オペラ解説:プッチーニ「トスカ」作曲経緯から、ストーリー(あらすじ)まで

当サイトではGoogle AdSense広告を表示しています

こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラを解説して参ります。
オペラって面白いですよ!

今回はプッチーニの「トスカ」を取り上げます。
愛と権力、そして運命の刃が交錯する究極の音楽ドラマ。
美しいメロディと、手に汗握る緊迫の展開、そのすべてが息をもつかせぬ勢いで観る者聴く者を引き込みます。
「ラ・ボエーム」( ① https://tenore.onesize.jp/archives/976https://tenore.onesize.jp/archives/990 ) に続くプッチーニの傑作オペラをどうぞお楽しみください。


まずは作曲の経緯から。

プッチーニがサルドゥという作家の戯曲「ラ・トスカ」をオペラ化しようと決意したのは、さかのぼること2作品の「マノン・レスコー」(① https://tenore.onesize.jp/archives/903https://tenore.onesize.jp/archives/920 )を作曲する前のことでした。
原作「ラ・トスカ」は、当時の大女優サラ・ベルナールのために書かれた戯曲で、その舞台はフランスで大ヒット。
国内外で繰り返し上演され、フランスだけでも3,000回を数えるほど。
その内容はとてもドラマティックで、あのヴェルディも「私がもっと若ければ作曲してみたかった」と言ったとか。

Sardou

原作の舞台を観たプッチーニもこの作品をとても気に入り、プッチーニはただちに原作者サルドゥに、出版社リコルディを通してオペラにする許可を依頼します。
ですが、この時はまだ「マノン・レスコー」 がヒットする前。
ただの若手作曲家プッチーニに「トスカ」をオペラ化する許可は降りませんでした。
サルドゥから舐められていることを何となく感じたプッチーニがそれに怒ったこともあり、オペラ化の権利は別の作曲家フランケッティに移りました。

ところが、「マノン・レスコー」や「ボエーム」を成功させたプッチーニは再び「トスカ」をオペラ化する意欲を燃やします。
出版社リコルディも、「トスカ」をオペラ化するのはフランケッティよりプッチーニの方が良いだろうと考えるようになっていました。
そこでリコルディは、フランケッティを説得にかかります。
リコルディはフランケッティに
「『トスカ』は暴力的なお話だから、貴族出身のフランケッティさんには合わないですよ」と言ったとか。
フランケッティとしても、自分よりプッチーニの方が才能があると認めていたので、気前よく「トスカ」のオペラ化権を譲ってくれました。

Franchetti

1898年に入った頃から本格的に作曲が開始されました。
台本は「ラ・ボエーム」に続いて、ジュゼッペ・ジャコーザとルイージ・イッリカのチーム。
プッチーニは別荘があるトッレ・デル・ラーゴで、上がってくる台本への作曲にかかります。
例によって台本制作、及び作曲の作業はとても難航しました。
チームのうちのジャコーザは、
「『トスカ』は出来ごとの羅列しかなく、『ボエーム』にあった詩が感じられないのです!」
と、リコルディに手紙で述べたりしてあまりこの作品を好きではなかった様子。
そのリコルディも、完成した「トスカ」第3幕があまり良くないのではないかと疑念を持ったりしていましたが、プッチーニは作品の完成度を信じて疑いませんでした。
ちなみにプッチーニは何度か、原作者のサルドゥに会い、設定の変更の許可などを直接得ています。

Giacosa, Puccini, Illica

完成した「トスカ」の初演はローマのテアトロ・コスタンツィ(現在のローマ歌劇場)で1900年1月14日に行われました。プッチーニ41歳。
初演は爆発的大成功!とはならなかったものの、成功と言ってよい盛り上がりとなりました。
むしろその後、このオペラのドラマ性、抒情的美しさが評価されていき、現代に至るまで途切れることなく世界中で上演され続けています。

Puccini

それではオペラの内容に移って参りましょう。


全3幕

主な登場人物
トスカ:歌手
カヴァラドッシ:画家、トスカの恋人
スカルピア:ローマの警視総監
アンジェロッティ:共和派の政治家だったが投獄されていた
堂守:教会の雑用係
スポレッタ:スカルピアの部下

オペラ「トスカ」は歴史上の出来事に基づいたお話ですので、具体的な日付は決まっています。
西暦1800年6月17日。
場所はローマ。
ただし、登場人物は全て架空の人物です。


<第1幕>

場所は聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会。
ローマに実在する教会で、1650年頃に完成しました。

Sant’andrea della Valle (Roma)

オペラはいきなり、吠えるような金管楽器の爆音から始まります。

「トスカ」や、その他のプッチーニ作品においては、まるでワーグナーの楽劇におけるライトモティーフのように音楽が構築されています。
ライトモティーフとは、ある決まったメロディやリズムを何度も使うことで、登場人物や物語の重要アイテムなどを音楽で表す手法のこと。

冒頭の金管楽器の爆音は、このオペラにおける悪役スカルピアのキャラクターを表しています。
聴くだけで、驚きと、すくんでしまうような恐怖を覚えるような音と感じられます。

するとすぐに、切迫感に溢れた音楽が始まります。
これは登場人物のひとり、アンジェロッティを表すテーマです。

Image of Angelotti

このオペラ「トスカ」は歴史上の出来事に基づくと申し上げましたが、舞台となる1800年にヨーロッパを震撼させつつあった人物と言えば、、ナポレオンです。
革命の嵐が吹いて混乱に陥ったフランスで、1800年当時30歳のナポレオンは、若き将軍として世界中に名をとどろかせつつある頃。
6月14日には、オーストリア軍との、”マレンゴの戦い”が行われます。

アンジェロッティはナポレオンに共鳴する、いわゆる共和派。
王様などを排除して、みんなで話し合って政治を行っていこうという思想ですね。

ところが当時のローマはローマ教皇が直接統治するいわゆる教皇領。
政治権力とキリスト教の権威が一体となった存在である当時のローマ教皇。
そのもとにあるローマは、王様が統治する国、王政よりも硬直した、ガッチガチの保守的国家運営体制のもとにありました。

しかし、この絶対的な体制にも一時的な揺らぎが訪れます。
フランス革命の余波でナポレオン軍がイタリアに侵攻し、1798年にローマに入城。
その結果、一時的に教皇庁、教皇の政府は打倒され「ローマ共和国(Repubblica Romana)」 が樹立されました。

