オペラ全曲ざっくり解説の文字起こしです。
聴きながら読むと分かりやすい! 音声はこちら↓
こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラをざっくり解説して参ります。
オペラって面白いですよ!
今回は、ヴェルディ作曲「スティッフェーリオ Stiffelio」です。
なかなか上演されない作品なのですが、なぜかといえば、その題材が当時のイタリアでは、実に受け入れられにくいものだったからです。
主人公は、初演された19世紀当時を生きる、プロテスタントの牧師。
その妻が不倫してしまい、そのことを1人の人間として許せるかどうか。
そういったことが主題なのですが、これがカトリック主体の19世紀イタリアで上演されて、ヒットする、訳はないのですw
でも音楽はすっばらしいので、埋もれさせておくのは勿体ない!そんな作品です。
後ほど詳しく解説します。
まずは作曲の経緯についてお話します。
それまでヴェルディは、というかこの時代のイタリア・オペラ作曲家はほとんど全て、劇場からオファーを受けて作曲して新作を発表する、というのが一般的でした。
ところが、「イル・コルサーロ 海賊」( https://tenore.onesize.jp/archives/96 ) の時にも述べたように、ヴェルディは出版社と直接やり取りする契約の形を取り入れます。
今のメインの取引先は、出版社リコルディ。
オペラが完成次第、そのオペラにふさわしい初演会場となる劇場の選択は、リコルディに一任されていました。
ただし、「スカラ座以外の一流劇場ならどこでも」という条件で。
よほどヴェルディはスカラ座がイヤだったのですね。何があったのでしょうか。本当の所はわかりません。
次回作の初演の場所は「イル・コルサーロ」を初演した、トリエステに決まりました。
題材となる原作は、フランス語の戯曲「牧師 Le Pasteur」という作品をイタリア語に翻訳した「スティッフェリウス」。
新作に向けて仕事を共にするのは、ヴェルディの忠実な部下でおなじみの(笑)ピア―ヴェ。
この題材もピア―ヴェが提案し、ヴェルディも大変興味を持ったので、作曲が始まりました。
そうして作品は完成し、初演は1850年11月16日、トリエステ・グランデ劇場、ヴェルディ37歳。
公演自体は拍手で迎えられ、一応の成功ではあったようです。
ところが、最初に述べたように、主題がプロテスタントの牧師が妻の不倫を許すかどうか、といったもので、聴衆の反応は微妙なものになりました。
キリスト教におけるカトリックとプロテスタントの歴史については、YouTubeなどでもわかりやすく解説されているのでぜひご参照いただきたいのですが、血みどろの戦いに発展するほどお互い相容れない宗派であるのです。
カトリックの聖職者はそもそも、結婚することが禁止されていました。
2019年に、その伝統を900年ぶりに変えて、既婚者でも司祭になれるかどうか、カトリックの総本山バチカンで話し合われたそうですが、結論が出たかどうかは定かではありません。
まして、19世紀ではもってのほか。
また、ヴェルディの作品では初めて、初演当時における現代劇ともなったわけで、現代日本で言えば、大河ドラマが急に令和の今を描くお話になったようなもので、そこにも当時の聴衆は違和感をもちました。
それまでのヴェルディ作品は、歴史上の英雄たちが愛と葛藤を乗り越えて勝利を手にする!みたいなお話がほとんどでしたので、聴衆の期待とはやはり違ったのですね。
原作のイタリア語翻訳本「スティッフェリウス」はイタリアで売れていたそうで、その物語はよく知られてはいたのですが、それをオペラ化されても…といったところなのでしょうか?
