オペラ全曲ざっくり解説の文字起こしです。
聴きながら読むと分かりやすい! 音声はこちら↓

こんにちは!テノール歌手の髙梨英次郎です。
本日もオペラをざっくり解説して参ります。
オペラって面白いですよ!

Giuseppe Verdi
今回は、ヴェルディ作曲オペラ「仮面舞踏会」を取り上げます。
ヴェルディは常に、新しいオペラを作る!という意気込みで作曲を続けていました。
この「仮面舞踏会」は、ヴェルディが目指す、全く新しいイタリアオペラへの道をまた一歩大きく進むことになる1作です。
実質的には、フランスで上演されたオペラをヴェルディ風に作り直したものなので、随所にフランス的な響きや音楽の形式が垣間見えます。
音楽でドラマを表現するということにおいて、様々な試みが成されていて、聴いているだけでも一切飽きの来ないカラフルなオペラと言えるのではないでしょうか。
この「仮面舞踏会」は、私の大学院修了に当たって論文を書き修了演奏をした、個人的に思い入れのあるオペラでもあります。
それでは、作曲と初演の経緯についてお話します。
「シモン・ボッカネグラ」(① https://tenore.onesize.jp/archives/111 ② https://tenore.onesize.jp/archives/113 ) を上演した後、ヴェルディは新作の検討を始めました。
ナポリの名門サン・カルロ劇場から新作の依頼が来ていたので、この契約を進めることにします。
様々な検討がなされた結果、ナポリへの新作の題材は、「グスタフ3世、仮面舞踏会」と言う作品に決まりました。
この作品は、かつてヴェルディと「シチリアの晩鐘」( https://tenore.onesize.jp/archives/109 ) で仕事を共にしたスクリーブによるものです。
スクリーブが書いた台本に、フランスの作曲家オーベールが曲をつけて1833年にオペラ化したものです。
「グスタヴ3世、仮面舞踏会」は、実在したスウェーデンの国王グスタフ3世が暗殺された実際の事件をもとにした作品で、これをヴェルディ風味に作り直していこうというわけです。

Gustav Ⅲ
台本は、以前から連絡を取り合っていた、アントーニオ・ソンマという人が書くことになりました。
ソンマは、法律家兼台本作家という不思議な経歴の人で、本格的にオペラの台本を書くのはこれが初めてでした。
そんなソンマでも、元からあるスクリーブの台本をアレンジしていくという作業でしたので、台本は問題なく完成し、作曲も骨組みがある程度完成した状態で、ヴェルディはナポリに入ります。

Antonio Somma
ですが、ここで大変な問題が持ち上がってしまいます。
ナポリはこの頃フランスの強い影響下にあったのですが、イタリア全体が独立に向けて熱を帯びている時代でもありました。
いつ反乱や暴動がおきてもおかしくない、そんな不安定な情勢の中で、国王が暗殺される題材のオペラというのは、もろに検閲の対象になってしまったのです。
それぐらい”ヤバい”題材だったのですね。
ヴェルディも、「グスタフ3世」そのままでは無理かな、と思って、題名を変えたり、ドラマの場所を変えたりはしていました。
ところが運が悪いことに、ヴェルディがナポリに到着したころパリで、時の皇帝ナポレオン3世暗殺未遂事件が起きてしまいます。
その犯人は逮捕されて処刑されましたが、この事件をきっかけにナポリの政府当局は一気に厳しくなり、このままでは上演が出来ないということになりました。
そこでナポリの劇場運営サイドは、ヴェルディに提案します。
「検閲に引っかからないように、ドラマはフィレンツェのお話にして、時代も14世紀に、暗殺が行われる仮面舞踏会も単なる夜会ってことにして、題名もまるっと変えるってことでお願いできませんか?」
これに対してヴェルディは、怒り心頭!断固拒否します。
友人に宛てた手紙でヴェルディは、
「芸術家の名誉にかけて、こんな提案は受け入れられません!」
と書きなぐっています。
結局、ナポリでの契約は、「シモン・ボッカネグラ」をナポリ初上演することで合意がなされ、新作発表はできなくなってしまいました。
代わりの劇場として、かつて「イル・トロヴァトーレ」(① https://tenore.onesize.jp/archives/103 ② https://tenore.onesize.jp/archives/104 ) を初演した、ローマのアポッロ劇場でこの新作を発表することが決まりました。
ここでも多少の変更は余儀なくされたのですが、協議を重ねた結果、
”舞台をヨーロッパではないところにするなら、ドラマの内容を変えなくてもいい”
という許可を得ることが出来ました。
そこで舞台がスウェーデンから、アメリカ植民地時代のボストンに変更された「仮面舞踏会」が初演されることになりました。
1859年2月17日、ローマのアポッロ劇場、ヴェルディ45歳。
初演は熱狂的な大成功となり、ローマの街はヴェルディの名を叫ぶ声で大騒ぎだったそうです。
その後この作品は、世界的なレパートリーとして広まっていくことになりました。
最近では、ヴェルディが当初想定していた通り、舞台をスウェーデンに戻して、人物の名前もグスターヴォ(グスタフ3世のイタリア語名)などに変えての上演もありますが、ヴェルディがこのオペラで表現したかったのはあくまで劇的な愛のドラマですので、舞台がアメリカでも大勢に影響はありません。
ただ、音楽的にはフランスの響きや形式が垣間見えると最初に申し上げました。
実在のスウェーデン国王グスタフ3世は、フランス国王ルイ14世に憧れていて、自分の宮廷にもかなりフランス文化を取り入れていたそうです。
ですので、音と見た目がフィットするのは、やはり名前や設定をスウェーデンに戻したバージョンの方かもしれません。
ちなみにこの初演の約半年後、1859年8月29日、ヴェルディはそれまで献身的に自分を支えてきてくれたジュゼッピーナ・ストレッポーニと、正式な結婚式を挙げて婚姻関係を結びました。
ヴェルディ45歳、ジュゼッピーナ43歳。
その結婚式は参列者もほとんどいない、慎ましやかなものだったそうです。

Giuseppina Strepponi
1人目の奥さんマルガリータが亡くなって10数年、正式な婚姻関係を結ばないまま過ごしてきた2人でしたが、ヴェルディは自分の死後のことも考えるようになり、財産の権利がジュゼッピーナにいくよう、法律上認められた関係になることを選択したのです。
いくぶん現実的な理由ではありますが、ヴェルディがこのような考えに至ったのは、この「仮面舞踏会」が愛をテーマにした作品であったからではないか、という見方もあり、わたくしもそれに賛同したく思います。
長くなってしまいますので、ストーリーについてはまた次回。
ありがとうございました。
髙梨英次郎でした。
参考文献(敬称略)
小畑恒夫「ヴェルディ 人と作品シリーズ」「ヴェルディのプリマ・ドンナたち」
ジュゼッペ・タロッツィ「評伝 ヴェルディ」小畑恒夫・訳
永竹由幸「ヴェルディのオペラ」
髙崎保男「ヴェルディ 全オペラ解説」


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