この時に登場したのが、まさにアンジェロッティのような共和派の理想主義者たちです。
彼らはフランス革命の理念 ― 自由・平等・博愛 ― を信奉し、教皇政を倒そうとした人々でした。

しかしこのローマにおける共和政は1年足らずで崩壊。
ナポレオンが一時的に後退した隙に、ナポリ王国軍がローマに侵攻し、再び教皇政府が復活します。
ちなみにローマ教皇側に協力したナポリ王国の王妃は、マリア・カロリーナ:数年前ギロチンで処刑されたマリー・アントワネットの姉です!革命軍を憎むのは当然ですね。
報復として多くの共和派が捕らえられ、処刑あるいは投獄されてしまいました。
アンジェロッティはまさにその失脚したローマ共和国の元執政官(領事)という設定です。
そしてその共和思想を持った人々を次々に捕まえて行ったのが、冒頭で恐ろしい音で表された、警視総監スカルピアというわけです。
この頃のローマはスカルピアのような警察権力の影響で、密告が奨励されるような緊張感の漂う雰囲気でした。

アンジェロッティは、これまた実在するサンタンジェロ城の牢獄から逃げてきました。
なので、アンジェロッティの音楽は切迫感に溢れたものとなっています。

「妹が”マリア様の足元に”と書いてよこしたはずだが…」
教会にたどり着いたアンジェロッティはこうつぶやき、妹が隠しておいた鍵を教会の中で探しています。
やがてマリア像の下に隠されていた鍵を見つけ、アンジェロッティは教会内にある礼拝堂の小部屋に隠れます。

Inside of Sant’Andrea della Valle

教会の中は一瞬静まり返りますが、すぐに軽快で喜劇的な音楽が始まります。
そこに現れたのは、この教会で働く堂守。
堂守とは、日本語だとお寺の管理などをする雑用係ですが、西洋キリスト教の寺院にも、同じような役割の人がいます。

Image of il Sangrestano

聖具保管係とも訳される”il sagrestano”と役名が付いている、以下堂守は、朝の仕事始めの掃除をしようと入って来たのでした。
そして堂守の手には、絵筆が握られています。
「画家さん!…あれ?いないのか?(物音がしたので)カヴァラドッシさんが戻ってきたと思ったのだが!」

ここでテノールの主役の名前が出てきました。
画家で騎士の身分を持つ、マリオ・カヴァラドッシ。
原作の小説によると、カヴァラドッシの絵の師匠は、ナポレオンの肖像などを描いたことで知られるダヴィッド。
このことからも分かりますが、カヴァラドッシの思想はナポレオンたち共和派側です。
ですが先ほども述べた通り、この時のローマは共和主義者が弾圧されているご時世。
カヴァラドッシもその思想は大っぴらには表に出さず、教会からの依頼で絵を描きに来ています。

堂守が”カヴァラドッシが戻って来たと思った”のは、恐らくアンジェロッティが逃げてきた物音を聞いたからでしょう。
堂守は、ふと、あるカゴに目をやります。
「中身はまだあるから、まだカヴァラドッシさんは来ていないな!」
このかごにはパンや冷えたチキン、ワインが入っていて、これが後に重要な伏線となります。

遠くで、祈りの時間を知らせる鐘が鳴り、お祈りを始める堂守。
そこへ、当のマリオ・カヴァラドッシが姿を現します。

Image of Mario Cavaradossi

カヴァラドッシがキャンバスにかかっていた布を取ると、まだ未完成の絵が出てくるのですが、
その絵は、聖書における「マグダラのマリア」を描いたもの。
カヴァラドッシが描いたマグダラのマリアは金髪で目が青い女性です。
絵を見た堂守は、驚き、叫びます。
「何ということ!あの女性じゃないか!!」
「誰?」
「ここに熱心に祈りに来ているあの女性ですよ!」
「その通り。彼女が祈っているところを描いてみたのだ」

それを聴いて堂守はつぶやきます。
「(サタンめ、出て行け!!)」

堂守がこのように魔よけの言葉で悪態をつくのは、聖なる題材の絵を、俗世に実在する人物をモデルにして描くことに宗教的嫌悪感を感じたからです。
もっと古い時代のイタリアの画家カラヴァッジョも、キリスト教の題材の絵に、街にいる普通の、むしろ身分が低いとされていたような人をモデルにしたことで問題になったりしました。
ここにも、カヴァラドッシがそうした宗教的因習と対極にいる、共和的思想を持った人物だということが表されています。

そしてカヴァラドッシは、いわゆる登場のアリアに位置づけられる歌を歌い出します。
歌い出しから、日本語で「妙なる調和」と題された超有名曲。
絵に描かれたモデルの、金髪で青い眼の女性を見て、カヴァラドッシの恋人でこのオペラの主役、フローリア・トスカのことを思い出し、
それぞれの女性のもつ美しさについて歌い、それでもカヴァラドッシの心にいるのは、
「トスカ、君だけだ!!」
と輝かしい高音と共に歌い上げます。

この歌の間も、時々堂守はぶつぶつとつぶやき、アリアの邪魔をしています。
「ふざけるのは俗人とやってくれ、聖人には近づくな!」
どこまでも堂守は、古い体制側の人間だということが示されているということです。
そして、「ヴォルテール派(=共和派)の奴らとは喋らない方が良いな!」とも。

というわけで堂守はその場を去ろうとしますが、去り掛けに食料が入ったカゴを指して、
「食べないんですか?」
と聞くのですがカヴァラドッシは、
「腹が減ってない」
と応えます。
堂守は嬉しさを抑えきれない調子で
「それは残念ですね!」
と、物欲しそうにカゴを眺めます。
カヴァラドッシが帰った後、食料が残っていたらそれをいただくつもりでいるのでしょう。
これも何気ない会話ですが、後で重要な伏線となります。
そして去り際に堂守は、嗅ぎタバコという当時の嗜好品を嗅いでいきます。
嗅ぐ仕草は楽譜にも書かれていて、音楽の一部にもなっています。
「鍵をかけてから帰ってくださいよ!」
「分かったわかった!」

堂守が去って、カヴァラドッシはが一人になったところで、
アンジェロッティが隠れていた小部屋から出てきます。
驚くカヴァラドッシ。
「誰かいるのか!?」
アンジェロッティはカヴァラドッシに近づきます。
「君か、カヴァラドッシ!
 私が分からないのか?牢獄生活で見た目が変わってしまったか…。」
「アンジェロッティ!!滅ぼされたローマ共和国の執政官!」
このセリフから、アンジェロッティは相当偉い地位にいた人物だったということが示されています。二人は恐らく友人同士だったのでしょう。
カヴァラドッシは反射的に教会の扉の鍵をかけます。