それでも、この「スティッフェーリオ」も音楽的には相当充実した作品になっています。ヴェルディはこの頃、恋人ジュゼッピーナ・ストレッポーニにも支えられながら、充実した創作意欲にあふれていたのです。
トリエステではかろうじて、設定などをあまり変更しない形で上演できたものの、イタリアの他の都市での上演では、主人公の設定(プロテスタントの牧師)自体を変えるよう要求され、そういったことにヴェルディは嫌気がさして、ついにはこの作品を取り下げて、7年後に自分で設定や音楽を改定して、新たに「アロルド」( https://tenore.onesize.jp/archives/114 ) と名付けて上演することになります。
「スティッフェーリオ」はその後、戸棚の奥にしまわれたようになっていましたが、1968年に久しぶりに上演され、ようやくこの作品の価値が見直されることになりました。
それではオペラの内容に移って参ります。
スティッフェーリオ
全3幕
時は19世紀初頭
登場人物
スティッフェーリオ:プロテスタントの牧師。スティッフェーリオとは、いわゆる称号で名前ではなく、本名はロドルフォ。
リーナ:スティッフェーリオの妻
スタンカー:リーナの父親、軍人
ラファエーレ:貴族
ヨルグ:牧師
ドロテア:リーナの従姉妹
フェデリーコ:リーナの従兄弟
オペラは長めの序曲で始まります。
音楽的に充実した、これだけでも十分に楽しめる曲です。
<第1幕>
オーストリア・ザルツブルクの近郊にある、スタンカー伯爵の城の一室で。
伯爵や、その娘でスティッフェーリオの妻リーナ、伯爵家の客として滞在している貴族のラファエーレ、牧師のヨルグ、リーナのいとこたちが部屋に居ます。
牧師のヨルグが聖書を読んでいるところに、キリスト教プロテスタント布教の旅を終えたスティッフェーリオが帰宅してきます。
ちなみにスティッフェーリオとは、名前ではなく称号です。
彼が属しているプロテスタントの一派は、かなり急進的で激しいところでしたので、政府から目をつけられていました。
その一派の指導者は代々スティッフェーリオという称号を受け継いでいったのです。
今のスティッフェーリオ、本名ロドルフォは、川で溺れかけているところをスタンカー伯爵たちに救われました。政府の弾圧を受けて逃亡していたのでしょう。
そうして、その家の娘リーナと恋仲になり結婚したのですが、またすぐ、身柄を拘束されそうになったので、布教の旅に出ていたようです。
帰って来たスティッフェーリオを喜んで迎える一同。
しかし妻のリーナは複雑な表情をしています。
リーナのいとこの一人ドロテアが、一人の船頭が何度も訪ねてきたことをスティッフェーリオに告げます。
スティッフェーリオは、既にその船頭から話を聞いていました。
今から8日前、城の窓から川に飛び込む男と、慌てて窓を閉める女の姿を見かけた。
スティッフェーリオがその話をすると、妻リーナと、貴族ラファエーレの顔色が青ざめていきます。
結論から言えば、リーナはこのラファエーレと不倫の関係を持ってしまったのです。
結婚した時、リーナは夫が偉い牧師だとは知らず、後から夫の難しい立場を知って、夫のことが理解できなくなってしまい、そこに心の隙が出来てしまい貴族ラファエーレに迫られ、断り切れなかったのです。
そしてスタンカー伯爵は、娘がまさか良からぬことをしたのでは、その相手はラファエーレか、と疑っている様子です。
スティッフェーリオは、川に飛び込んで逃げた男が落としていったメモ帳を持っていました。
ところがそのメモ帳を、スティッフェーリオは火にくべてしまいます。
無駄な詮索はしないでおこうというようです。
ほっとするリーナとラファエーレ。
この時点でスティッフェーリオは、不倫していたのは城に住む誰かで、まさか自分の妻がその不倫をしていようとは思ってもみなかったようです。
そこへ町の人々が、スティッフェーリオの帰還を祝いに、集まってきて一斉に歌います。
皆が去って部屋にはスティッフェーリオとリーナの2人きり。
スティッフェーリオは話しているうちに、妻がこちらを見ようとせず、様子がおかしいことに気づきます。
「何か隠していることがあるのかい?夫である私に包み隠さず言ってくれ!」
と、リーナの手を取ると、彼女の手には指輪がない!
「指輪はどこだ!?」
問い詰めるスティッフェーリオでしたが、そこにスタンカー伯爵が入ってきて、
「友達があなたを待っていますよ」
と告げるので、スティッフェーリオは落ち着きを取り戻し、部屋を去ります。
1人になったリーナ。
罪の呵責に耐え切れなくなった彼女は、ひとしきり後悔のソロを歌った後、夫への別れの手紙を書こうとします。
そこへ再びスタンカー伯爵が入ってきて、リーナが書きかけた手紙を読みます。
『ロドルフォ、私はあなたの妻にふさわしくありません…。』
伯爵は手紙を書くのを辞めさせます。彼はここで娘の不倫を確信するに至りました。
苦しむリーナ。彼女としても非常に悔やんでおり、不倫も自分が望んだことではありません!と父親に弁明します。
2人が部屋を出ると、入れ違いに、その不倫相手ラファエーレがそっと部屋に入り、鍵をかけられる本にリーナへの手紙を隠します。
その家にあった鍵をかけられる本は、クロプシュトックという作家の『救世主』という作品で、そこに手紙を入れることがリーナとラファエーレの通信手段となっていたのでした。
ところがそれを、遠くで牧師ヨルグが目撃!
