメルダに託した手紙が、マルコヴァルドに渡ってしまっていました。
力ずくか、脅したかして、奪ったのでしょう。
手紙を読んだロランドは怒りに震えます。
心から信頼していた友と妻に、同時に裏切られた。
2人への友情愛情は、いっきに憎しみへと変わってしまいました…。

場面はロランドの城にある、高い塔の一室。
死を決意したアッリーゴが、母親に手紙を書こうとしています。
するとリーダが部屋に入り、死ぬことを思いとどまらせようとします。
「もう俺は、君に愛されてないから、だから死にたいんだ!」
「アッリーゴ、わたしあなたを愛してるわ!」
リーダ、言ってしまいましたねー。
そんな二重唱が歌われます。
「私が託した手紙にあなたから反応がなかったから、私、かえって希望が持てて‥、」
「えっ、手紙なんてもらってないけど…。」
そこに、部屋をノックする音、そして、アッリーゴ!と呼ぶ声。夫ロランドです!
慌ててバルコニーに隠れるリーダ。
ですが、すぐに入ってきたロランドに見つかってしまいます。
完全に不倫現場を取り押さえられた、という状態です。
ロランド、静かに怒っています。その方が怖いですよね。
アッリーゴは、
「落ち着いてくれ、彼女は無実だ。そういうことには至ってない」
と言いますがロランドは怒りが収まらず、短剣に手をかけます。
「わかった、いっそ俺を殺してくれ」
と言うアッリーゴ。
そこへ、召集のラッパが響きます。
「いや…、殺すより、恥辱を与えてやる」
そう言ってロランドは部屋を走り去り、外から鍵をかけてしまいます。
アッリーゴは部屋から出られなくなりました。
ロランドはこの時には、アッリーゴが死の騎士団に入ったことを知っていました。
死の騎士団として、戦って死ぬことを誓ったのに、いざ戦いに行かなければ、あいつはとんでもない臆病者だ、と言われることになり、名誉がズダボロになってしまいます。
それはアッリーゴたち騎士にとって、死ぬことより辛いこと!
思いつめたアッリーゴは、バルコニーに走り、
「Viva Italia!! イタリア万歳!」
と叫んで、バルコニーから飛び降ります!!
気絶するリーダ!
ここで第3幕終了です。
<第4幕>
ミラノの広場で。
人々が戦の勝利を祈っています。
なんとアッリーゴは、塔から飛び降りたにも関わらず無傷で、そのまま戦へと向かっていったそうです。

そこに勝利の知らせが届きます。
アッリーゴは、勇敢に戦って、全体を勝利に導く大手柄を遂げたとのこと。
喜ぶ一同。
しかしそこへ、悲しい音楽と共に重傷を負った騎士が運ばれてきます。それはアッリーゴでした。
死に瀕したアッリーゴは、ロランドに改めて、リーダの潔白を誓います。
「祖国のために死にゆく者は、決して嘘をつかない」
ロランドも怒りを和らげて、親友であり英雄であるアッリーゴが死にゆくことに、妻リーダと共に涙しています。
「イタリアは救われた…!」
と言い残して、息絶えるアッリーゴ。
彼と、そして神への感謝と祝福を捧げる一同でした。
以上でオペラ全体の幕が下ります。
いかがでしたでしょうか?
このように見ていくと、単なる愛国オペラ、というよりは、愛情と友情の物語を軸とした、人間ドラマの方が強調されているような気がします。
もっと上演されてほしい作品の一つです。
この作品以降、ヴェルディは特殊な状況に置かれた、人間同士のドラマ、に重点を置いた作品を多く作っていくことになります。
ぜひ皆さんも「レニャーノの戦い」検索などして聴いてみてください。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
参考文献(敬称略)
小畑恒夫「ヴェルディ 人と作品シリーズ」「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」
ジュゼッペ・タロッツィ「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳
永竹由幸「ヴェルディのオペラ」
髙崎保男「ヴェルディ 全オペラ解説」
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