しかしその再会の直後、教会の外から女性の声が聞こえます。
「マリオ!!」
このオペラの主役題名役のトスカの声です。
前作「ラ・ボエーム」でも女性主人公のミミは登場する前に舞台の裏から声だけが聞こえてきましたが、トスカもカヴァラドッシを呼ぶ声だけが聞こえてきます。
鍵がかかっていてトスカは教会の中に入ってこれません。

カヴァラドッシはアンジェロッティに再び隠れるよう促しますが、
アンジェロッティはここに逃げてくるまでの疲労でフラフラしています。
その間にもトスカがカヴァラドッシを呼ぶ声。
「マリオ!!」
「いるよ!!」
そして
「このカゴにパンやワインがあるから!」
と、カヴァラドッシはアンジェロッティにカゴを渡して、アンジェロッティを奥に押しやります。
ここまで息を持つかせぬ切迫した音楽で進んでいきます。

そして平静を装いつつ扉の鍵を開けてトスカを迎えることに。
ここから、トスカとカヴァラドッシによる二重唱となります。
一転して音楽は穏やかになり、愛の二重唱が始まることが分かります。

Image of Floria Tosca

「なんで鍵をかけてたのよ!?」
「堂守に言われてたからさ」
「誰と喋ってたの?」
「君とだよ」
「うそ、女でしょ!ざわざわしてる音が聞こえたもの!」
「思い過ごしだってば」
「違うのね??」
「違うよ、愛してる!」
なんて言ってキスしようとするカヴァラドッシをトスカはなだめて、
「ダメよ、聖母マリア様の前じゃない」
そして、トスカはお祈りを始めます。
絵を描く仕事に戻るカヴァラドッシ。
ここまでの会話からトスカの、すぐに嫉妬をしてしまいがちな性格と、教会に来た彼女の信心深さが分かります。

お祈りが終わると再びトスカが口を開きます。
「今夜歌う本番があるの。それが終わったら、二人であなたの別荘に行きましょう」
「今夜…!?」

カヴァラドッシの態度が上の空なので、トスカは若干不機嫌になりつつも、
自然に囲まれたカヴァラドッシの別荘を描写して二人の愛を歌う、トスカの小さなアリア的ソロが演奏されます。
このアリアが最も盛り上がってきたところで、カヴァラドッシがトスカの代わりに高音のフレーズを歌い、何か、アリアを無理矢理終わらせたような印象を受けることになります。
これは、早くトスカにこの教会から出て行ってもらいたいカヴァラドッシの本心が現れているのではないでしょうか。

Image of La Marchese dell’Attavanti as Maria Maddalena

その音楽が落ち着くと、
「さ、仕事をさせて」
と、カヴァラドッシはトスカに教会から出るよう、促します。
トスカが帰りかけたその時、トスカはカヴァラドッシが描いた絵を見て、気づいてしまいました。
「あれはアッタヴァンティ夫人じゃない!!」
カヴァラドッシが絵に描いていた、金髪で青い眼の女性はアッタヴァンティ侯爵夫人だということが初めて明かされます。
「彼女と会ってたの??あの女のことが好きなの??」
と、カヴァラドッシに詰め寄るトスカ。
「そんなことないって。勘違いだよ、偶然ここに祈りに来ていた彼女を描いただけさ」
とトスカをなだめるカヴァラドッシ。
「あの青い眼が私をバカにしている気がする!」
するとカヴァラドッシは愛情をこめて美しい旋律を歌い出します。
「世界中の誰の目だって、君の目には勝てないよ」
と、先ほどカヴァラドッシがアリアでも歌っていたように、トスカの黒い眼こそ自分が愛している人の目だ、と真実の愛情がそこには込められています。
それを聞いてすっかり機嫌を直したトスカ。
2人で情熱的な旋律を歌い、トスカは最後に
「でもあの絵の目は黒くしておいてよね」
と言い残して、教会から去っていきます。

トスカが出て行くと、カヴァラドッシは遠ざかっていく足音を聞き耳を立てて確認。
慎重に扉を少し開け、外をうかがい、怪しい者がいないことを確かめ、急いで礼拝堂へ向かいます。
アンジェロッティが姿を現して、再びカヴァラドッシとの会話に。
カヴァラドッシは
「トスカはいい娘なのだが、隠し事をしておけないたちで、僧侶に懺悔してしまいかねない。
 だから君のことは黙っていた。計画はあるのか?」
「妹が祭壇の下に変装用の女性の服や扇子を置いてくれてある。」
「妹、そういうことだったのか!!」
アンジェロッティの妹は、カヴァラドッシの絵に描かれていて、トスカの嫉妬の対象になったあのアッタヴァンティ侯爵夫人です。
「あんなに熱心に祈っていたのは、兄弟への愛ゆえだったのだな!!」
アンジェロッティの妹がこの教会に鍵や衣装を置いておけたのは、アンジェロッティが隠れていた礼拝堂が、
彼女が嫁いだアッタヴァンティ侯爵が所有している礼拝堂だからだったのです。

「妹はあのスカルピアから俺を守ってくれようとしたんだ!」
「スカルピア!!あの信心深い振りして、自分の欲を満たすためには死刑執行人にもなる変態大悪党か!!」
オペラ冒頭の音楽テーマと共に、悪の権化スカルピアの名前が出て、憎むべき存在として語られます。

この教会の裏道はカヴァラドッシの別荘に繋がっており、そこから逃げるよう指示するカヴァラドッシでしたが、、
ドーーン!!と大砲が鳴る音が聞こえます。
「脱走がバレた!!」
「よし、じゃあ一緒に逃げよう!!」
こうしてカヴァラドッシはアンジェロッティを別荘にかくまうべく、教会から急ぎ走り去っていきます。

誰もいなくなった教会に、堂守が走り込んできました。
「大ニュースですぞ!!!…何だ、いないのか」
そこに、カトリック信者たちや聖歌隊の少年たちがやって来ます。
「何があったの?」
堂守は答えます。
「ボナパルトが負けたんだ!!」
冒頭に述べた通り、このオペラは歴史上「マレンゴの戦い」が勃発した頃。
ナポレオン率いるフランス軍に、メラス将軍率いるオーストリア軍が勝利したという報せを堂守は持ってきたのです。
堂守や、この時ローマの街を治めていた体制側は、オーストリアの方ですので、堂守は喜んでいます。
その勝利を祝って、ファルネーゼ宮殿で祝賀会が行われるとのこと。
そこでトスカは祝賀用に作曲されたカンタータを歌うことになっているのです。
そして教会では、神に感謝するミサが開かれることになりました。
「さあ準備だ!祝おう!!」
とみんなで盛り上がって、音楽が高鳴っていった矢先、、、