ヨルグは去りますが、今度はリーナの従兄弟フェデリーコが、
「クロプシュトックの本『救世主』を探してるんだよねー。」
と部屋に入ってきます。
もちろんこの本を探していたのは単なる偶然で、ふと読みたくなったのでしょう。
成り行き上、フェデリーコに本を渡すラファエーレ。どうなる?
場面変わって、城の大広間
スティッフェーリオの帰還を記念してパーティが開かれ、客人たちがスティッフェーリオを称えます。
そんな中、ヨルグがスティッフェーリオに近づき、先ほど目撃した内容を彼に耳打ちします。
「本の中に男が手紙を隠しました。きっとそれは不倫の証拠ですぞ。」
「手紙!誰がそれを!?」
「リーナと一緒にいて本を持っている男です」
今、本を持ってリーナと話しているのは、従兄弟のフェデリーコ。
スティッフェーリオは、フェデリーコを疑います。
フェデリーコ、彼には何の罪もありません。とんだとばっちりですねw
スティッフェーリオは今夜教会で説教、仏教でいうところの説法を行う予定になっていました。
説教のテーマを聞かれたスティッフェーリオは、
「ユダの裏切りを通して、卑劣な冒涜行為に対しての怒りを話す!」
と宣言して、それを聞いたリーナとラファエーレは震えます。
そしてスティッフェーリオは、フェデリーコから本を取り上げ、
「この中に悪徳の証拠がある!」
と、リーナに鍵を開けるよう命じます。
リーナは鍵を出すのを躊躇するので、スティッフェーリオは自ら本を壊すと、中から手紙が出てきます。
すると即座に、スタンカー伯爵がそれを拾い上げ、びりびりに破いてしまいます。
「あなたがこれを読んではいけない!」
その行為にスティッフェーリオは怒り、それをなだめるリーナ。
その陰で密かに、伯爵はラファエーレに、墓地での決闘を申し込みます。
一同も戸惑い、それぞれの感情が歌われ、第1幕が終了します。
<第2幕>
城の近くにある教会の前の、古い墓地。
ここでリーナが、亡くなった母の墓の前で祈っています。
リーナによるアリアの場面です。
そこに貴族ラファエーレが現れ、
「私の愛は変わりません、愛しています!」なんて懲りずに言うのですが、
リーナは
「私は愛していません、指輪を返して!ここから離れて!」
ラファエーレに指輪を渡しちゃっていたのですねー。
ラファエーレがここに来たのは、スタンカー伯爵に決闘で呼び出されたからなので、ほどなく伯爵が現れます。
いったんリーナをこの場から離れるよう命ずる伯爵。
最初は決闘を拒むラファエーレも、伯爵から侮辱の言葉を浴びせられ、ついに剣を取って、決闘が始まります。
その音に驚いて、スティッフェーリオが教会から出てきます。
「何事だ!決闘をしているのか!剣を下ろしなさい!ここは聖なる場所ですよ!」
そしてスティッフェーリオはラファエーレの手を取って
「ほら、若いあなたから折れなさい。」
と言うと伯爵が、
「裏切った男の手を取るのですか」
と言うので、ついに妻の不倫相手がラファエーレであったことをスティッフェーリオも気づきました。
ここでフェデリーコの疑いは晴れましたw
怒り狂うスティッフェーリオ。
リーナが駆け寄り、慈悲を請いますがスティッフェーリオは聞き入れません。
ついには伯爵の剣を奪って、スティッフェーリオ自ら、ラファエーレに決闘を挑みます。
そこに、教会の中から合唱の歌声が聞こえてきます。
ヨルグが中から現れ、
「スティッフェーリオ、皆があなたの言葉を待っていますぞ」
罪を許す、キリスト教聖職者としての立場と、一人の男として裏切られた自分とのはざまで苦しみ、気を失ってしまうスティッフェーリオでした。
ここで第2幕終了です。
<第3幕>
城の一室で
スタンカー伯爵が思い悩んでいます。
ラファエーレは行方をくらましました。
娘の不倫も婿に知られることとなり、その不名誉と恥辱に耐え切れず、伯爵はピストルで自殺をしようと考えています。
天使のようにかわいい娘だったのに…。
と、アリアを歌います。
そこへ、牧師ヨルグが入ってきて、ラファエーレが戻ってくると告げるので、伯爵は
「自殺は後だ、今度こそ復讐してやる!」
と部屋を出て行きます。
入れ違いに、部屋にはスティッフェーリオが入ってきて、やがてそこに呼び出されたラファエーレも現れます。
スティッフェーリオはラファエーレに
「リーナを自由にするとしたら、あなたはどうしますか?」
と問いかけます。スティッフェーリオは、自ら身を引こうというのです。
