歌曲解説:ベートーヴェン「遥かなる恋人に An die ferne Geliebte」①

当サイトではGoogle AdSense広告を表示しています

音声はこちら→https://stand.fm/episodes/64fedbffe1bee0f71e266d25

こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日はドイツ歌曲を解説して参ります。
歌曲って、素敵ですよ!

今回取り上げるのは、ベートーヴェン作曲による歌曲「遥かなる恋人に An die ferne Geliebte 作品98」です。

クラシック音楽史上、初めての連作歌曲と言われている作品です。
連作歌曲とは、小さな歌曲がいくつも連なった作品を言いますが、こちらは6つの異なる音楽から成る歌曲をそれぞれ連結させて、途切れることなく音楽が流れて、1つの作品のようになっています。
またその音楽は詩の内容と密接にかかわっていて、結果的にベートーヴェンは、感情を豊かに表現するロマン派の音楽を先取りしていた作曲家であると証明される、重要な作品の1つであるとも言えます。

その後、連作歌曲を作っていくシューベルトやシューマンたち後輩作曲家たちに多大な影響を与えた「遥かなる恋人に」を、ご紹介いたします。


歌曲のもととなった詩は、アロイス・ヤイテレスという医師が書いたものです。
ヤイテレスは、ウィーンの雑誌などに短い詩をいくつか発表しており、医学生兼詩人として知られていました。
医師としても立派な青年だったようで、後にある地域でコレラが蔓延して死亡者が続出した際には、患者のために精力的に活動し、功績を残しました。
ヤイテレスの詩の連作「遥かなる恋人に An die ferne Geliebte」は、1815年、彼が21歳の時に書かれました。
このときベートーヴェンは44,5歳。

ベートーヴェンは、このヤイテレスと面識があったそうです。
ですが、ヤイテレスがベートーヴェンのために特別にこの詩を書いたのか、この詩が出版された時にベートーヴェンが初めてその詩を目にしたのか、どちらなのかは不明です。

詩につけた曲が完成したのは1816年、ベートーヴェン45,6歳の頃でした。


研究家によっては、この曲全体をベートーヴェンの自伝的な要素があるとみなし、その憧れの対象は、いわゆる”不滅の恋人”に他ならないとする説を取る方もいます。

ベートーヴェンの死後、宛名の書かれていない手紙が、遺品の中から発見されました。
手紙の文中に、”我が不滅の恋人よ”という文言があるので、この不滅の恋人とは誰のことなのか、世界中で検証や論争、研究が行われてきました。

この”不滅の恋人”をテーマにした映画も制作されています。


研究の結果、その手紙が書かれた年代は特定されたのですが、それは1812年、ベートーヴェン42歳の時のことと言われています。
この歌曲集「遥かなる恋人に」が作曲、完成したのがその数年後のことですから、この作品にはきっと、”不滅の恋人”への想いが託されているはずだ、というのです。

研究家の間では、ベートーヴェンはその音楽に自分の人生を物凄く反映させているとされています。

人生で嬉しいことがあった時は楽し気な曲、悲しい時つらい時は悲劇的な曲、というように。

私個人としては、必ずしも作曲家の心情が作品に込められているとは限らないのではないかと思いますし、その真相は作曲家であるベートーヴェン本人にしかわからないことですが、その音楽と歌からは、大変な情熱が感じられることは間違いありません。

近年では、ベートーヴェンは主に芸術活動のパトロンとなっていた貴族や富豪たちと連絡を取り合う、謀報員、スパイ的な活動をしていたのではないか、とされる研究家の方もおられます(古山和男『秘密謀報員ベートーヴェン』など)。


詳しくは参考文献に挙げた著書をお読みいただきたいのですが、おおまかにまとめると、手紙に書かれた”不滅の恋人”とは、ある特定の女性ではなく、この時代、フランス革命以来追い求められていた”自由(の女神)”なのではないか、という主張がなされています。


確かに手紙が書かれたとされる1812年は、ナポレオンがロシアに遠征をおこなった年です。
社会情勢には大変な緊張の糸が張り詰めていたころ。
そしてナポレオンがロシアに事実上敗北し、古い貴族体制が復活を遂げ、自由が遠のいてしまった後の1816年、ベートーヴェンは失われた”遥かなる恋人”=自由へと思いを馳せてこの歌曲を作曲したのではないか、というのです。
実際、この歌曲集はベートーヴェンのパトロンとして援助をしてくれていたボヘミアのロプコヴィッツという貴族に献呈、捧げられています。
ロプコヴィッツは歌曲が発表された1816年に病でこの世を去っています。このロプコヴィッツはナポレオン派の貴族であったようで、ナポレオンの衰退と共に自身も破産状態となってしまっていました。
ベートーヴェンがお世話になったロプコヴィッツに対する寂寥の想い、寂しさのようなものもこの曲の音楽に込められている、のかもしれません。

このように、ベートーヴェンの謎について、その他にもさまざまな解釈や研究があります。
皆さまは、どうお考えになるでしょうか?


ここから詩と音楽について詳しく見てまいりますが、そちらは次回に。

ありがとうございました。

髙梨英次郎でした。


参考文献(敬称略)

Verlagsanzeige in der Wiener Zeitung, Nr. 356 vom 21. Dezember 1816, S. 1416 (Digitalisat)

青木やよひ「遥かなる恋人に ベートーヴェン・愛の軌跡」

古山和男「秘密謀報員ベートーヴェン」

コメント

タイトルとURLをコピーしました