Image of Scarpia

オペラの冒頭のテーマが金管楽器の爆音で演奏され、このオペラにおける大悪役、警視総監スカルピアが満を持して登場。
「教会の中でなんたるバカ騒ぎか!!!!」
と、スカルピアの一声でその場にいた全員が震え上がってしまいます。
「テ・デウムの準備をしろ!」
スカルピアが命じると、すごすごと群衆たちは退場。
しかし堂守がさがろうとするとスカルピアは彼の腕をつかみます。
「お前は残れ!」「は、はい!!」
そして腹心の部下スポレッタへ、教会の中をくまなく調べるよう命じます。

スカルピアは堂守を尋問。
「国家犯罪人がここへ逃げてきた。アッタヴァンティの礼拝堂はどこだ?」
「ここです、、そ、そんな!!別の鍵で開いている!!」
「やはりな。」
そして礼拝堂の中を調べたスカルピアは、一本の扇子を持って戻ってきます。
「大砲を打ったのは間違いだったな。
 奴は逃げた…。
 だが貴重な獲物を落としていった…。この扇子だ!
 アッタヴァンティの紋章入りか。」
先ほどアンジェロッティがカヴァラドッシと逃げた時に、落としてしまったようです。
これを落としてさえいなければ…。

スカルピアは思案します。
「誰が逃亡の手助けをしたのだ?
 むむ?この絵は、アッタヴァンティ夫人か。
 これを描いたのは誰だ!?」
「か、カヴァラドッシ様です…」
「あいつか!トスカの恋人、ヴォルテール派の怪しい奴!」
すると堂守が叫びます。
「カゴが、空っぽだ!!食べ物が入っていたんです!」
「カヴァラドッシが食べたのでは?」
「食べないと言っていました!鍵も持っていなかったはずです!!」
「全てつながったぞ…。これを食ったのはアンジェロッティだ」

そこへ、トスカが再び教会へやって来ました。
夜の本番が、戦勝の祝祭のために延びたので、別荘に行けないということをカヴァラドッシに伝えに来たのです。
スカルピアは、トスカを利用して事の真相を探ることを思いつきます。その際、
「(嫉妬に狂わせるのに、イアーゴはハンカチを使った……私は扇子を使う!)」
とスカルピアが呟くのですが、イアーゴとは、シェイクスピアの「オセロー」、及びヴェルディの「オテッロ」 ( ① https://tenore.onesize.jp/archives/125https://tenore.onesize.jp/archives/126 ) の中心人物。
詳しくは「オテッロ」の記事をご参照いただきたいのですが、
イアーゴはオテッロを陥れるために、オテッロの妻デズデーモナが落としたハンカチを使って、オテッロを嫉妬に狂わせる計略を実行します。
そのように、スカルピアも扇子を使ってトスカの嫉妬心を刺激しようというわけです。

Image of Ventaglio

トスカはカヴァラドッシが教会の中にいないことに、困惑しています。
そんなトスカに、スカルピアが慇懃な調子で近づいてきました。
「これはこれは、トスカさん、芸術の力を神様から得るために教会へいらっしゃるとは、ご立派なことです」
「どうも」
トスカもスカルピアの悪い噂は知っているのでしょう、スカルピアに対して全く心を開いてはいません。
ところがスカルピアは狡猾です。
「どうもこの教会で恋の密会があったようでして・・・」
「恋ですって!?証拠はあるの??」
トスカの心には、カヴァラドッシとアッタヴァンティ夫人のことがあったので、途端にスカルピアが出した餌に食いついてしまいます。
「この扇子は、絵を描くのに必要な道具ですかね?絵を描くための足場の所に落ちていましたよ」
「この扇子!!アッタヴァンティの紋章!!予感は当たっていたのね!!」
「(狙い通り、もう毒が回ったようだな)
 どうなさったのです。その涙をぬぐうためなら私の命も差し上げますよ?」
なんて言うスカルピアの言葉はトスカには届いていません。
「私はここで苦しんでいるのに……あの人は別の女と抱きあって、私の苦しみを笑っている!
 あの女にマリオは渡さない、今夜、別荘に突然押しかけてやる!」
激しく感情を吐露したトスカは、怒りと悲しみに満ちたまま、教会を出て行きました。

まんまとたくらみに成功したスカルピア。
アンジェロッティの行方を掴もうと、部下のスポレッタにトスカの後を尾行するよう指示します。
先ほどからスカルピアの後ろには群衆が集まり、教会で行われるミサの準備が行われています。

つぶやくスカルピア。
「行け、トスカ! お前の心にはスカルピアが巣食っている。
 お前の嫉妬心を空に放ってやった。
 俺が狙う獲物は二つ。
 反逆者と、それよりも価値があるのは、トスカ、お前だ!
 勝ち誇った瞳が俺の腕の中で弱っていくのを見るのだ!!
 トスカ!お前は俺に神の存在をも忘れさせる!!」

今から厳粛な儀式が始まろうとしているのに、とんでもなくゲスなことをスカルピアは口走っています。
そして始まるテ・デウムの合唱。
テ・デウムとは、キリスト教の賛歌のひとつで、戦勝した時のお祝いとしても歌われていました。
厳粛な宗教儀式とスカルピアのどす黒い欲望が、悪魔的なコントラストを生み出し、冒頭のテーマが再び爆音で演奏され、第1幕が終わります。

Image of Te Deum

<第2幕>

場所はファルネーゼ宮殿。
こちらもローマに実在する建物で、16世紀中ごろに完成しました。
設計にはあのミケランジェロも関わっています。

Palazzo Farnese

宮殿の中にはスカルピアの執務室があり、スカルピアはそこで食事をしているところ。
時折、考え事をしていたスカルピアですが、やがて語るように歌い出し、スカルピアのモノローグが始まります。
「今頃部下どもが、トスカの後をつけてアンジェロッティを見つけたころだろう。
 明日には奴とカヴァラドッシを2人とも絞首台にさらしてやる。」