驚くラファエーレ。
そして、スティッフェーリオは、
「ここにリーナを呼んでいるから、私とリーナの話を隣の小部屋で聞いていてください」
と、ラファエーレを小部屋に促して、スティッフェーリオはリーナを待ちます。
やって来たリーナに、スティッフェーリオは離縁を言い渡し、離婚届にサインするよう要求します。
もともと結婚した時には、スティッフェーリオは身分を偽っていた時でした。
だから結婚したこと自体、間違いだったのかもしれない…。
それを聞いて悲しむリーナですが、やがて、サインをします。
ところがその後、リーナは訴えかけます。
「夫ではなく、一人の牧師様にお話します。(出て行きかけたスティッフェーリオは足を止めます)私は常に夫を愛しています。あなたを愛しているのです!神様がそれをご存知です!」
切実な訴えに、心が揺れるスティッフェーリオ。
ラファエーレには無理矢理迫られた、それを聞いたスティッフェーリオは、小部屋に居るラファエーレに対する怒りが沸き上がり、その怒りをぶつけようとしますが、出てきたのはスタンカー伯爵。
その手には、血まみれの剣が…。
「もうやつはこの世にいない。」
既に決闘の末、伯爵はラファエーレを亡き者にしてしまったのでした…。
そんな状況で、ヨルグがやって来て、教会で説教するようスティッフェーリオを促します。
動揺するスティッフェーリオ。
果たして、無事に牧師としての説教が出来るのでしょうか…。
最期の場面は教会。
初演時は、この場面を教会の中にすることも大問題でした。
今では、ヴェルディの意図通り、教会での場面として描かれることがほとんどです。
オルガンが鳴り響く中、人々がスティッフェーリオの説教を待っています。
その中には、決闘で人を殺めたスタンカー伯爵と、不貞を働いたリーナが、それぞれの罪を思いながら神に許しを請うて祈っています。
やがて祭壇に上るスティッフェーリオ。
まだ心は混乱したままです。
ヨルグに励まされて開いた聖書のページは、何という神の御心でしょう、以下の箇所でした。
「イエスは集まった人々の方へ向き、姦淫(みだらな罪)を行った女を指してこう言われた。『あなた方の内、罪を犯したことのないものがまず石を投げよ』」
予定と違う説教なので戸惑うヨルグを尻目に、スティッフェーリオはさらに、聖書にはない言葉を発します。
「そして女は許されて、立ち上がった。」
感極まって祭壇へ近づいていくリーナ。
そしてスティッフェーリオは叫びます。
「許された…神がそうおっしゃったのです!」
神に導かれるように、スティッフェーリオの心には聖なる許しの心が芽生えたのでした…。
以上でオペラ全体の幕が下ります。
いかがでしたでしょうか?
前作の「ルイザ・ミラー」( https://tenore.onesize.jp/archives/98 ) 以上に、今までにないタイプの作品で、非常に興味深いものとなっているのではないでしょうか。
リーナの言い分、立場があまり描かれていませんし、現代のジェンダー的観念から見れば、かなり男性寄りに描かれていると言わざるを得ないのですが、そこは19世紀ヨーロッパの文化として、ご容赦願いたいところです。
この時代に、こういったお話を真正面から描いたことは、とても特殊な、斬新なことで、常に新しい題材を求めていたヴェルディへ大いにインスピレーションを与えたこのお話は素晴らしい音楽となり、人間同士のドラマを表現したオペラ作品が生まれることになりました。
ぜひ皆さんも「スティッフェーリオ」検索などして聴いてみてください。
この作品と同時進行で作られ始めて、5か月後に爆発的な成功を収める、大名作が、「リゴレット」です。
次回、どうぞお楽しみに!
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
参考文献(敬称略)
小畑恒夫「ヴェルディ 人と作品シリーズ」「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」
ジュゼッペ・タロッツィ「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳
永竹由幸「ヴェルディのオペラ」
髙崎保男「ヴェルディ 全オペラ解説」
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