Image of Scarpia Act 2

スカルピアが部下に窓を開けるよう命じると、下の階から小編成オーケストラの音楽が聞こえてきます。
下ではナポリ王妃マリア・カロリーナがメラス将軍のための大宴会を催している所です。
この後、トスカがソリストを務めるカンタータ(ソロと合唱による声楽音楽)が演奏されるのですが、
今はその前にガヴォット(舞曲の一種)を演奏しています。
実はこのガヴォット、ジャコモ・プッチーニの弟、ミケーレが作った曲から拝借してきた音楽だそう。
スカルピアがこの音楽を聴いている時、「つまらんガヴォットだな」とつぶやきますが、これは
スカルピアの口を借りてプッチーニが弟をからかっているのかもしれません。

「トスカに、カンタータが終わったらこの手紙を渡せ」
と、スカルピアは部下のシャッローネに命じます。
「あの女はここへ来るだろう、カヴァラドッシを愛するがゆえにな」
恐らく、”これからカヴァラドッシを逮捕する”とでも書いたのでしょう。

そこからスカルピアは、自身のどす黒い欲望を語ります。
「うす甘い同意を得るより、暴力的に奪い取る方がよほど味わい深い!
 獲物を追いかけ飽きたら捨てる!
 神が作った美を私は味わい尽くすのだ!!」
あらゆるオペラの悪人を集めて凝縮した、究極の悪人がこのスカルピアです。
「オテッロ」のイアーゴや、ポンキエッリが作曲したオペラ「ラ・ジョコンダ」のバルナバも相当な悪人ですが、
このスカルピアには及ばない気がいたします。

そこへ、アンジェロッティを捜索していたスポレッタが戻ってきました。

Image of Spoletta

ところがスポレッタ、小声で「神よ、お助けください…」
とつぶやいてから、報告を始めます。
「ご婦人(トスカ)の後をつけて行ったら人里離れた別荘がありました。
 ご婦人は入って間もなく一人で出て行ったので、その後我らが別荘に飛び込みくまなく探しました…。」
しかしスポレッタの歯切れが悪いことにスカルピアは気づき、
「それで、アンジェロッティは?」
「見つかりませんでした!」
スカルピアは途端に激怒!
「こんの、ク〇犬が!!この野郎!!!! お前が縛り首だ!!!」
「ひいいい!!! で、ですが、画家がおりまして…」
「カヴァラドッシか!?」
「私たちが捜索しているのをバカにしたように見ていたので、逮捕して連行してきました!!」
「首がつながったな」
スポレッタ、危うく命を落とすところでした。

スカルピアはスポレッタに、カヴァラドッシをここへ連れてくるよう命じます。
そしてシャッローネには、ロベルティという部下と、裁判官を連れてくるように命じました。
窓の外からは音楽が聞こえてきます。カンタータが始まったようです。
宗教曲が聞こえる中で、自分の欲望を満たすための計画を練っているスカルピア。
第1幕のフィナーレに続いて、宗教性とどす黒い陰謀のコントラストが描かれます。

やがてカヴァラドッシがスポレッタたちに連行されてきました。
スカルピアが尋問を始めようとしますが、窓の外からはトスカの歌声が聞こえてきて、
「彼女だ!」
と、カヴァラドッシはスカルピアを無視。
イラっとしながらもスカルピアは尋問を続行します。
「囚人が1人脱走したことは知っているな?」
「さあな」
「あなたがその囚人をかくまい、食べ物を与えた疑いがある」
「嘘だ!」
なおもスカルピアは冷静に尋問を続けようとしますが、カヴァラドッシは全て否定。

スカルピアのイラつきと呼応するように外で演奏されているカンタータも盛り上がりますが、スカルピアはとうとう窓を閉め、
「アンジェロッティはどこだ!?」
「知らない!!」
「よく考えなさい、素直に言えば苦しみを避けられるのだぞ。
 これが最後だ、奴はどこだ!!?」
「知らない!!!」

そこへ、カンタータの演奏を終えたトスカが息せき切って部屋に入って来ます。
「マリオ!!」
カヴァラドッシはトスカに、とっさに耳打ちします。
「あそこで見たことは黙っていろよ!でなければ俺は殺される!」
つまり、第1幕でスカルピアにカヴァラドッシへの疑いを煽られたトスカが、
カヴァラドッシの別荘に行ったとき、そこにはアンジェロッティがいたので、
そのことを言うなよ!とカヴァラドッシはトスカに強調したわけです。

スカルピアはカヴァラドッシを別室に連行するよう部下に命じます。

スカルピアは第1幕で見せたような、大変わざとらしい丁寧さで
再びトスカに近づきます。

「トスカさん、さあお座りください。
 あの扇子の件はどうだったのでしょう?さっきはすごい剣幕でしたけど」
「何でもありません。少しばかり嫉妬の気持ちが起きただけです」
「では、アッタヴァンティ夫人はいなかったと?」
「ええ、彼(カヴァラドッシ)1人でした」
「1人?本当に?本当にそう断言できますか??」
「1人です!!」
「おやおや、興奮なさっておられる。本当のことを喋ってしまいそうで怖いのかな??」

何百人も尋問をしてきたスカルピアと、若い歌手でしかないトスカとでは、
やはりトスカに分が悪すぎます。
スカルピアはじわじわとトスカの気持ちを追い込んでいきます。

「真実を話せば、カヴァラドッシの苦しむ時間は短くて済みますよ?」
「どういうこと!?あの部屋で何が行われているの!?」
するとスカルピアは獰猛な表情でトスカに告げます。

「あなたの恋人は手足を縛られ、カギ(鋭いトゲ)が付いた輪を頭にはめられ、
 否定するたびにその輪がこめかみを締め付けるのだ!!」

聞くだけでも恐ろしい拷問が行われています。
もちろんその輪は鉄製で、ギリギリと輪の内側のトゲが食い込んでくるのです。
トスカはそれを聞いて明らかに動揺してしまいます。

Image of la tortura di Cavaradossi

そして拷問部屋からはカヴァラドッシの叫び声が!
「うわああああ!!!」
「マリオ!!」
部屋の奥からカヴァラドッシの声が聞こえてきます。
「トスカ…、僕は大丈夫だ、、痛みなど耐えて見せる!」
その言葉に勇気を得たトスカ。
「トスカ、お話しなさい。」というスカルピアの尋問に
「何も知りません!」と否定します。

するとスカルピアは激怒し、一気にその悪魔的な牙をむきます!

「まだ足りんのか!!?
 ロベルティ!拷問を再開しろ!!」
「だめ、やめて!!」
「あなたの沈黙が奴を苦しめているのだ、ははは!!」
「人が苦しんでいるのに、あなたは笑うの!?」
「トスカがこれほど悲劇的な舞台に立ったことはないだろう!!」
スカルピアのあまりのサディストぶりに、恐れをなして後ずさりするトスカ。
そしてスカルピアは部下に命じます。
「扉を開けろ!!奴の悲鳴が聞こえるようにな!!!」

ここから「もっとやれ!」と、拷問を煽ってトスカを尋問するスカルピア、
拷問に耐えて部屋から「耐えてやる!!」と叫ぶカヴァラドッシ、
みるみる追い詰められていくトスカによる、大変サスペンス的な音楽となっていきます。

「なら、話すのだ!!アンジェロッティはどこにいる!!?」
「マリオ、私もう堪えられない、話しても良い?」
「バカ!!お前が何を知っているというんだ!?」
「奴を黙らせろ!!!」

あまりの無慈悲さに、スカルピアの部下であるスポレッタも思わず十字を切って、
レクイエムの1節をラテン語でつぶやきます。
そこへ響き渡るカヴァラドッシの叫び声!!
「うわああああああ!!!!!」

たまらずトスカはつぶやいてしまいます。
「井戸の中、、、庭の、、、」
「そこにアンジェロッティがいるのだな!?」
「…そうよ」
ついにトスカはアンジェロッティの居所を白状してしまいました。。

「奴を連れてこい」
スカルピアがそう言うと、部下数人が血まみれでボロボロになったカヴァラドッシを連れてきます。
恋人のあまりに無残な姿にひるんでしまうトスカ。
しかしすぐにカヴァラドッシのもとに駆け寄ります。

「フローリア…あのことは言ってないだろうな…?」(もちろんアンジェロッティのこと)
「言ってないわ。」トスカはとっさに言いますが、、、

その会話を聞いていたスカルピアは悪魔的な笑いと共に叫びます!
「庭の井戸の中だ!!行け、スポレッタ!!!」

「お前裏切ったのか!!!」
「マリオ!!」

あれだけ恋人の悲鳴を聞かされたトスカとしては仕方がなかったとはいえ、
これでアンジェロッティが捕まってしまうことは確定し、カヴァラドッシはトスカをなじります。

そこへ、スカルピアの部下シャッローネが息せき切って駆け込んできます。
「閣下!大変です!!」
「何事だ!!?」
「敗北です…」
「敗北だと!!?」
「ナポレオンが勝利し、メラス将軍は敗北して逃走中です!!」

Image of Sciarrone

今までカヴァラドッシに対する拷問やトスカへの尋問が陰鬱な音楽となって第2幕全体を覆っていましたが、ここでまさに大逆転!!倍返し!!
第1幕でナポレオンが敗北したというのは誤報、もしくは一時的なもので、
歴史的にも有名なマレンゴの戦いはナポレオンの大勝利で終わったのでした。

それを聞いたカヴァラドッシは、ふらつきながらも堂々と立ち上がり、スカルピアへ高らかな勝利宣言を歌います!
ここでは高音のシ♭が長く伸ばされ、英雄的テノールの表現として音楽的にもまさに血沸き肉躍る瞬間となります!
「復讐の夜明けだ!!専制政治もこれで終わりだ!!
 ざまを見ろ!!この人殺し役人が!!!」
トスカは必死にカヴァラドッシをなだめます。
「もうやめて、マリオ!!」
スカルピアは当然激怒!!
「こいつを連行しろ!!」
カヴァラドッシはどこかへ連れ去られてしまい、後を追いかけようとするトスカでしたが、スカルピアに行く手を阻まれます。

トスカはショックを受けながらも、スカルピアにカヴァラドッシを助けてくれるよう頼みます。
しかし、スカルピアはもちろん聞き入れません。

しばらく沈黙した後、トスカは尋ねます。
「いくら払えば助けてくれるの?」

それを聞いたスカルピアは笑い出します。
「はっはっは!!私は金で動くと思われているが、
 美しい女には金は求めぬ。
 俺はこの瞬間を待っていたのだ!
 俺を憎むその視線が俺の欲望を刺激する!!
 トスカ、お前は俺のものだ!!」

とうとう悪の権化スカルピアがその本性を現しました。
恐怖にふるえるトスカでしたが、王妃の元へ行って恩赦を得ようと思い立ち、部屋を出て行こうとします。

しかしスカルピアは冷徹に、
「どうぞ、行けば良い。
 その代わり、お前が抱きしめるカヴァラドッシは死体になっているだろうな!!」
と、トスカの希望を打ち砕くのでした。

ありったけの憎しみと軽蔑を込めてスカルピアを睨むトスカ。
しかし、スカルピアにとってはそんなトスカの憎しみこそがご馳走なのです。(究極のサディズム!)
スカルピアはトスカに迫ります。

「来ないで!!」
「お前は俺のものだ!!俺の!!!」

すると遠くから太鼓の音が聞こえてきます。
「聞こえるか?
 あの太鼓は死刑囚を護送する最後の行進を導いているのだ。
 時は過ぎていくぞ!
 お前のカヴァラドッシの命はあと1時間しか残されていない!!」

絶望のあまり長椅子に倒れ込むトスカ。
そしてプッチーニが作曲したソプラノのアリアの中でも3つの指に入る有名なアリア「歌に生き、恋に生き」が歌われます。
タイトルはこのようにされていますが、直訳すると「芸術に生き、愛に生き」となるかと思います。

Image of Tosca sings Vissi d’arte

アリアを通してトスカは神に語り掛けます。
「自分はこれまでずっと芸術と愛のために生きてきて、誰にも悪いことはしてきませんでした。
困っている人を助けたり、神様に心から祈ったり、教会に花を捧げたりと、誠実に生きてきたつもりでした。
それなのに、いま自分がこんなにつらい目にあっているのはなぜなのですか!?
歌を通して天や星にも美しさを届けてきたのに、どうしてこんな苦しみを与えられるのでしょうか…!?」

プッチーニはこのアリアを削除しようか検討していたと言われています。
ここまで第2幕、カヴァラドッシへの拷問、トスカへの自白の強要、ナポレオンの勝利の報せと、
次々に起きる息を持つかせぬドラマ展開でしたが、
ここで抒情的な音楽のアリアが入ることで、ドラマの流れをぶつ切りに止めてしまうのではないか。
そうプッチーニは危惧したそうです。

ですがやはりここでこの大変美しいアリアが歌われることで、
タイトルロールたるトスカの内面が初めて真摯に表現され、
オペラを観る者聴く者の心をしっかりつかむことになります。

そんな素晴らしいアリアでトスカが切々と訴えても、邪悪なスカルピアの心は1mmも動きません。
再びスカルピアがトスカに襲い掛かろうとしたその時!
激しくドアをノックして、スポレッタが駆け込んできます。

「閣下、アンジェロッティは我々が到着すると、自殺してしまいました!!」
「ならばその死体でも吊るしておけ!!
 もう一人の囚人は?」
「カヴァラドッシですか?
 既に準備は整っています」

それを聞いて絶望するトスカ。

「さあ…、どうする?」
トスカは、無言でうなずき、とうとうスカルピアの要求を承諾してしまいます。
「その代わり、すぐに彼を解放して!」
「…少なくとも処刑するフリはしなくてはなりません。
 スポレッタ、良いか、カヴァラドッシは銃殺の、偽装を行え。
 …パルミエーリ伯爵の時と同じようにだ…。」
トスカが会話に割って入ります。
「私が彼に直接伝えさせて…!」
「良いだろう。彼女を牢獄まで通してやれ
 行け!」
「かしこまりました。…パルミエーリ伯爵のように、、、ですね。」
スポレッタは大変に含みを持たせた様子で、スカルピアの意をくみ取り、その場を去ります。

このやり取りも、ドラマの最後で大変重要な伏線となっていきます。

これで2人きりだと、スカルピアはトスカに迫りますが、
「まだよ。彼と一緒にこの国を出るための通行許可書を書いて。」
「ローマを出て行くのか。ふん、良いだろう」

スカルピアは自分のデスクで書類を書き始めます。

トスカは気分を落ち着けようとワインのグラスを手にしますが、
その時、、、
テーブルの上に鋭利なナイフがあることに気が付きます。
スカルピアに気づかれないよう、そっとナイフを手にして後ろ手に隠すトスカ。

通行書を書き終えたスカルピアが
「トスカ、ついにお前は私のものだ!!」
と言い近づいた瞬間!!
トスカはスカルピアの胸にナイフを思いきり突き立てます!!
「何をする!!!ぐわああ!!!!!」
「これがトスカの口づけよ!!!」
よろめくスカルピア!!
「助けてくれ!!!死ぬ!!!!」
「血がのどに詰まってるの!?女に殺されるなんてね!!
 さんざんあんたに苦しめられたわ!!さあ死になさい!!!」
苦しみ、のたうち回り、とうとうスカルピアは息を引き取ります。

「死んだの?…なら許してやるわ!!」
オペラ史上最大の悪の権化、スカルピアはこうしてあっけなくその生を終えるのでした。

ここからトスカは、細かい演技をしていきますが、それは全て楽譜に記されています。

まずは血で汚れた手を水桶で洗い、髪を整えます。
スカルピアの手から通行書を取り、一言。
「この男の前で、ローマ中が震えていたのね!」
そして横たわるスカルピアの遺体のそばにロウソクを置き、その胸に、部屋に飾ってあった十字架を置きます。
敬虔なキリスト教徒であるトスカは、自らが下した殺人という行為を神に認めてもらうため、
この一連の行動を取ったのでした。
そして慎重にトスカは部屋を出て、カヴァラドッシが収容されている牢獄へと向かいます。

Tosca’s Original Poster

こうして第2幕が終わります。


<第3幕>

高らかなホルンの演奏と共に第3幕が始まります。
このメロディは後に、トスカとカヴァラドッシが声を揃えて歌うことになります。

日の出前のまだ朝早い時間。
第3幕の舞台はこちらもローマに実在する、サンタンジェロ城の屋上にあるテラス。
遠くにはヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂も見える、とト書きに指示されています。

Image

時折、ひっそりとスカルピアの音楽が聴こえてきて、まるでスカルピアの亡霊が夜明け前のローマを彷徨っているかのようです。

夜明け前から仕事をしている、羊飼いの少年の歌が聞こえてきます。
素朴なローマの方言で歌われる、ドロドロしたドラマ「トスカ」の中の清涼剤のようなひと時です。

Image of un Pastore

前回の「ラ・ボエーム」でも、第2幕でクリスマスの夜に華やぐパリの街や、
第3幕で凍えるような寒さのパリ郊外の門周りの風景描写が音楽で表現されていましたが、
今回もここで、夜が明けていくローマの様子を音楽で表現しています。
冒頭で聞こえる羊飼いの歌や教会の鐘の音は、プッチーニが実際にローマを訪れ、
サンタンジェロ城の屋上にいた場合に聞こえるサン・ピエトロ大聖堂の鐘の音(音の高さやタイミング)を調査して作曲に反映させたと言われています。

大聖堂の鐘が朝を告げると看守が現れ、詰め所に入りランプに火をともします。そこには机もあります。

やがて兵士たちにより、カヴァラドッシが連行されてきました。
音楽は後に歌われるアリアを先取りしたものとなっています。
カヴァラドッシはこの場所で、間もなく銃殺されることになるのです。

看守が告げます。
「マリオ・カヴァラドッシだな?1時間後に刑が執行される」
カヴァラドッシは看守に一つお願いをします。
「大切な人を残していかなければいけない。
 手紙を書かせてくれませんか?
 私に遺された唯一の財産を差し上げます」
そう言ってカヴァラドッシは、はめていた指輪を外して看守に渡します。
「…お書きなさい」

Image of Cavaradossi Act3

手紙を書くことを許可されたカヴァラドッシはテーブルで手紙を書こうとします。
第1幕の、愛の二重唱が思い起こされる中、想いが溢れて手紙を書き進められなくなります。
そして、いまだ星が瞬く空を見上げて、テノールのアリア史上5本の指には入ろうかという有名なアリアが演奏されます。
冒頭の歌詞から日本語で「星は光りぬ」と題される、超名曲です。


トスカとの愛の日々を想い出し、だがそんな愛の夢の日々は消え去った!
そして最後に「E muoio disperato! 俺は絶望のうちに死にゆく!
E non ho amato mai tanto la vita!…こんなにも生きることが愛しいことはなかった!!」
と締めくくります。
最後の2行は、プッチーニ自らが書いた詩だと言われています。

そこへ、当のトスカがスポレッタに案内されて屋上テラスに姿を現します!
トスカとカヴァラドッシは喜びのあまり言葉にならず、無言で抱き合います。
そしてトスカがカヴァラドッシに通行許可書を見せます。
しかしカヴァラドッシはふと、
「あのスカルピアが譲歩したのか!?初めてのことだろう?」
「そして最後よ!」
「どういうこと?」

そしてトスカは、経緯を話し始めます。
音楽の構造上、トスカの短いソロのようになっています。
トスカがスカルピアの要求に従わざるを得なかった、と聞いたカヴァラドッシは一瞬絶望するのですが、
トスカはこう続けるのです。
「私はすぐそばにあったナイフをあいつの胸に突き立てたのよ!!」
これを言うトスカの歌もエキサイトして、高いドの音を響かせます。

あまりのことに衝撃を受けるカヴァラドッシ。 
「君が、殺したというのか!?…僕のために?」

そして自分のために殺人を犯したトスカを慰めようと、
彼女の手を愛しく握り、短いソロを歌います。
「ああ、優しく穏やかで清らかな手よ、
 祈りのために組み合わされる手よ、
 正義がその聖なる武器をその手に持たせたのか。
 勝利の手となり、悪に死を与えたのだ!」

トスカは告げます。
「ここから2人で逃げましょう。
 でも、その前にね、あなたは殺されなければならないの。
 もちろん、殺されるフリよ!
 空砲で。偽の処刑よ。合図で倒れるの。」

トスカは無邪気にカヴァラドッシに告げているのですが、
その背後では不吉な音が音楽に現れています。

ここからトスカとカヴァラドッシ、それぞれが自由への思いを交互に歌っていきます。
しかしトスカが、
「いい?合図があったらすぐに倒れてね。」
と、偽の処刑の説明をすると、カヴァラドッシは
「心配しないで、うまく自然にやるよ」
と応えるのですが、そのト書きには(triste 悲し気に)と書かれています。
もうカヴァラドッシは気づいているのです…。
これが偽の処刑などではなく、本当に銃殺されるのだと。
スカルピアがそのような情けを与えるわけがないことは、カヴァラドッシにはよくわかっています。
トスカは芸術と愛に生きたのみで、先ほどスカルピアとスポレッタが話していた、パルミエーリ伯爵がどのような末路をたどったのか (おそらく伯爵も偽の銃殺と言われながら本当に銃殺されてしまったのでしょう)、ましてスカルピアのような、心の底から冷酷非道な人間がいることに想像が及ばなかったのでしょう。
それでもカヴァラドッシはトスカの希望を打ち砕くことをせず、こうしてトスカとの最後の時間を嚙み締めようとしているのです。

やがて二人は声を揃えてユニゾンで、第3幕冒頭のメロディに乗せて、高らかに勝利を歌い上げます。
しかしその勝利はやがて打ち砕かれることになるので、その歌はオーケストラに伴奏されることなく、
ほぼ2人のアカペラとなっていて、その凱歌は空虚に響きます。

「時間だ」
看守が告げに来ました。

同時に、兵士たちやスポレッタ、軍曹らが屋上へ上がってきて、処刑の準備が成されていきます。

トスカはカヴァラドッシに耳打ちします。
「ちゃんと倒れて、私が呼ぶまで起き上がっちゃダメよ。」
「分かってるよ、ステージでのトスカみたいに?」などと軽口をたたいて見せるカヴァラドッシ。
「笑っちゃダメ!」
このやり取りが最後になろうとは…。

やがて緊張感のある音楽と共にカヴァラドッシは兵士たちの前に進み出ます。
離れた場所でその様子を見守るトスカ。
カヴァラドッシは差し出された目隠しを、笑顔で拒否します。
トスカは時が過ぎるのが長く感じられます。

徐々に盛り上がった音楽が絶頂に達した瞬間!
将校の合図で一斉に銃が放たれます!!
「今よ!!倒れて!!素晴らしい演技だわ!!」

処刑を終えた兵士たちがゆっくりと帰っていきます。

誰もいなくなったのを見計らって、トスカが横たわるカヴァラドッシに近づきます。
「マリオ、さあ起きて!」
返事はありません。
「…マリオ?…マリオ!!!あああ!!!!!死んでる!!!!!こんな終わり方!!!!どうしてなの!!!!!」

ふいに下の階から男たちの叫び声が聞こえます。
スカルピアが殺されていたのが発見されたのです!
「そこにいたのはトスカだ!!出口を閉めろ!!」

やがて上ってきたスポレッタ、シャッローネ、部下たち!!

追い詰められたトスカは屋上のへりに昇って、
「スカルピア、神様の前で会うことになるわ!!!」

そう叫ぶとトスカは、城の屋上から身を投げ、哀れその命を落としてしまうのでした…。

Image of the Last scene

最後にカヴァラドッシのアリアの音楽、「生きていたかった!」と歌われる際のメロディが大音量で響き渡り、
オペラ全体の幕が下ります。


いかがでしたでしょうか。

自殺が大きな罪とされているキリスト教。
トスカは神の教えに背いた罪で、死後、神様の前で、それ以上に罪を重ねたスカルピアと並ぶことになるだろう、
と思いながら、トスカは飛び降りることを選んでしまいました。

愛と信仰は、無慈悲な権力の前に敗れ去ってしまいましたが、トスカは最後に、そのような世の中へ対して、そして神に対しての抗議をしたのかもしれません。
それは、人間として尊厳を保つ、このドラマにおいてトスカが取り得る唯一、最後の手段だったのです。

オペラ史上、最も爆速で駆け抜けるドラマであり、台本作家たちがロマンチックな情緒がないと心配になったのもうなずけるところもあるこのオペラ「トスカ」。
ですがそれだけに、現代の我々からすると非常に見やすく聴きやすい、オペラの入り口にはもってこいの作品なのではないでしょうか。

主要な人物がほとんど死を迎えてしまう悲劇ですが、このような悲劇をドラマティックな音楽で鑑賞することで、
我々はそのような悲劇を反面教師として、自分の人生をできるだけ幸福なものにする活力にしていけるのではないかと、私は考えます。

演奏時間は2時間ちょっと。
映画を観る感覚で、触れやすいオペラ「トスカ」。
多くの方にこの作品を楽しんでいただけることを願っております。

ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。


<参考文献>(敬称略)

「ジャコモ・プッチーニ」ジュリアン・バッデン (大平光雄・訳)

「プッチーニ  作曲家・人と作品シリーズ」南條年章  

スタンダード・オペラ鑑賞ブック [1] 「トスカ」 酒井 章

「プッチーニ トスカ」アッティラ・チャンバイ、ディートマル・ホラント編

コメント

タイトルとURLをコピーしました